第3279話 はるかな過去編 ――協力――
セレスティアの故国レジディア王国にて出会った八英傑残りの四人。その一人でありカイト達の武器や防具の修理や改良を行っているフラウというドワーフの少女の助言を受け、瞬は<<赤影の槍>>の強化。ソラは力を失って久しい<<偉大なる太陽>>の賦活を目的としてそれぞれ冥界と神界に赴く事になっていた。
というわけでカイトと共に冥界へと赴いた瞬であったが、彼は冥界を統率する冥界神の招きを受けたカイトと共に冥界神の身許へと赴いて情報交換を行っていた。
「……なるほど。事象の抹消か……そういった事象の異変はまた随分と懐かしいものだ」
「やはり先は開祖マクダウェルの?」
「開祖、か。そうか。そうなるのだな」
カイトの言葉に、冥界神はどこか懐かしげに目を細める。まぁ、シンフォニアにせよレジディアにせよそれが出来るよりも前の時代から生きている彼だ。知っていて当然ではあるのだろう。そんな彼に、モルテが問いかける。
「開祖ねぇ……私、開祖とか言う人が居た頃はまだ生まれてなかったんでさっぱりなんですが。なんかとんでもない事が起きた時代だったらしいですねぇ」
「ああ……そうだな。確かに今思い返せば、最近の状況はその頃に似ている。ただあの頃以上に厄介にはなっているが」
「その事象の混濁ですか? 妙な現象ですねぇ……猛暑の中で猛吹雪? 雪、溶けちゃわないんですか?」
「溶けないから問題だったのだ。凄まじい事象だった、あれは」
当時を思い出し、冥界神が深くため息を吐いた。そうして彼が当時起きていた事を少しだけ語ってくれた。
「湖の中で雷鳴が轟き、地中で風が吹き荒ぶ。氷の中にマグマが渦巻き、猛暑の中のブリザード……全ては我も知らぬが、ハイ・エルフの時の大神官よりもっとあったとは聞いている」
「……うわぁ。私も噂には聞いた事ありましたけども。凄いですね」
「凄い……か。うむ。まともに法則が成り立っておらんかったのだ。それはこの冥界でも同様だった」
「具体的には?」
「この闇に閉ざされた地が逆に光に覆われた」
「それは良いですねぇ。偶にはやりません?」
「馬鹿者……」
何も知らないから適当に言いやがって。そんな様子で冥界神は呑気に笑って提案するモルテに呆れた様に肩を落とす。とはいえ、それがだめである事ぐらいモルテもわかっていた。
「わかってますよぉ。言っただけです。そんな事したら星の内海へ行く亡者達が道に迷って大変な事になっちゃうじゃないすか。私もお仕事増やされたくないんで遠慮しておきますよ」
「はぁ……まぁ、そういうことだ。本来は起きてはならない事情や、正しく起きるべき事象が起きぬ。この冥界の運行にも差し障った。故に我ら冥界の者たちも人界の者たちに協力した」
「らしいですね……生まれる前で知らないんですけど」
再度になるが、モルテは開祖マクダウェルが活躍した時代より後に生まれた実はかなり若手の死神だ。一応最若手ではないらしいが、下から数えた方が早いぐらいには若いらしい。というわけで彼女もどうしても実感がないらしかった。
「うむ……まぁ、それはさておきだ。此度も我らが協力せねばならんだろう」
「ありがとうございます……それで一つお尋ねしたいのですが」
「……良かろう」
おおよそ質問の内容は察するが。冥界神はカイトの問いかけにそれを察しながらも、きちんと言葉にする事を選んだようだ。というわけで、カイトが冥界神の見抜いた通りの問いかけを行う。
「冥界神様はこの冥界にてもすでに異変が起きている様なご様子でしたが」
「うむ……すでにこの冥界にも異変が起きている」
「そうなんですか?」
「ダチュラに対応させている。貴様が知らんのはそれ故だ」
「あー……あの人が。納得です」
ダチュラというのはモルテの上司に近い人で、モルテとは逆に死神の中でも古株の一人だった。それ故に冥界神からの信頼も厚く、モルテが知らない様に口も固い。なのでこういった秘匿性の高い案件を任せられる事が多いとの事であった。というわけで冥界側が納得した所で、冥界神が小さく頭を下げる。
「すまん。話の腰を折ったな……それでこちらで起きている事象だが、あまり良くはない」
「と、申しますと?」
「魂の抹消……」
「「「っ」」」
「とまでは行かんよ。そうなっていれば今頃我とてなりふり構わんし、構ってもいられん。東の龍神達と共に事に臨む」
最悪中の最悪の事態。その言葉を聞いた一同の顔が歪むのであるが、それに冥界神は少しだけ笑ってそこまでは至っていないと首を振る。が、その眉間に刻まれたシワが決して事態が楽観視出来るわけではない事を如実に示していた。
「星の内海への道が消されたのだ。幸い即座に我が気付いて復旧はしたがな」
「そうでしたか……ですが星の内海への道が」
「うむ……もしもここに亡者の魂が巻き込まれる様な事態があれば、と冷や汗を掻いた」
確かに最悪中の最悪ではないが、それでも一歩間違えば最悪の事態もあり得た。カイトの言葉に冥界神も苦虫を噛み潰した様子で同意する。と、そんな所に。瞬がおずおずと問いかける。
「……あの、申し訳ありません。星の内海……とは?」
「ん? ああ、そうか。もしかしたらそっちだと別の言い方になっているかもしれないのか」
「なるほど……たしかに我らは一般的な呼び方と思い話しているが。あくまでもそれはこの世界の呼び名であって別世界であれば別の名であっても不思議はないか」
この案件は先にレジディア王国での会議でも瞬らの協力が必須となる。その彼の理解が不十分な状態では将来的にどんな不利益が引き起こされても不思議はないのだ。というわけで、冥界神が星の内海についてを教えてくれた。
「星の内海は世界樹へ通ずる道……とでも考えれば良い。死した者たちの魂が世界樹で洗われる事は知っているか?」
「それは聞いた事があります。死んだ魂は冥界へ赴き、その後地脈を通じて世界樹へ。そこで不要な部分が切り落とされ、と」
「それも一つの死の流れとして採用されている所もある。まぁ、違うとしても概ねどこで不要な感情が削ぎ落とされるか、という程度。最終的に世界樹で洗われ次の転生へ臨む事に違いはない」
瞬の言葉に冥界神が一つ頷いて、そこから更に先を口にする。そうして転生までの一連の流れを大雑把に説明した彼は、改めて星の内海について告げる。
「それで星の内海であるが、その地脈が収束する場所……とでも考えよ。星の中心ではそういった場所があるのだ」
「は、はぁ……」
「分からずとも良い。そういう場所があるのだとだけ知っていれば良い。人界の者たちとてそういう場がある事を知らぬ者も多いのでな……まぁ、冥界に縁が深いのであれば知っておかねばならぬ事にはなろう」
「き、気を付けます……」
おそらくこれは知らなかったのだろうな。冥界神は瞬の様子からそれを察していたらしい。どこか柔和な表情で瞬にこれは冥界と関わる上での常識になる事を告げておく。というわけで頬を赤らめる瞬であったが、気を取り直して問いかけた。
「それで今回の一件ではその星の内海への道が消えた? という事ですか?」
「うむ……いや、正確には全て消えたのではなく一部が消えたという所だ。なので冥界の運行そのものに問題はなかったが……」
「もし魂が巻き込まれていたら、最悪の事態ですね……」
「うむ……消されてしまえば魂は転生も何も出来まい。世界とて魂は希少だ。これが消えた事でどの様な影響が起きるか……考えたくもない」
かつて原初の世界において原初のカイト達罪人とされた者たちの魂でさえ世界達が再利用を決めたのは、一つには稀有な経験をした魂達だからであるが、同時に魂を構成する素材がこの世界を創り出した者たちからしても希少な素材である事もある。
故に魂の抹消が起きない様に世界側も数々の防止策を講じているのであるが、今回の事象ではその防止策が刻まれた世界の情報そのものが抹消しているという。それが働かない可能性があったのだ。というわけでカイトと二人して深い溜息を吐いた冥界神であるが、気を取り直して問いかける。
「ふむ……再度になるが、やはり外でも同じ様に情報の抹消が起きているというのだな?」
「はい……我らもまだ目にはしておりませんが。『黒き森』の大神官様はそれが起きていると」
「そうか……となるとやはり、冥界に起きている事象もそちらで起きている事象と無関係ではなさそうだ」
頃合いからみて、おそらくこの世界全体に起きている異変で良いのだろう。冥界神は生じている事象が事象そのものとして考えると別だが、引き起こしている原因そのものは同じ原因であると判断したらしい。というわけで、このままの放置は悪手と判断。モルテへと告げた。
「モルテ。貴様は人界へ向かい、この事態において生ずるであろう死者の魂の混乱を収めよ」
「え゛」
「わかっている。追って人員は人界に向かわせる。貴様はダチュラ、勇者カイトとの連絡役を務めよ。また必要に応じて勇者カイトに協力し、事態の収拾にあたれ」
「それでしたら承ります」
盛大にしかめっ面をしたモルテであったが、別に仕事がしたくないというわけではなかったらしい。単に自分が対応せねばならない広さと事の規模に対して自分ひとりでは到底対応がしきれないと思っていただけであった。
そしてそれは冥界神も理解しており、冥界側の人員の選定やらが終わるまでの場繋ぎとその後はカイト達との調整役を務めてくれというわけであった。
「うむ。人界であれば貴様が一番馴染んでいる。まぁ、馴染んでいるであればもう一人二人適任はいるが……」
「あははは……まぁ、あの子らはねぇ」
「はぁ……まぁ、最近の若者はと言うつもりはないが。サボるのはほどほどにしろ」
「承知いたしました」
冥界神のお小言に、モルテが笑いながらも受け入れる。そうして更に暫くの間情報共有が行われ、カイト達は冥界との協力を取り付ける事に成功するのだった。
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