第3276話 はるかな過去編 ――冥界への道――
セレスティアの故国レジディア王国にて、セレスティアのご先祖様にして後に伝説的な英雄王として名を残すレックス・レジディア。そんな彼の婚礼の儀に出席するべくレジディア王国へと渡航していた瞬達であったが、彼らは本来の目的であった八英傑の内レジディア王国やそこから繋がる土地に拠点を置く面々との会合を果たす事に成功する。
というわけでその後。その中の一人にしてカイト達の武器や防具を製作しているフラウの助言を受け、一同は神界と冥界に素材を集めに行くというカイト達に同行して瞬はカイトと共に冥界へ。ソラはレックスと共に神界へ赴く事になっていた。そうしてカイトと共にソラ達より一足先にシンフォニア王国へと戻っていた瞬達は帰って数日後には再び冥界へ向けて出発。冥界へ続くという洞穴の前でモルテという死神と出会う事となっていた。
「ま、こんな感じなわけよ」
「もう何度目かになるが、暗いな……『黒き森』よりも暗そうだ」
「暗いかそうでないかで言えば、あっちも同等に暗いね……ただまぁ、向こうは力場として魔物が蹴散らされるというか、魂も強制的に追い出されるというかなんだけどねぇ」
「追い出される……ですか?」
「そ……ま、力場としてそういうのがあるから私らとしちゃ楽な事この上ないけどねぇ」
どういうものかはさっぱりわからないが、『黒き森』にはそういう特殊な力場があるという事で良いのだろう。瞬はかんらかんらと楽しげに笑うモルテにそう思う。
「ああいう土地は楽で良い。追い出されてその弾き出される反動みたいなので飛ばされちまって、行き場がなくなった瞬間を冥界の力場が引き寄せりゃ良いからね。それが無理でも行き場をなくしてる状態をこいつでばっさり、ってやりゃ一丁上がり。楽な仕事さね」
「死神の仕事に楽とかそうじゃないとかあるんですか?」
「あるよ、そりゃ当然。お仕事なんだもの……面倒なのはやっぱり想いが強すぎて死体に戻っちまった奴さね。魂だけで実体化してくれりゃ、私らも手を出さないで済むんだけどねぇ」
「あー……ありゃ見るに堪えんもんなぁ……」
どうやらモルテの言葉には思い当たる節があったらしい。カイトが盛大に顔を顰めながら口を挟む。これに瞬が問いかけた。
「見た事あるのか?」
「あるよ……まぁ、ありゃもう殺してやった方が良い塩梅ってのもな」
「どんなのなんだ?」
「……聞きたいか?」
興味本位ではあるのだろうが、瞬としても本当にイメージが出来ないらしい。問いかけるカイトはそれを理解しながらも、思い出したくないという様な様子であった。とはいえ、そんな問いかけに答えてくれたのはモルテであった。
「そりゃ死体だ。当然虫は湧いてるから、本当に動く死体みたいなもんさね……当人が気付いている場合もあるし、気付いてない場合もある……湧いてる事に気付いてりゃ地獄だね、当然だけど。逆にそこで死んだ事に気付くやつも居るから、そこはそれなんだけども」
「……」
当人としては生きながらにして身体が腐っていく様を見せられている様なものなのだろう。瞬は想像を絶する苦痛を想像し、盛大に顔を顰める。とはいえ、そんな彼に対してモルテは慣れたものなのか笑っていた。
「ま、あんたらみたいな冒険者は楽で良いよ。死んだら死んだで死んじまったかー、って楽に捉えてる奴も多いし、死体に入り込んじまった奴も大半が死んでも何かを成し遂げようという未練を抱えてるやつだ。大抵その未練を片付けてやりゃ自分で止まるからねぇ」
そういうものなのか。瞬は今までに様々な死を看取ってきただろうモルテの言葉にそう思うばかりだ。そうしてそんな他愛もない話を繰り広げながら歩いていく一同であるが、話が途切れたふとした瞬間。瞬は自分の足元がパキパキと小気味よい音を立てている事に気が付いた。
「うん? うわぁ!?」
「どうした?」
「ほ、ほ、骨!?」
「「あー」」
そりゃ驚くわな。カイトとモルテは唐突にびっくりした様子の声を上げた瞬の言葉に、忘れてたかと楽しげな様子で笑う。というわけで、カイトが改めて教えてくれた。
「言っただろ、この洞穴は人の認識を利用したまぁ、有る種の罠だわな。それが仕掛けられてるって」
「実際にゃ骨じゃなくてあの世のイメージって形で骨みたいな石が出来上がってるってわけだけどねぇ……珍しい奴だとこの骨みたいな石……骨石って言うんだけど骨石を使って武器とか防具作る奴もいるらしいよ」
「そ、そう言えば言ってたな……にしても、これで武器や防具……?」
正気なのだろうか、その職人は。瞬は言われてみればそんな話もしていたなと思い出してバクバクと大音を上げる心臓を宥め再び歩き出すわけであるが、同時に理解はしつつも思った以上に骨らしい様子に踏みしめる足に若干気後れが生じていた。というわけでそんな彼に、カイトが告げる。
「この骨の一帯が終われば冥界だ。少しの間辛抱しろ」
「逆に冥界には無いのか」
「嫌だよ、私。骨に塗れた冥界なんて」
「いや、冥界らしくないですかね、その光景……」
どうにもこうにもこのモルテという死神は冥界に似つかわしくない。瞬は陰鬱な空気は嫌いと言わんばかりの彼女の様子にそう思う。そして実際そうだったらしい。
「やだよ、わたしゃ。ただでさえ真っ暗な空間に真っ暗で陰鬱な連中ばっかりなのに。これ以上陰鬱になっちまったらこっちまで気が滅入る」
「モルテ以外全員陰鬱な気がするがね」
「だから嫌なんだよ。上司も上司で暗いし陰湿だしさぁ」
「ありゃ陰湿とか暗いとかじゃなくて単に生真面目な方なだけだろ」
「だから嫌なんだよ。お小言が多くてさぁ」
それは多分貴方がいい加減だからではないでしょうか。瞬は口にはしなかったものの、今までの様子からさえそう察するに十分だったようだ。と、そんな所に。どこか目の据わった様子の声が響く。
『……ほう』
「げっ……お、お聞きになられてたんですか?」
『何分、陰湿なものでな。来客を出迎えるのが不真面目な部下となれば、監視の一つもしていよう』
「うげぇ……」
おそらくこの声の主こそがこの冥界を統括する冥界神というわけなのだろう。まぁ、それを前にしても平然とこうしていつもの様子を出せるあたり、モルテもなかなか肝が座っていた。その一方の冥界神も冥界神でモルテの言葉を借りて話せるあたり、茶目っ気も持ち合わせてはいる様子だった。
『それはさておき、勇者カイト。良く来た』
「冥界神様。ご無沙汰しております」
『うむ……稀な客人も居ると見える。詳しくは後で聞こう……そこの道案内が仕事をサボらぬ様に頼みたい』
「かしこまりました」
バレてるみたいだ。瞬は冥界神の言葉と不貞腐れた様子のモルテにそう思う。というわけで、一同は冥界神に見守られながら遂に冥界へとたどり着くのだった。
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