第3301話 はるかな過去編 ――再会――
『銀の山』で武器や防具の強化を行ってもらい戻ってきたシンフォニア王国。そこでソラ達を待っていたのは、『黒き森』からの招待状とでも言うべき封書であった。というわけで同じく封書を受けて『黒き森』へと向かう事になったカイトと共に足の速い地竜を借りて『黒き森』へと赴いた一同であるが、『黒き森』にあるエルフ達の都にたどり着くとそのまますぐに神殿へと通される事になっていた。
「こちらです。大神官様はすでに聖域前でお待ちです」
「わかった……今回は元老院からのお見送りなどは?」
「今回は事態が事態です故、下手に大事にせぬ様に元老院の見送りはありません」
「そうか」
エルフの神官の言葉に、カイトは僅かに胸を撫で下ろす。現在この世界に起きているという情報の抹消であるが、これを知るのはレイマールらレジディア王国の上層部に加えロレインの指示を受けてカイトが急いで報告を行ったアルヴァらシンフォニア王国の上層部。更には『黒き森』と『銀の山』などといった七竜の同盟の上層部のみだ。
一応『黒き森』の元老院の中でもトップたる元老院議長はその知る立場にあるのだが、そうであればこそ今回は規則などよりも秘匿する事に同意したとの事であった。
何より、大精霊達さえ動く可能性が出てきているというのだ。規則云々より大精霊の邪魔をしない方がハイ・エルフ達にとって重要だった。というわけでどこか隠れるように――なんだったらカイトは入門時にフードで顔を隠す様に依頼されていたりする――都を抜け、更に神殿を抜けてその最奥にある聖域前までたどり着く。
「来たな」
「お待ちしておりました」
そこに居たのは言うまでもなくスイレリアと人型形態となっていた聖獣だ。人型は人の世を忍ぶ場合に使う事が多く、基本的にはこちらの姿の方が少ないとの事であった。とはいえ、今回はやはり人目を忍ぶ案件という事で人型になりスイレリアもいつもの大神官としての服ではなくフードを目深に被って顔を隠していた。そんな様子に、カイトが僅かに苦笑する。
「物々しいな、今回は」
「それだけ大事という事じゃ……猶予が残されておれば良いのじゃが」
「残されてるとは思うがねぇ」
先にもカイトが言っているが、彼の予想では今回の一件が何時起こるかなどはベルナデットはすでに見通しているはずという事なのだ。その彼女が動ける状況でない事は現状明白で、であるのならとカイトは考えていた。
「うむ?」
「まぁ、完全に勘っちゃ勘だがね」
小首を傾げる聖獣に、カイトは笑いながら説明する。そうして道中その説明を行いながら、一同は聖域の中へと足を踏み入れる。と、どうやら今回は向こうも待っていてくれたらしい。緑色の髪を棚引かせる白いワンピースを着た美少女ことシルフィが一同を待っていた。
「はい、遠路はるばるお疲れ様」
「「「大精霊様」」」
ぱちぱちぱち。そんな軽い様子で五人を出迎えたシルフィであったが、そんな彼女の一方で五人は即座に跪く。その中に古龍の末端である聖獣まで含まれていたあたり、やはり大精霊とはこの世界で最上位の存在で間違いないのだろう。そうしていつも通りおちゃらけた彼女であったが、状況が状況というのは彼女もわかっていたようだ。
「……さて、おおよその状況は把握してるよ。まずひとつ謝罪。あの時語れなくてごめんね。あの時話していた通り、僕らにとってこの状況というのは過去なんだ。だから未来の情報を持つ僕らが過去の君達に情報を与えてしまうと、例えばスイレリア。君が兄を探そうとしない可能性だってあり得た。勿論、僕がそう指示する事も出来たけれどもね」
「それはそれでまた違った因果を生み出してしまう可能性があり得る、と」
「そういうことだね。勿論、そうしてしまったら結局それが未来の情報として確定して今度は違った未来を僕らが識る事になるのだけど……ここらはもうどれが正しいか否かというのは僕らにしかわからない事だから横に置いておく事にしよう」
ここら少し面倒くさい所ではあるね。シルフィはスイレリアの理解に僅かばかりの面倒臭さを滲ませながら首を振る。というわけで真面目な話は横に置いて、シルフィは改めて本題に入る。
「それで、現状……世界の情報の抹消。それについて、だね」
「はっ……」
「うん……まず結論から言ってしまおう。これだけど……うん。人為的。作為的に引き起こされているものだ」
「「「っ」」」
考え得る中でも最悪の事態。誰しもが流石にそんな事はしないだろうと考えていた話の中でも最悪を引き当てた事に、一同は顔を顰める。と、そうして語られた結論に、ソラが口を開いた。
「だけどそんな事可能なのか? 世界の情報を抹消してしまうなんて」
「うーん……そうだね。ぶっちゃけて言ってしまえば実は世界の情報の抹消は比較的簡単といえば簡単なんだ。というか、この中だと君が少数派」
「え゛」
そんな簡単な事で良いのか。ソラは少し困った様に笑うシルフィの言葉にそう思う。が、そもそも困った様に笑っている時点でこれが普通はあり得ない事態だと気付くべきであった。
「あはは……ごめんごめん。でもそれが事実だから困るっていうか。多分カイト……この場合はこっちのカイトね。でも出来るでしょ?」
「まぁ……否定は致しません」
「出来るよねー。で、スイレリアは出来る側だし、聖獣ちゃんも勿論出来る側」
「せ、聖獣ちゃんですか……」
流石の聖獣も聖獣でちゃん付けとは想像していなかったらしい。楽しげに笑うシルフィになんとも言い難い様子だった。
「あははは……はぁ。兎にも角にもやろうとすれば出来なくはないんだ。世界の情報の抹消は」
「そうでなければ、とは思っていましたが……」
「うん。でも君も聖獣ちゃんも違和感は感じてただろう? 先の混濁の様に法則が乱れていたわけではない、という点に」
険しい表情のスイレリアの言葉に、シルフィが問いかける。これに怪訝な様子でカイトが口を挟んだ。
「そうなのか?」
「……うむ。先の事象の混濁……あれの原因は語っておらなんだか」
「聞いてないな」
「語っておらんからな」
「うん……でもこれ、実はソラ達が一番良くわかってる事なんだ」
「俺達?」
カイトと聖獣の話に口を挟んだ挙げ句唐突に水を向けられたソラであるが、案の定思い当たる節がなかったのか目を丸くする。が、これにシルフィが楽しげに笑った。
「世界と世界の衝突だよ。それによって壁と壁が激突して、世界の情報がめちゃくちゃになっちゃったってわけ」
「そんな事も起きるのか!?」
「おかしなことを言うね。そもそも君達が世界と世界の衝突に関する情報を集める中で、巨大な閃光が観測されてるって聞いてるだろう? 普通に考えてもみなよ。何もない所に唐突に閃光が起きるんだよ? そんなの世界の法則が乱れまくってる中でも一番わかり易い事象だよ」
「あ……」
言われてみれば何を今更なのだ。ソラはシルフィの指摘に、ソラが目を見開く。が、それでもいまいち納得は出来なかったようだ。
「で、でも閃光は一時的……というか瞬間的だろ? そんな長期的かつわけわかんない異変なんて」
「衝突……というよりもあの時は擦れ合う様な事態だったのです。故に長期的に異変が発生し、結果として異変の度合いも強い物となってしまったのではないかと」
「そんな事あり得るんですか?」
「あり得るか、と言われれば妾らも実際に見るまではわからんかったがな。実際に起きた以上は起き得るという事なのじゃ」
スイレリアの言葉を俄に信じ難い様子のソラに、聖獣が首を振って実際に起きた事だと明言する。そしてこれにシルフィもまた同意した。
「地球とエネフィアの場合、正面衝突みたいなものだったんだ。だから勢いも良いし衝突の威力も強いから、君達みたく別世界の存在が弾き出されるという様な事態が起きてしまう。でもこの世界で起きた異変は……そうだね。似た様な方向に進んでいた二つの世界がゆっくりと近付いて衝突。瞬間的には強い力が掛からないから中の存在が弾き出される様な事はないけれど、長時間に渡って弱い力が加わり続けるんだ。つまり摩擦で熱が生ずるみたいにね」
「で、摩擦熱で発火してしまう……みたいなもん?」
「そういうこと。それでカイト達が開祖マクダウェルと呼ぶ騎士達を筆頭にして衝突している箇所を押し出す形で解決して貰ったっていうわけさ」
「そんな事出来るのか?」
「そりゃ、僕らや聖獣ちゃんが手助けしたから出来たんだよ。普通は出来ない」
ソラの問いかけに、シルフィは笑いながら首を振る。
「じゃ、それを前提にして今回の一件を話してみようか……ね? どう考えてもおかしいでしょ?」
「……」
確かに。情報の抹消が世界と世界の衝突により生ずる場合、どういう風に考えれば良いのだろうか。それを考えてソラも納得するしかなかった。小さく弱く何度も衝突を繰り返しているという程度だが、その場合ここまで限定的な範囲で連続するのか疑問に残る所ではあるだろう。
そうして、今回の一件は人為的に引き起こされた事態の可能性が高いというシルフィの言葉に納得。話はその人為的に引き起こしている者について及ぶ事になるのだった。
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