第3303話 はるかな過去編 ――魔法――
『銀の山』で武器や防具の強化を行ってもらい戻ってきたシンフォニア王国。そこでソラ達を待っていたのは、『黒き森』からの招待状とでも言うべき封書であった。
というわけで同じく封書を受けて『黒き森』へと向かう事になったカイトと共に足の速い地竜を借りて『黒き森』へと赴いたソラは、『黒き森』をほぼ素通りする形で風の聖域へと移動。そこで風の大精霊ことシルフィと再会。彼女から世界の情報の抹消についての話を聞く事となっていた。そうしてこれが人為的に引き起こされた物である可能性が高い、となるわけであるがソラは少し解せない事があったようだ。
「なぁ、一つ聞きたいんだけど」
「なに?」
「これが人為的っぽいってのはわかるし、それが隠されてるっぽいってのも頷けるは頷けるんだ。でも正直なところ、どうやって情報を隠すんだ? というか、情報の抹消ってどうやるんだ?」
「あー……なるほど。確かにそれはわからないとわからないかもね」
今まで自分以外がシルフィの返答を受け入れていたからそれが正しいのだと思うソラであるが、確かに彼の疑問は正しくはあるだろう。
「そうだね。これは世界の情報を抹消する手段を知っていれば自然頷ける話ではあるんだ」
「教えて良いのですか?」
「ソラだったら良いと思うよ。そこらは未来の君がしっかり教え込んでるしね」
カイトの懸念に対して、シルフィは少し苦笑気味に頷く。苦笑気味なのは普通ならば教えないからだ。が、彼女ももう何十ヶ月とソラを加護を通じて見てきている。大丈夫だと判断していたようだ。というわけで改めてシルフィはソラの問いかけに答えた。
「世界の情報の抹消って難しいは難しいけど出来るは出来るってさっき言ったよね?」
「うん」
「で、そのやり方って別に魔法じゃなくても良いんだ。現にカイトは魔法行使出来ないでしょ?」
「流石に魔法の行使は……」
シルフィの問いかけに対して、カイトがはっきりと首を振る。これにソラがシルフィへと問いかける。
「魔法っていうとあれだよな? 世界の法則を書き換えるっていう……」
「そ。世界の法則を書き換えるっていうあれ。魔術が世界の規定する手段で現象を引き起こすのなら、魔法はその法則を書き換えて現象を引き起こす……起きる現象が一緒でもそこに至る経緯が全く別物っていうやつ……魔術師と魔法使いの差はそこかな」
ここらはソラにもほとんど馴染みはなかったが、何度か魔法使いと魔術師が別物として扱われている事は彼も聞き及んでいた。というわけでシルフィの改めての説明に対して彼も素直に受け入れる。
「ま、それはそれとして。世界の情報の抹消っていうのはその魔法の失敗にも等しいんだ」
「ってことは、魔法って一度世界の情報を抹消して自分の望む法則を書き込んでるってこと?」
「違う違う。言ったでしょ? 魔法の失敗って……魔法使いは基本的に魔法行使の際、世界に記されている情報を消したりはしないんだ。それに基本は書き換えるより、書き足す方が多いんじゃないかな。世界の情報を書き換えるとその後が面倒だから」
「なんで? そっちの方が簡単なんじゃ」
「そりゃそうだけどね……でもそうするとどうなるか、っていうのは……今こうして探ってる時点でわかるでしょ?」
「あ……」
そもそも消して終わり、で良いのであれば今自分達がこうしてこの事態を引き起こそうとしている何者かを追いかける必要なぞないのだ。これが意図した物か意図していない物かは別にして、魔法使い達が世界の法則を消さない以上そこには確かな理由があるはずなのである。
「そっか……法則を消すって事はそこに記されている世界を動かすのに必要な情報が消えるから、それを好き勝手しちゃうと……」
「そう。カイトの血の繋がりのないご先祖様が解決した様に、世界の法則が無茶苦茶になってしまうかもしれない。最悪は魔法を行使した当人が自爆なんて事もあり得る。それを防ごうとすると改変後の世界の情報を見極めて、としなければならないけれど……」
それがどれだけ難しいかはわかるよね。シルフィはソラに言外に問いかける。
「まぁ……魔法使いなんて別枠扱いされる以上は、って事なんだろう?」
「そ。世界の法則を書き換える、っていうのはそれほどまでに無茶苦茶難しい事なんだ。世界の情報を不必要に書き換えてしまうと成功しようと失敗しようと当然僕らからも狙われるし、世界の法則が無茶苦茶になってしまうから周囲の生命にとっても厄介な事この上ない」
「……なぁ、もしもの話として書き換えられてしまった場合はどうやって元に戻せるんだ? 出来る、はずだろ? 焦ってない所をみると」
本当なら今回の事象はもっと焦らねばならないのではないか。ソラはいつもの様子――但し流石にいつもよりも真剣味はあったが――ふとそんな事を思ったらしい。というわけでそんな彼の問いかけに、シルフィが笑う。
「おっと……鋭いね。うん。出来るは出来るよ。流石にそこは教えられないけど。ただ僕らでさえ安易に閲覧が出来ない程度には情報はしっかり確保されていると考えてくれて良いよ」
「そっか……まぁ、それなら俺達が失敗してもなんとかは出来るってことか」
「まぁ……出来るけどね。但しこの世界がどうなるかわからないから、多分君らも死ぬからね」
「あはは。流石にそうだろうな」
それでもまだ世界の命運を担わねばならないよりは精神的に楽だ。ソラはシルフィの言葉にそう答える。これにシルフィもまた笑った。
「あはは。そうだね。そういう面で見れば気楽に捉えてくれて良いよ。最悪はこの星か大陸程度を破棄して僕らがなんとかは出来るからね」
「規模がやべぇ」
カイトと一緒にいると良く出た話だな。ソラはシルフィの言葉にカイトが、未来の彼が一緒だったらよく出ただろう話だろうと久方ぶりに未来の彼を思い起こしたようだ。そしてそれはシルフィも同様だったようだ。彼女も笑うが、ひとしきり笑った所で気を取り直して本題に戻る。
「あはは……ま、それはそれとして。消せるのなら自分が下手人という情報を消せても不思議はないだろう? だってその抹消の行使の一瞬だけ自身がそれを行ったっていう記録を消せば良いんだから」
「あ、なるほど……」
確かに情報の抹消を意図的に出来るのであれば、自分がそれを行ったという情報程度は簡単に抹消出来るだろう。
「そしてさっきも言ったけど、抹消そのものは簡単ではないけど魔法行使よりは簡単に出来るんだ。具体的に言うと力技で空間やら次元やらを押し開いて、そこに空白を作るだけなんだけどね。単純に言えば世界を押し広げてなにもない場所を作る、って考えたほうが良いかもね」
「世界そのものを広げればそこに空白が出来るって事か」
「そういうこと……もちろんこれだと厳密には抹消にならない。だから押し広げた場所を起点として世界の法則が弱くなった場所から世界の情報に侵入。世界の情報を消すっていうわけ。消すだけだから書かれている情報を読取る必要もない。だから簡単っていうわけ」
「なるほど……」
おそらく口で説明されているだけだから簡単に聞こえるだけで、実際にはそんな事はないんだろうけど。ソラはシルフィの説明に対してそう思う。そうして、それからも更にしばらくの間彼はこの事態に対する話を聞く事になるのだった。
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