第3277話 はるかな過去編 ――冥界――
セレスティアの故国レジディア王国にて後に伝説的な英雄王として名を残すレックス・レジディア。そんな彼の婚礼の儀に参加するべくレジディア王国を訪れた瞬達であったが、彼らは本来の目的である後に八英傑と呼ばれる八人の英雄と呼ばれる事となるカイトやレックスの幼馴染達との会合を果たす事となる。
そうしてその一人であるフラウから自分達の武器の強化や修繕について助言を貰う事になると、瞬は自身の武器の強化。ソラは力を失った<<偉大なる太陽>>の賦活を目的として神界と冥界に分かれてそれぞれ素材の収集を行う事になる。
というわけでカイトに同行して冥界へと向かった瞬であったが、彼は冥界へ続く洞穴にてモルテという死神の遣いと会合。彼女に案内されて、洞穴の中を進んでいた。
「ん?」
「次はなんだ?」
「いや……さっきから足元がパキパキという音が鳴らなくなったと……ん? これは……」
「ああ、そうか。そろそろ冥界が近いな」
屈み込んだ瞬が見たのは、足元が先程までの骨を模した石ではなくかなり黒色に近い青黒い葉を持つ何かしらの小さな草だ。いつの間にか足元には『骨石』ではなく奇妙な草が生い茂っていたのである。
「青黒い草……か?」
「冥界特有の草だな……しかもそいつか。そっちの冥界にあるかはわからんが、そいつは強い効果を持つ回復薬の原料になる。強すぎて死ぬかもしれんがな」
「怖いな。『霊薬』やらよりも強いのか?」
「そこまではいかんよ……それにあっちには副作用もない。完璧な回復薬の一つだろう。こいつは身体の傷は癒せるが、麻薬としての成分が強すぎてそのままおっちんじまう事もある。本当にヤバい奴に限定して使うモノだな……しかも中毒性が高すぎて、別の用途にも使われちまう事もあるから厳重な管理が必要だ」
「……麻薬か」
「そ……不思議に思わなかったのか? なんで冥界に繋がって危険な地域にわざわざ許可も得ず冒険者達が入り込むのか、って」
「言われてみれば……」
ここまでの道中で瞬も確かに許可も得ず冒険者が勝手に入り込む事は聞いていた。それが何故かまでは聞いていなかったが、この薬草が目的だとすれば確かに理由としては筋が通っていた。
「そいつは収集の簡単さに反して、用途が幅広い。きちんとした用途で使う分には良い死者をも蘇らせると呼ばれるほどに強い回復薬になるから、求めないわけにもいかんくてなぁ……」
「許可された冒険者が採集してる感じか」
「そんな所だな……おい」
「はっ」
カイトの声を受けて、若い騎士が袋を片手に駆け寄ってくる。それを見て、瞬も意図を理解。草を根っこごと抜いて少し土を落として、若い騎士へと受け渡す。
「ありがとうございます」
「管理はしっかりな」
「はっ」
がしゃっ。カイトの言葉に若い騎士が敬礼で応ずる。そうして強い回復薬の原料を回収しながらも先に進み続け、ようやく開けた場と思しき所へと出てきた。
「……開けた場所……か?」
「流石に見えんか……一応は開けた場所だ」
「そうなのか」
ずっと先まで真っ暗闇。しかも特殊な光源がなければ少し先まで何も見えないのだ。一応『黒き森』で使ったランタンを使っているので周囲は見えるわけであるが、その見通せる範囲を遥かに超えた広さがありそうであった。そんなある意味真っ暗闇を見る瞬へと、モルテが問いかける。
「さて……ここが冥界だよ、新人くん。あ、新人くんじゃないっけ。なんて呼ぼう。なんて呼んで欲しい?」
「え? あー……まぁ、なんでも……」
「じゃあまぁ、新人君と新人ちゃんとお姫ちゃんで良いか」
「冥界……というにはなんというか普通といえば普通に見えますね。真っ暗闇である事以外は」
「これを普通と言えるのは君、中々に冒険してるねぇ……さて、まずは冥界第一の街へ向かうとしようかね」
「街があるんですか?」
「そりゃ、私らも生きてるんだから街はあるさね」
何を当たり前な。驚いた瞬の様子に、モルテがどこか不貞腐れた様子で肩を竦める。
「いや、神様とかそういうのなのかと……」
「神様だって街を持ってるわよ……神界は行った事ない?」
「ない……ですね」
「あらら……お仲間さんは冥界にも神界にも行った様子があったからてっきり行ってると思ったけれど。そういう事じゃないのか」
これは勘違いしていたか。モルテは瞬の言葉にそう理解する。というわけで彼女は先程の不貞腐れた様子からいつものお調子者の様子に戻ると、教えてくれた。
「私らも神様達も……いや、おんなじだけどもねぇ。結局あんたらと同じさ。ご飯は食べないと生きられないし、仕事もせにゃならんのよ。あんたらが社会を維持するために裏で誰かが頑張ってる様に、世界の維持をするためには誰かが後ろでやってくれてるってわけさ」
「当然過ぎて誰もが見落としているだけ……という事ですか」
「そういうことさ。ただまぁ、私らは世界側の存在だからなるべくそっちの世界には関わらない様にはしてるがね。まぁ、それもいつかは終わるんだろうねぇ……」
モルテは自分の様な存在が居る事然り。年若くして冥界へ足繁く通える様になったカイト然りでいつしか人と神の垣根はなくなるのだろうと漠然とした認識があったようだ。というわけで足を止めたモルテであったが、そんな所に再び声が響いてきた。
『モルテ。足を止めるな。早く案内しろ』
「おや……珍しいですねぇ。冥界の神が急かすなんて」
『色々とあるのだ……おそらく察しているかもしれんが。『黒き森』が俄に騒がしくなっていると聞く』
「そう言えばこの間甘味食べに行ったら何か騒がしかったですねぇ。森が騒いでるとかなんとか……まぁ、まだ気にしてない方も多いみたいですけども」
『……まぁ、良い。兎にも角にも情報共有をしたいのだ。知るなら良し。知らぬのなら探ってもらう必要がある』
おそらくすでに人界でも異変が出ていて、気付いている者が居るのだろう。冥界神は何かを察知しているらしい。
「はぁ……まぁ、勇者くん。そういうわけなんでウチの上司がお呼びだから予定変えて先に来てもらって良い? いや、勇者くんだけ……じゃないほうが良いか。流石に」
『勇者よ。何か知る事はあるか?』
「おそらく、と思しき事は一つ。おそらく彼らを連れて行くべきかと」
『承知した……冥道を開く。また貴君の配下の者たちにはいつも通りの作業を許可しよう』
「ありがたきお言葉」
冥界神の言葉に、カイトが一つ頭を下げる。そうして彼が頭を下げると同時に、闇よりも更に深い闇が盛り上がる。
「これは……」
「冥道……冥界神様の作る道さね。私らが仕事で人界へ赴く際にも使う事もあるけどね。今回は、ウチの上司の下へひとっ飛びって感じさ」
どうやらウチの上司は相当今の事態を重く見ているらしい。モルテは少しだけため息を吐きながら、くるくると大鎌を回して遊ぶ。
「さ、来てくんな。兎にも角にもウチの上司がしびれを切らす前にね」
「行くぞ……多分、例の件だとは思うが」
どうやら冥界神も重く見るぐらいの事態というわけではあるらしい。カイトは自身が関わらざるを得ない事態が想像以上に難儀な案件である事を改めて思い知らされ、こちらもため息混じりだった。というわけで、瞬らも冥道とやらへと進んでいくカイトやモルテに続いて冥界神の下へと向かうのだった。
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