第3287話 はるかな過去編 ――再合流――
セレスティアの故国レジディア王国。セレスティアが生まれた頃のその一千年近くの歴史において伝説的な英雄王にして中興の祖として名を残す事になるレックス・レジディア。彼はかつてのカイトの幼馴染の一人であり、共に八英傑と呼ばれるセレスティア達の世界において並ぶ者の居ない大英雄であった。
そんな彼の結婚式に参列するべく集結した事により八英傑全員との知己を得る事に成功したソラ達であるが、彼らは八英傑の一角にしてカイト達の武器・防具の修繕や強化などを取り仕切る『銀の山』棟梁の娘であるフラウから助言を受け、それぞれ神界と冥界に赴いて強大な力を持つ魔物や鉱物資源の収拾を行う事になっていた。というわけで、冥界に赴いてカイト達と共に強大な魔物達との交戦を何度となく繰り広げていた瞬らであったが、ひとまず色々な素材が手に入っていた。
「……なんというか……一つ良いか?」
「言いたい事は正直わかる。とっても分かる……でもまぁ、強い事は事実なんだ」
「いや、それはそうだろうが……いや、敢えて言わせてくれ。禍々し過ぎはしないか?」
「まぁなぁ」
どうしても言いたかったらしい瞬の言葉に、カイトも苦笑混じりに頷いた。とはいえ、こればかりは見たままが事実だし、瞬の指摘は誰もが思っていた事だ。
事実若い騎士達の中にもなんだかなぁ、と普通に口にしている者もいるわけであるが、同時にカイト達上の騎士達の様子を見て全員が同じ事を思っている事を理解。四の五の言う事は出来ない状況なのだと誰ともなく理解はしていたらしい。
「まぁ、良く言われてるんだよ。一応これでもオレ達、七竜の同盟の中でも名だたる騎士達なんだよな、って……それがこんな禍々しい素材をてんこ盛りって……正直どうなの、とはな」
「だろうな……おそらくエネフィアに来たばかりの頃の俺だとこの禍々しさ……漏らしは……いや、出来そうもないな。漏らす前に悶死していそうか」
瞬自身、素直にそう言うしかないぐらいには禍々しい様子なのだ。とはいえ、それも無理のない事ではあるだろう。なにせここにある素材の数々は冥界の魔物から剥ぎ取られた素材や冥界で死という概念をふんだんに吸収した鉱石や材木達なのだ。
見た目も一応生物学的には死んでいるだろうに何故か蠢いている臓物だの、何故か青白く輝いている骨などが沢山。木材も赤かったり黒かったりと死をイメージさせるには十分であり、感想を一言で、と言われれば異口同音に禍々しいと言うしかない光景だった。
「悶死できりゃまだ良いな……下手すりゃ狂気に当てられて狂人一直線だ」
「廃人でさえないのか……」
「廃人になれりゃ良いな」
「はははは……」
笑えない。カイトの言葉に瞬は乾いた笑いを浮かべる。そんな彼に、カイトがしかしと告げた。
「でもなぁ……こいつらの素材を利用した防具はものすごい強い力を有するらしいんだ」
「そうなのか?」
「ほら、火事場の馬鹿力って言うだろ? 防具とかにもそういうのがあるらしくてなぁ……意図的に壊れかけまで負荷を掛けてそこから然るべき手段で強化すると、反動で凄まじい防御力が手に入るんだ」
「な、なるほど……わからないではないな……」
時折言われる筋肉を限界までいじめ抜いて、そこから休憩を取らせる事で強靭な筋肉を手に入れる訓練に似ているかもしれない。瞬は元々がアスリートだからこそ、そんなことを思い出す。
勿論武器と同様に筋肉もまた壊れてしまっては意味がない。なので最適な効果を得られるためには適切な訓練が必要と言われれば、瞬にも納得しかなかった。
「そうか……瞬もそれ相応には死線をくぐり抜けてるだろうし。わかりはするか……ま、禍々しいのは事実だけどな」
「あはは……そうだな。で、これだけあれば十分なのか?」
「そうだな……今回はこれぐらいで十分だろう。これ以上下手に集めると禍々しさで変な魔物が生まれても困るしなぁ……」
「生まれるのか?」
「見ての通り、不活性状態も限度があるからな……なーんどかやっちまった事はある。流石に最近はバランスがわかってきたからないけど……でも時々、年に一回ぐらいはちょっと強い魔物だったっぽいとかでやっちまう事はある」
「うわぁ……」
カイトの言葉に瞬は盛大に顔を顰めながら、禍々しい素材達から一歩距離を取る。とはいえ、ここらは流石にカイト達だからという所が大きいだろう。普通はならないので気にする意味はさほどなかった。
「ま、良いや。とりあえずさっきも言った通り、今回はこれで十分。総員、撤退準備!」
カイトの言葉に、騎士達が一斉に撤退の準備を整え始める。それを横目にカイトはモルテに告げた。
「で、モルテ。これからそっちはどうするんだ? オレ達はひとまず『銀の山』に行こうと思うんだが」
「おー、『銀の山』ねぇ。そういや、私も久しく行ってなかったねぇ……あそこら、私の担当地域じゃなかったし」
「そうなのか……じゃあ、一緒に行くか?」
「そうさね。久しぶりに『銀の山』の火酒を飲みたいのもあるしねぇ……行くかね」
言うまでもない事であるが、基本的に集めた素材は自分達でなんとか出来るわけではない。というわけでフラウを筆頭にした『銀の山』のドワーフ達の所まで持って行って修繕や強化をしてもらう事になっていたのであった。というわけで二度手間ではあるが、瞬達もまた『銀の山』へ向かってソラ達と合流。再びシンフォニア王国へ戻る事になるのであった。
「にしても……ここから『銀の山』か。手間じゃないか?」
「手間は手間だが……そこまで手間にはならんよ? あ、そっか。すまん。言ってなかったわな」
「うん?」
なんでそんな辟易とした様子を見せるんだろう。瞬の様子にそう思ったカイトであったが、そこではたとなにかに気付いたらしい。
「そうか。そう言えばセレスも知らんか? どうだろ……おーい、セレス!」
「あ、はい! なんでしょうか!」
「ちょっちこっち!」
「はぁ……なんでしょうか」
女性騎士達に混じって撤収の用意を行っていたセレスティアであるが、カイトの問いかけに何事かと首を傾げながらこちらに歩み寄る。そうしてこちらまでやってきた彼女に、カイトが問いかけた。
「そう言えばセレスって冥界何度目?」
「両手の指……ほどだったかと。そこまで多くはありません。といっても神界も、ではありますが……」
「そうか……なぁ、一つ聞きたいんだけど。冥脈渡りって」
「……」
正気なんですか。セレスティアの顔はカイトの言葉に対して何よりも雄弁にそう語っていた。後世の者として伝説的な勇者を知り、そして彼を祀る巫女として色々と常識はずれな事をしているとは思っている彼女であるが、それでも今回の内容は素直には信じ難い事だったらしい。
というわけで、久方ぶりに正気の存在を見た――騎士団の面々はもう慣れていたので誰も疑問に思わない――とばかりに、モルテがため息を吐いた。
「普通はそうなるんよ、勇者くん。君ら平然と冥脈渡りとか言ってるけど、やってる事って死にに行くようなもんだからね?」
「だから冥脈じゃん?」
「その魔族達でもやんないからね?」
「だから安全なんだろ?」
「危険だから安全なのか、そもそも危険なのか……どっちかは判断分かれる所だねぇ……」
もしかするとこれから自分がやらされるのは狂気の沙汰一歩手前どころか普通は狂気の沙汰の行為らしい。ただ一人なにか良くわかっていない瞬は眼の前で繰り広げられる一幕にそう思う。とはいえ、このまま放置されているのも困るので聞いてみるかと彼が口を開くよりも前に、セレスティアが口を開いた。
「冥脈渡り……というとあれですか? あの危険過ぎて誰も踏破した事がなかったはずのあの……?」
「まぁ……場所が場所だから待ち伏せとか滅多にされないし、空間も歪んでるから出入り口さえ間違えなきゃ目的地まで一直線だし」
「……」
言っている事は正しいのだけれど。セレスティアはカイトの言葉が言葉通りに取ればその通りである事をわかりつつ、同時にその危険性がわかっているからこそ正直な所を口にする。
「あの……それ、正気ですか? あの、謂わばあそこって先に大神官様が仰られていた現象やら事象やらの法則が狂ってる場所……ですよね?」
「そうだな」
「……正式名称、世界の狭間の裂け目……ですよね?」
「え?」
なにかとてつもない言葉を聞いたぞ。ぎょっとした様子で瞬がセレスティアの方を向く。そしてそれに対して、カイトは笑いながら首を振る。
「いんや、そりゃ誤解だ。正確には世界の壁が薄くなっている場所だ。まぁ、だから法則も緩いんだけどな」
「それは存じ上げていますが……申し訳ありませんが、とても渡れるとは思わないのですが……出来たのですか?」
「出来てるんよ、この狂人達……狂気の沙汰さね、こんなの」
「えぇ……」
色々と伝説が残るカイト達であるが、どうやらこの冥脈渡りという偉業については残っていないらしい。とはいえ、これは仕方がない側面はあった。セレスティアがドン引きしている事からもわかる様に、こんな事が出来るのはカイト達ぐらいなものだ。出来たという結論だけを頼りに後世の者が真似をしても困るため、意図的にこの話は隠されてしまったのであった。というわけで盛大に顔を顰めるセレスティアとモルテに、瞬が問いかけた。
「……とどのつまり、ヤバい空間……というわけか?」
「ヤバい、と言いますか……」
「まぁ、ヤバいはヤバいわねぇ……端的に言えば法則が色々と緩いから、うまく使えりゃ空間の距離とかを縮められるんよね。だから例えばここから『銀の山』までひとっ飛びってのも出来るってわけ」
「なるほど……聞く限りでは便利ですね」
「聞く限りではね」
瞬の言葉にモルテは出来る事を口にすれば、と告げる。が、当然セレスティアもモルテ当人もそうである様に、これにはとてつもない問題点があった。
「法則が緩い、ってのはとどのつまり私らの常識が通用しないってわけ。だからまぁ……命からがら這い出した奴が数十キロの魔物とかが遠くにいるのを見た、とか言う話は聞いた事があるねぇ。流石に世界に近すぎて近寄ってはこれなかったみたいだけど」
「数十キロ……?」
それはもう人類が形容出来る言葉に該当する言葉は無いのではなかろうか。瞬はまるで想像出来ない巨大さにただただ困惑するだけだ。
「ま、物資を運んでるから問題はない様にはする。そこらは安心しろ」
「……」
それでも嫌と言いたいが、流石に立場上否やはない。悲しいかな、セレスティアはカイトの巫女として教育が徹底されている。なので神にも等しいカイトの言葉に、否やはなかった。というわけで、セレスティアは覚悟を決めて冥脈渡りに同行する事にする。が、やはり怖いは怖かったらしい。
「あの……守っては頂けますでしょうか……」
「それは勿論。これでも騎士なので」
「お願いします。足手まといにしかならない気しかしません……」
「……」
どうやらセレスティアをして、これから行く所は足手まといにしかならないらしい。瞬は彼女の言葉にそう理解する。そうして、瞬は結局冥脈渡りの詳細を聞く事が出来ないまま冥脈とやらに赴く事になるのだった。
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