第3293話 はるかな過去編 ――精錬――
『銀の山』の棟梁の娘フラウ。かつてセレスティアの世界において存在した八英傑と呼ばれる英傑の一人であり、彼女は前世のカイト達へと武器や防具を提供している鍛冶師であった。
というわけで、そんな彼女からの助言を受けて自分達の武器や防具の修繕や強化を行うべく素材集めを行っていたソラや瞬。彼らはカイトやレックスと共に冥界・神界へ赴いて時に鉱物資源を採掘し、時に魔物を討伐しその素材の剥ぎ取りを行いとしていた。
そうしてある程度の素材が集まった所で再び『銀の山』の中にあるドワーフ達の工房にて再集結したわけであるが、そこでソラと瞬の二人はカイトに招かれて素材の精錬現場を見学させて貰う事になっていた。
「「……」」
結局、禍々しかろうと概念を抽出した精錬素材だろうと鍛冶師達がやる事は言葉で言い表せばさほど変わらないらしい。溶かした素材から抽出された様々な概念は液状化して炉から吐き出されると、『銀の山』の棟梁が用意した熱せられた『白色金属』の入った箱に注ぎ込まれる。
「……ふっ……ふっ……」
「はっ! はっ! はっ!」
「……」
「おう」
フラウと『銀の山』の棟梁父娘の作業だが、基本寡黙な『銀の山』の棟梁の言葉をフラウは視線で理解しているらしい。なので彼女は自らが腰を落として叩きつける動きを僅かな視線の動きだけで制止した父に頷いて、父の次を待つ。
「……もう一回」
「はっ!」
かんっ。フラウの大鎚が一撃ごとに黒みを帯びていく『白色金属』のちょうど『銀の山』の棟梁の視線が注がれている所へと振り下ろされ、甲高い鉄を打つ音が鳴り響く。
「……音が鈍いな。もう少し剛性が必要だ」
「最終的にゃ砕くんだ。剛性が高すぎると砕く時、面倒じゃないか?」
「あの槍は元々がかなりの力を有している。剛性が低すぎると保持できる概念が少なくなる。概念を強化する際に弾かれる。濃度を濃くした方が良い」
「そりゃそうだが……親父。濃すぎると強化後に使い手の方が厳しくないか?」
「ふむ……」
それはまた確かではある。フラウの指摘に『銀の山』の棟梁は黒みを帯びていく『白色金属』を再度熱して概念を注げる様に準備しながら、少し考える。そんな彼の視線がふと瞬を向く。
「……遠慮します」
「そうしよう」
「ふぅ……」
おそらくさっきのソラと似た様な事をされるのではないか。そんな瞬の直感は正解だったようだ。何故彼が気付いたかというと、『銀の山』の棟梁の視線が持っていた箱と瞬を行き来していたから、という事らしい。というわけでほっと胸を撫で下ろした彼の一方。『銀の山』の棟梁は少しだけため息を吐いた。
「若干だけ剛性を上げるぞ。一度試してみて後で足りなければ足せば良い」
「足せば良いってねぇ……まぁ、引くよりかは楽っちゃ楽か」
「そういうことだ」
引けるのか。瞬は二人の鍛冶師父娘の会話を聞きながら、魔槍の力を弱める事が出来る事に驚いていた。まぁ、そんな事が出来るのはこの父娘を筆頭にした『銀の山』の鍛冶師達やエネフィアで言えば村正一門の中でも限られた者たちぐらいだと知るのは、彼がエネフィアに戻った後であった。というわけで、その後もしばらくの間。瞬とソラの二人は精錬の見学をさせて貰うのだった。
さて死の概念の抽出と精錬が終わった後。今度は残っていた冥界の概念や闇属性など様々な概念の抽出と精錬作業が行われ、それが終わった頃には炉とその周辺が高温かつ火属性の魔素に極めて偏りが出てしまっていた。
「っぅ……」
「っ……」
流石にこれはかなりキツいな。ソラも瞬も高温はまだ耐えられる――気温だけならば魔術で自身の周囲を制御出来るから――が、火属性の魔素の偏りによる熱波だけは如何ともしがたいものがあったようだ。そんな瞬であったが、平然とした様子のカイトに問いかける。
「お前は平気なのか?」
「うん? ああ、火属性にとんでもない偏りが出てる事か?」
「ああ……普通の熱風や熱波なら耐えられるが、火属性をここまで多分に含んでいると辛いな」
「まぁ、そうだろうな……二つぐらい抽出したらこんなもんだ。慣れるよ、その内。身体に火属性への耐性がつく、って感じでな」
「そう言えば……」
聞いた事があったな。瞬はリィルから病に身体が順応する様に、魔力の属性にも長く浴びていれば耐性が出来る事があると言われた事をふと思い出す。とはいえ、先にすでに白色の炉で何かしらの属性やら概念やらの抽出を行っているのだ。炉二つ目でこの熱波だ。その次が少し怖くもあったので、瞬が問いかける。
「もっとキツくなるのか?」
「流石にこれ以上はやらないだろ……フラウ、今日火属性までやるのか?」
「いや、流石に火属性まではやらないよ。明日……ああ、そうだ。珠、出しといて。どうせ出すし、そいつありゃ楽だろ」
「あいよ」
珠とは如何なる物か。ソラにも瞬にも分からなかったが、カイトにはそれで伝わったらしい。部屋の片隅にあった金属の箱の中から、カイトが暗褐色の手のひらサイズほどの球体を取り出す。どうやら箱の中には何個もそれが収められていたらしく、カイトは横にあった台座の上にそれを何個も取り出して乗せていく。
「よいしょっと……どこらへん置いておけば良い?」
「そこの台座の横。そこらへんならどこでも良いよ」
「あいよ」
フラウの指示に、カイトは指示された近辺に台座を置く。そうして数秒。何かに共鳴するかの様に暗褐色の珠が赤く光を帯び始める。そしてそれと同時に、周囲を満たしていた燃え盛る炎が如き火属性の魔素が薄まっていく。
「なんだ?」
「楽に……なった?」
「珠のおかげだ。あれは……あれ? 名前なんだっけ?」
「珠? 『火の種』?」
「ああ、それそれ」
どうやらカイトが取り出した暗褐色の珠は『火の種』なる名前だったらしい。そうだったそうだった、と彼がフラウの言葉に笑う。というわけで笑った彼が作業中の父娘に代わって教えてくれた。
「『火の種』は周囲の火属性の魔素を吸収して咲く花の種だ」
「種……なのか? 暗褐色の金属球に見えるんだが」
「ああ……不思議だろ? でもあれが咲くと真っ赤な炎の華を咲かせるんだ。溶岩地帯にしか咲かない独特の花だな……そりゃそうなんだけど。だからこの『銀の山』の地下を流れる溶岩地帯に群生地があってな。そこから種を取ってきてるってわけ」
「「へー……」」
「だから本当は珠じゃなくて種って言うべきなんだけどね。アタシら皆珠って言ってる」
確かに珠に見えたし、それもわからないではない。瞬もソラも少し恥ずかしげながら笑うフラウにそう思う。とはいえ、最初に種と言われた所で驚きは変わらなかっただろう。そうしてそんな二人に、カイトが更に続けて教えてくれた。
「あれに精錬で出た火属性を注いで、火属性に関連した概念の精錬の火種に使うんだ」
「『太陽石』は違うのか?」
「『太陽石』だけは太陽……光属性が強かったから別口だ。で、反対の属性で火属性以外を打ち消す必要があるから、今は闇ってわけだ……それで解釈あってるよな? ノワールの受け売りだったんだが」
「あってるよ……そして全部が終わった後に水属性の精錬やって全部を打ち消してフラットな状態にして終わりってわけ」
カイトの言葉に、フラウが精錬を行う上での順番を告げる。やはり精錬をする上で重要なのは他の概念が混じらない事らしい。そうなると相反する属性や概念を順番に精錬する事で不要な要素を打ち消し合わせ、なるべく純粋な精錬が出来る様に心がけるのが鉄則との事であった。
「良し。これで完了だ。親父、闇の炉、片付けるよ」
「おう」
フラウの言葉に『銀の山』の棟梁が一つ頷いた。そうして焚べられていた溶岩が専用の流路を使って外に排出。残った熱気が散るか『火の種』に吸収されるのを待って、炉は再び地下へと収納。この日の精錬作業は終わりとなるのだった。
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