第3278話 はるかな過去編 ――冥界神――
セレスティアの故国レジディア王国にて後に伝説的な英雄王として名を残すレックス・レジディア。そんな彼の婚礼の儀に参加するべくレジディア王国を訪れた瞬達であったが、彼らは本来の目的である後に八英傑と呼ばれる八人の英雄と呼ばれる事となるカイトやレックスの幼馴染達との会合を果たす事となる。
そうしてその一人であるフラウから自分達の武器の強化や修繕について助言を貰う事になると、瞬は自身の武器の強化。ソラは力を失った<<偉大なる太陽>>の賦活を目的として神界と冥界に分かれてそれぞれ素材の収集を行う事になる。
というわけで冥界に赴いた瞬であったが、そこで冥界神の招きを受けて冥界の最奥。冥界神の神殿へと移動していた。
「っ……」
冥界神のお膝元へと移動した瞬が見たものは、青白い炎で照らされた大きな神殿だ。それは例えばギリシアのパルテノン神殿の様な荘厳さがあるが、この暗闇の中では畏怖にも等しい威容を放っていた。そんな神殿に気圧される瞬であるが、モルテは見慣れたものなのか何も気にした様子がなかった。
「はぁ……さ、こっちだ。ウチの上司がまだかまだかって待ってるからねぇ。ああ、そうだ。その青白い炎だけど、あのランタンと一緒で耐性の無い奴が触れると骨も残らないから気を付けるようにね」
「「え?」」
「ありゃ。聞いてなかったのかい。その炎は本来、さっき話した死にそびれた奴の肉体を燃やし尽くすためにあるもんさね……時々肉体の断片を連れてきちまう死者ってのが居るもんでねぇ。それでこの冥界で光源として使えるってわけさね」
「「な、なるほど……」」
リィルと瞬の二人は青白い炎が思った以上の危険物だった事とその原理などを聞いて、僅かに青白い炎を宿す松明から離れる。というわけで離れたリィルが、セレスティアへと問いかけた。
「……セレス。もしかして知っていました……?」
「え? あ、はい……申し訳ありません。普通は生で触れる事がないですし……あのランタンも開かない様になっていたでしょう? 開けた時点で中の炎は消えてしまいますので問題はないですし」
「そ、そうですか……」
どうやらセレスティアは知った上で、特に聞かれてもいないからと語っていなかっただけらしい。彼女だけは驚きもしていなかった。
「はいはい。そいつはどうでも良いから。さぁ、行くよ……はいはい、おつかれさーん」
「「……」」
モルテの陽気な言葉を受けて、ぶすっとした様子の門番達が無言で巨大な石の大扉を開く。すると中は真っ暗闇だった。
「「っ……」」
これは少し怖いと言っても許されるかもしれない。瞬もリィルも何も冥界について知らないからこそ、冥界の最深部とも言える冥界神の神殿の中の暗闇に恐れ慄く。数多の戦地を経ても、この暗闇は怖かった。と、そうして生唾を飲んだ二人に反応するかの様に、暗闇の中に青白い光が生ずる。
「「「っ!」」」
入り口から段々と灯っていく松明が照らし出したのは、灰色の長髪の病的なまでに白い肌の若い男性だ。青白い炎に照らされた薄暗い空間の中で浮かび上がるその姿は正しく冥界神そのもので、彼は闇よりも更に深い漆黒の鎧を身に纏い玉座とでも言うべき石の椅子に腰掛けていた。その表情は固く、まるで閻魔大王の様に死者を裁く者という印象があった。が、そんな彼にモルテが大きなため息を吐く。
「はぁ……ちょっと冥界神様ー。青は使っちゃだめって言われてるじゃないですか」
「……だめか?」
「だめですよー。ドン引きしちゃってるじゃないですか」
「……そうか。単なる演出の青なのだが」
あれ。思った以上に親しみやすい人かもしれない。一同はモルテの指摘を受けてしょんぼりとした様子を覗かせる冥界神らしき男性にそう思う。
その一方モルテの言葉を受けた冥界神が腰に帯びた長剣で床を軽く小突くと、それだけで青白い炎が赤い炎になって周囲を明るく照らし出す。そうして明るく照らし出されてみれば後は普通の神殿という具合で、一気に入りやすくなった。
「はいはい、入った入った。光溢れちゃうと外の死人達がこっちに引き寄せられちゃうんで」
「あ、はい、おっと」
ぐいぐいと押し込む様に中へと押し込むモルテに押し込まれ、一同が中へと入る。そうして一同が中に入ると同時に扉が固く閉じられ、外にこぼれていた光が完全に封じ込められる。
「まずはよく来た。勇者とその客人よ」
「冥界神様。ご無沙汰しております。鎧を着てます故、平伏出来ぬことお許しください」
「良い。堅苦しい事は不要だ」
跪いて頭を下げたカイトに対して、冥界神は柔和な表情で笑う。柔和な表情と言ってもかなり表情は乏しく、険しい顔の方が板についていると言っても良いかもしれなかった。というわけで軽く挨拶を交わした両者であったが、冥界神の方は瞬らを見て大きくため息を吐いた。
「それで……なるほど。おおよそは察するが」
「は……」
「そうか。そういう事もある、とは知っていたが。直に目にするのは初めてか」
「冥界神様、何なんですか、彼ら」
セレスティアがレジディア王国の王族である事は見抜けていても、モルテはそれ以上は見抜けていない。なのでそれ以上を見抜いた様子の冥界神に彼女が興味本位で問いかけた。
「ふむ……おおよそ考えられる点としては異界の者と未来の者であろうな。この地で生まれ育った者には誰であれ……それこそ貴様であれ神であれ、死が刻まれている。それは知るな?」
「そりゃ、私ら死神はそれを頼りにしてお仕事してますからね。死んだー、っていう信号が発せられてるのにこっちに来てない奴がいるぞー、って。で、その死んだー、って信号を頼りに死人を探して切り捨て御免、が私ら死神のお仕事。その例外中の例外は勇者くんだけ、ですからね」
「ああ……さて。それでそこのレジディアの姫には我が死の刻印が刻まれているわけであるが、他方その若き戦士二人には刻まれておらん。それどころか男の戦士の方には、この我をして知らぬ死の刻印が刻まれている。その刻印はこの世界のものではあるまいな」
「「え?」」
「いや、あんたも知らんの?」
「あ、いや……ええ……」
自身と同時に驚きの声を上げた瞬に、モルテが呆れた様な表情を浮かべる一方。瞬は本当に知らなかったからか驚いた様子ながらも恥ずかしげだった。というわけで、そんな彼の様子に冥界神が問いかけた。
「ふむ……しかしその刻印は間接的にせよ直接的にせよ死地……冥界に近しい者でなければ授けられるものだ。何か心当たりはないか?」
「いえ、全く……あ、いや……待てよ……? それはこの槍に刻まれている紋様に似た様子とかはありますか?」
「ふむ……これまた面白い槍だな……うむ。その槍に使われている紋様に似ている。おそらくその槍を拵えた者に近い流派という所であろう」
瞬の取り出した<<赤影の槍>>を見て、冥界神が一つ頷いた。これに瞬もなるほどと察したようだ。
「ああ、それならわかりました。自分の師匠にあたる人は冥界を司る方から直接教えを教えを受けています。その師匠の師匠ともお会いした事が」
「なるほど。冥界神の孫弟子か。であれば必然であろうな」
どうやら冥界神その人にも思い当たる節に近い所があったらしい。瞬の返答に納得を露わにする。ちなみに、瞬の推測だが正解ではあるが正確ではない。正確に言うと現在の彼は<<赤枝の戦士団>>の見習い扱いだ。故に彼もまた死ねば影の国に来るべきとされていたのであった。
「で、冥界神様。この新人くんが別世界は良いんですけど、未来から来た?」
「うむ……先も言ったが、若き戦士二人は我が刻印が無い。されど若き男の戦士には我が全く知らぬ死の刻印がある。この星の冥界神、死神の刻印は星との制約と盟約により、全て知っているはずの我が知らぬ死の刻印がな。となれば、別世界でしかあるまい」
「そりゃまぁ、良いんですけど。だからどうして未来に繋がるんです?」
「うむ……まぁ、貴様ら死神達は知らんだろうが、死の刻印には生を受けた日が刻まれている。これは死を定める上で必須なのだ」
「そうだったんですか?」
どうやら冥界神の語った内容は死神達は仕事に関係がないからと教えられていなかったらしい。死神として生まれて数百年にして初めて教えられた話にモルテが驚いた様子を見せる。
「うむ……いつ生まれたかなぞ、刈り取る上で必要はなかろう。が、『死の報せ』の誤作動を防ぐには必需だ」
「あー……時々ありますからねー、『死の報せ』の誤作動。行ってこいつ生きてんじゃーんってなった時の肩透かし感といったら……いや、別に斬りたいわけじゃないんでどうでも良いんですけど」
「そうだ……臨死体験というべきか。そういう状況になった際、それが正しく死に瀕したのか一瞬死に瀕しただけかはいつ生まれたか。種族はなにかなどで確認せねばならん」
「それで時々要調査になると年齢とかあったんですか」
「そういうことだ……そして数百年死神の仕事をして今まで一度も聞かなかったのはお前だけだぞ」
「うげっ……」
みんな仕事熱心過ぎませんかねぇ。冥界神の楽しげなお小言にモルテが顔を顰める。どうやら必要が無いので教えていなかっただけで、聞かれればそういう形だと教えてくれてはいるらしい。というわけで顔を顰めたモルテに、冥界神が薄く笑って溜飲を下げる。
「まぁ良い。貴様の職務怠慢は今に始まった事ではない……それによると、レジディアの姫の生まれは今より遥かに未来になっている。おそらく未来においてなにかが起きて、この時代に飛ばされているという事であろう。おそらく、大精霊様が動いていると見るが」
「ご明察です……そして今また、もう一つ大精霊様が動かねばならぬ事態が起きていると『黒き森』の大神官様が」
「やはり、か……詳しく話をしてくれ。こちらも情報を提供しよう」
カイトの言葉に、冥界神は地上でも同じく常ならざる事態が起きているのだと察する。そうして、両者の間で情報交換が行われる事になるのだった。
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