第3292話 はるかな過去編 ――強化――
『銀の山』の棟梁の娘にして、かつてセレスティアの世界において存在した八人の英雄達で構成される八英傑の一角であるフラウ。彼女はかつてのカイトに武器や防具を提供する鍛冶師の一人であった。
そんな彼女が素材の精錬を行う現場にカイトの誘いを受けて立ち入らせて貰う事になったソラと瞬であったが、二人の眼の前では瞬が冥界で手に入れた様々な魔物の素材を突っ込んで炉に火を焚べられていた。
「良し……後はしばらく待つだけか。親父」
「……おう。はぁ……」
『銀の山』の地下深く。先に瞬が立ち入った遺跡の片隅に流れる溶岩を炉の下に入れた所で、フラウと『銀の山』の棟梁は水を飲む。やはり炉の傍はカイトら三人がいるここより遥かに熱気が強いらしく、煤まみれだし汗まみれでもあった。というわけで休憩を入れたフラウへと、瞬が問いかけた。
「あの……全部いっぺんに突っ込んで大丈夫なんですか? 中身確認せず、という様子でしたけど……」
「ん? ああ、それか。まぁ、事前に素材はある程度の選別はしてるよ。だから抽出出来る物は死の概念やら闇の概念やら、そういった物になるね」
「正確には闇の概念を溶かて混ぜ込んだ金属……だ」
「おっと! おもっ……」
瞬は『銀の山』の棟梁から投げ渡された一つの白色のインゴットを受け取って、その重さに思わず取り落としそうになりつつも身体強化の魔術を展開。なんとかそれを受け止める。
「これは……」
「概念を詰め込むためのインゴット……俺達は『白色金属』と呼んでいる」
「ま、白色とか白取れとか略して言ってるけどね、どいつもこいつも」
「これに概念を……?」
見た目は乳白色の金属インゴットという所で、重さは十数キログラムは普通にありそうではあった。が、これにどうやってそういった概念とやらを詰め込んでいるのか、瞬にはいまいちイメージが出来なかったらしい。と、そんなわけで『白色金属』を見る瞬達三人であったが、同じ様に見ていたソラがふと炉の方を見て息を呑む。
「んなっ……や、やばくないっすか!?」
「うん?」
「ああ、あれか……」
「あいよ」
ソラが見て思わず仰け反ることになったのは、炉の上部。素材を突っ込んだ所から吹き出す赤黒い煙だ。それは見るからに禍々しく、吸い込めば間違いなく危険というのが見るからにわかる色味だった。というわけで『銀の山』の棟梁から指示を受けたフラウが立ち上がって炉へと歩きながら告げる。
「よっと……別に問題無いよ。言った通り、今やってるのは精錬だ。素材を燃やして形を失わせて、必要になる概念だけを抽出する……ま、錬金術師達がやってる事をもっと大規模にやってるようなもんさ。あいつらが求めるのは高精度。アタシらが求めるのは量。勿論精度がある方に越したことはないから、錬金術師達とは良い関係築かせて貰ってるけどね」
カラカラカラ。フラウは近くに置いていた台座を使って赤黒い煙の中にマスクもなく顔を突っ込んで、炉の口の横に備えられていた特殊な棒で中身をかき混ぜる。そうして中の燃え残りを煮えたぎって液体化した素材の中へと突っ込んで、再び炉から離れる。
「良し……こいつで大丈夫だ」
「後どれぐらいだ?」
「多分10分ぐらいで溶けるだろうね」
「そうか……なら次の準備をするか」
どうやら一呼吸入れられる程度しか休憩時間はなかったらしい。フラウの返答に『銀の山』の棟梁が立ち上がり、先程瞬に渡していた『白色金属』を回収。更に幾つかの『白色金属』を在庫から取り出して、一人で100キロ近くもの素材達を抱えて金属の数だけ取り出した箱の中へと一つ一つ突っ込んでいく。その一方でフラウもフラウで作業を開始する。
「ま、やるのは合金造りみたいなもんだけど……ちょっと違う所もあってね。こっからがその違いだ」
「「?」」
「ま、ここからが職人の腕の見せ所って所さ。ま、鍛冶師達の中でもここまで……精錬までやるのが少ないってのはここらがあってね」
ぐつぐつぐつ。煮えたぎった素材達を見て一つうなずくと、フラウは炉の側面に備えられていた金属板に手を当てる。すると先程まで煙が吹き出していた上部から、禍々しく赤黒い光が溢れ出す。と、そんな光がまるで意思を持っているかの様に、一直線にフラウへと飛びかかる。
「おっと……やっぱあんたらが取ってきた素材は活きが違うね。襲いかかってくる」
「だろう? なにせ殺しても蠢く様な奴らだ。保有してる概念の強度が一味違う」
「だね……こいつは良い死の概念が抽出できそうだ」
「「えぇ……」」
話している会話にある単語が物騒過ぎやしないか。ソラも瞬も楽しげに話すべき会話なのか、と言葉だけ聞けばそう思うしかない様子の二人に引きつった様子で僅かに距離を取る。とはいえ、どうやらこの場では二人が少数派だ。
「小僧共の素材は鮮度が良い。概念が可能な限り失われない様な、完璧な仕留め方だ……そっちの小僧の仕留めた素材も悪くなかった」
「自分ですか?」
「ああ……魔槍を使っているのだろう。それも冥界に縁の強い……それで殺した事によりその魔物の中で魔槍の持つ死の力が侵食していっている。小僧の持つ槍に最適な死の概念が抽出出来るはずだ」
「は、はぁ……」
おそらく称賛されてはいるのだろう。瞬はそんな様子が言葉の節々に滲む『銀の山』の棟梁の言葉にそう思いながらも、それは喜ぶべき事なのかどうか分かりかねたようだ。と、そんな事を聞いて瞬がふと疑問を抱いたようだ。
「あの……もしそれで人を殺したりした場合、その人が迷ったりとかはありえますか?」
「それは……その時々に応ずるだろうが。逆の方があり得るだろう」
「逆というと?」
「冥界への直行便だ」
「はい?」
どうやら『銀の山』の棟梁は寡黙ではあったが、同時に茶目っ気を持っているらしい。少しだけにやりと笑いながら告げられた言葉であったが、瞬には唐突過ぎて理解が及ばなかったようだ。それに『銀の山』の棟梁が少しだけ恥ずかしげに言い直す。
「……すまん。死神達の使う大鎌だ。あれと同じで、問答無用に冥界に叩き込む。魔剣や魔槍にも二種類がある。小僧の使う死神達の大鎌の様に、問答無用に殺す物。小僧がさっき言った様に、なるべく傷つけた相手を苦しめる物……俺達はそれら苦しめるためだけに存在する物を呪具や呪装と呼んでいる」
「そうなんですか?」
「あれは武器ではない」
あまりにはっきりと、そして強い意思の籠もった様子で『銀の山』の棟梁がはっきりと断言する。そこには鍛冶師としての強い誇りがあった。そうして思わず気圧された瞬に、彼が語る。
「防具がなにかを守るのであれば、武器はなにかを殺すためのものだ。どれだけ取り繕うと、武器は殺すものだ。故にどれだけ傷付けようと、苦しまぬ様に出来るのが優れた武器の証だ……呪具や呪装はその逆だ。苦しめるためのものを俺は武器とは認めん……武器がその果てに呪装に落ちてしまうのは悲しい事だが」
「親父、熱くなりすぎだよ」
「……すまん。だがそれならば、いつかは迷わず冥界に送れるだろう」
「あれは……」
『銀の山』の棟梁の視線の先には、おそらく長物が収められているのだろう袋があった。その中身は考えるまでもなく、瞬の槍だろう。
「葬送になるか冥想になるか……それとも呪装と成り果てるか。それは小僧次第だが。鍛冶師として一つだけ告げよう。武器は所詮武器だ。使い手次第で如何様にもなる。過つな。そっちの小僧もだ。神剣を受け継いだのなら、それに恥じぬ戦士となれ」
「「……」」
おそらく多くの戦士とその悲喜こもごもを、その生死を何度も何十度も見てきたのだろう。だからこそ鍛冶師としての言葉を語る『銀の山』の棟梁の言葉を二人は静かに受け入れるしか出来なかった。と、そんな珍しく饒舌に語った父親に、フラウが笑う。
「珍しく饒舌じゃないか」
「ふん……たまさか気が乗っただけだ」
「そうかい……よし。第一弾出来たぞ。さて、こっからは概念の抽出のお時間だ」
「こちらも準備完了だ……いいぞ」
「おし」
父親の言葉に、フラウが一つ頷いた。どうやら彼女が手を乗せていた金属板を介して中では概念ごとに階層分けのようなものが起きていたらしく、どす黒い液体が炉の口の部分から流れ出す。それは『銀の山』の棟梁が金属で出来た道具で持っていた箱の中へと流れ込み、黒色の光を放った。
「「ぅっ!?」」
何だ、これは。ソラも瞬も溢れ出た黒色の光を見て、思わず顔を真っ青に染め上げる。見ているだけで気が狂いそうになる黒い光を見て、気分が悪くなったらしい。これにカイトが黒い光からかばう様に二人の前に立つ。
「ああ、直視するな。そいつは死そのもの。目から死という概念を見ている様なもんだ。それも濃縮された死をな」
カイトの言葉に、二人は有り難く背を向けさせて貰う。そうして、しばらくの間様々な概念の抽出を視察する事になるのだった。
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