第3305話 はるかな過去編 ――調査開始――
セレスティアの世界の過去の時代へと飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らはそこでかつてのカイト達と遭遇し、彼らや大精霊達の協力を得ながら元の時代へ戻れるまでその世界で活動をする事になっていた。
そんな中。かつて起きたという原因不明のいくつかの出来事の内の一つ。世界の情報の抹消という碌でもない事態の解決に乗り出す事になった一同は、シルフィからの助言を受けて調査に乗り出す事になっていた。というわけで『黒き森』にてシルフィからの助言を受けてしばらく。本格的な活動に乗り出す前に一度シンフォニア王国の王都に戻ると、調査隊を各地に派遣して状況の調査に乗り出していたロレインからの情報提供を受ける事となっていた。
「と、いうわけでね……碌でもない事にはなっていそうだ」
「謎の魔物、ですか」
「ああ……まぁ、謎のと言ってしまえば何でもありな様に聞こえてしまうがね」
ぱんぱんっ。ロレインは柏手を鳴らすと、それを受けて小型のゴーレムが彼女の前にある机へと跳び上がる。そうして机の上に跳び上がった小型ゴーレムの中心がぱかりと開いて、中からレンズが飛び出して映像が投影された。そうして浮かび上がったのは、どこか見慣れた様な見慣れない様な魔物であった。
「これは……狼型……? いや、うん? 頭部のあたりに……触手? 寄生されている……いや、それにしちゃ付け根がしっかりしてるな……なら生えてる? ということは、こいつは寄生されてるんじゃなくて、こういう魔物か……なんですか、こいつ」
ゴーレムが映し出した映像に記録されていたのは、この世界には比較的よく見られるタイプの狼型か犬型と呼ばれる系統の魔物の頭部からいくつもの触手が生えた様な奇妙な魔物だ。色々と亜種と呼ばれる様々な魔物を見てきたカイトであったが、こんな二つの魔物が融合したかの様な魔物は見た事がなかったようだ。
「わからんよ。『黒き森』から提供された情報消失点……ああ、今回の様に情報が抹消した地点を我々は情報消失点と呼称する事とした。その付近で発見された魔物だ」
「ということは……『狭間の魔物』? にしちゃ、ある意味常識に近い形状ですけど」
「それか、その影響を受けた魔物だ」
「こいつとの遭遇後、調査隊は?」
「なんとか帰還したよ。その情報を持ってね」
それでものっぴきならない被害は被ったそうだが。ロレインはカイトの問いかけに報告書の束を取り出しながら、ため息を吐く。
「はぁ……まぁ、油断が生じていた事は否めんだろうね。が、それはそれとしても並の魔物よりも格段の強さを持っていたらしい」
「なるほど……生け捕りは」
「流石に避けたそうだ。被害ものっぴきならなかったし、何がどうなるかわからん。捕獲用の装備も檻程度はあったそうだが、結界が張れる第一級装備は持っていなかった……まぁ、持たせなかった我々の不備という所だが」
「ふむ……」
やはり世界の情報が消えてしまうと色々と厄介な魔物が出てくるものだ。カイトもロレインも揃って深い溜め息を吐く。
「他の調査隊は?」
「いくつかで強大な魔物の出現は報告されている」
「やはり世界の壁が開いた事により、と」
「ということなのだろうね」
世界を囲う壁の消失は即ち『狭間の魔物』が流入してもおかしくないという事だ。というわけで『狭間の魔物』がこちら側に流入してくる事態がいくつか起きていたとしてもそれはカイトとしても疑問はなかった。というわけで、彼は再び大きくため息を吐いた。
「はぁ……せめて後始末ぐらいしてくれりゃ良いものを」
「それを言い始めれば最初からこんな大精霊様にさえ弓引く行為なぞしてくれるな、でしかないだろう」
「あははは。ごもっとも……それで、我々の方針としては?」
「とりあえず情報を集めねばならないのだろう? となると、今まで通り……うん?」
妙に騒がしいぞ。ロレインは窓の外が唐突に騒がしくなった事に気付いてそちらを振り向く。そして同じ様にカイトも窓の外の騒然とした様子に気が付いたとほぼ同時に、会議室の扉が開いた。
「マクダウェル卿! っ、失礼しました!」
「構わんよ。マクダウェル卿に用事なのだろう? 私が聞いてはまずい事なら外すが?」
「いえ、大丈夫かと……マクダウェル卿」
「構わん。聞こう」
ロレインの許可を受けて、カイトは駆け込んできた若い兵士へと報告を促す。
「はっ……南西の第五砦から急報……『ドゥリアヌ』が壊滅した、と」
「「なっ……」」
告げられた報告に、カイトとロレインの二人が思わず言葉を失う。そしてこれはあまりに信じられない事態だったらしい。カイトが念の為と問いかける。
「『ドゥリアヌ』……あの、<<千剣の要塞>>『ドゥリアヌ』か?」
「……はっ。南西第五砦に『ドゥリアヌ』の衛兵が駆け込んできたそうです。それで今しがた第五砦の竜騎士が到着。現在陛下に報告しております。私はスカーレット卿の指示でこちらへ」
「「……」」
『ドゥリアヌ』と固有名詞で呼ばれている様に、この要塞はシンフォニア王国の要塞ではない。南にある隣国の要塞なのであるが、その堅牢さはカイト達も聞き及んでいた。故に険しさを増すカイトとロレインであるが、ここでロレインが口を挟んだ。
「大将軍達か?」
「不明です……ただ駆け込んできた兵士によると、魔族の様な意思は見えなかったと」
「「……」」
もしかするともしかするのかもしれない。カイトとロレインは魔族ではない相手という報告に表情が更に険しさを増す。そうして先にロレインが口を開いた。
「どう思うね」
「かもしれない……かと。少なくとも魔族達でないのなら可能性は十分にあり得ると言えると思います」
「だろうね……わかった。伝令は今父上に報告しているのだったね」
「はっ」
「我々もそちらへ向かう。これ以上の報告は直接聞こう……悪いが、もうひとっ走り行ってもらえるか?」
「はっ」
どうやら厄介さが一気に増してきたらしい。カイトもロレインも自分達が取り掛かっている案件のタイムリミットはそこまで長くないと判断したようだ。というわけでロレインは小間使いとして利用しているゴーレムに常に持たせているメモ紙を出させると、二つの住所を書き記す。
「この場所にいる人物を王城へ至急呼び出してくれ。担当部署への伝達も頼む」
「はっ!」
ロレインの指示を受けて、駆け込んできた伝令の兵士が駆け足で部屋を後にする。
「……厄介な事になった、かもしれんな」
「ええ……できればもう少し隠していきたい所でしたが……」
世界の情報の抹消だ。その情報を掴んでいるのは現状七竜の同盟だけで、他国にはまだ出していない。彼らもまた情報がどこまで正しいかわかっていなかったからだ。
そして下手に情報が流れて疑心暗鬼が生じても困るし、その間隙を縫う様に魔族達に攻め込まれても困る。正確な情報が掴めた所で話す予定だった。
「とはいえ、悪い事ばかりでもない。これを使えば会議は起こせる。というよりも、この事件が会議のきっかけ……だったのだろうね」
「かと……」
それにしたって厄介過ぎる。ロレインの指摘に対してカイトは非常に苦い顔だ。そしてその理由は、ロレインもわかったようだ。彼女の方は苦笑を浮かべる。
「……まぁ、君の顔もわかる。『ドゥリアヌ』は天険の要塞で、魔族達も何度も攻略しようとして失敗していた。そこが落ちたとなると、どの国も気が気でないだろう。『狭間の魔物』であるのなら仕方がない事であるが」
「そうですが……あそこが落ちると魔族達も更に西へ素通り出来てしまう。最悪ウチを迂回して帝国にも侵攻出来る。北と南から挟み撃ちを食らいかねませんよ」
「帝国とてそこまでヤワではないだろうがね」
カイトの懸念は尤もだが、そうなったらもう諦めるしかないだろう。ロレインは軍略家として名を馳せていればこそ、もしもそうなったら玉砕覚悟で突っ込むしか手が残っていない事を理解していた。というわけでそうなった場合は覚悟するしかないと半ば諦めの境地にあったようだ。
「……まぁ、良い。どうせそろそろ呼ばれる頃だ。先に行こう」
「はい」
ロレインの言葉にカイトも応じて立ち上がる。そうして、彼らは今回の事態が本当に今自分達が追っている一件なのか、魔族の仕業なのかを考えるべくアルヴァの所へと向かう事にするのだった。
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