第3274話 はるかな過去編 ――冥界への道――
セレスティアの故国レジディア王国にて後の世界にて伝説的な英雄王として名を残す事し、そしてセレスティア自身の遠いご先祖様となるレックス・レジディア。その彼の婚礼の儀に参加するべくレジディア王国を訪れていた一同は、本来の目的であったレジディア王国を中心として活躍する八英傑の四人との会合を果たすと、その一人。優れた鍛冶師であるフラウからの助言を受け、カイト達シンフォニア王国組とレックス達レジディア王国組の二手に分かれて冥界と神界に赴く事になる。
というわけで、カイトと共に冥界に赴く事になった瞬はソラ達レジディア王国から神界に赴く面々より一足先にシンフォニア王国へ帰還。こちらも未来のカイトとの連携を主眼として冥界に赴く事になったセレスティアの助言を受けながら、冥界への旅路の準備を進めていた。そうしてシンフォニア王国に帰って数日。カイトらもこちらでの人員の整理や不在時の業務の処理などを終えると、休む間もなく冥界へ赴く旅路についていた。
「僻地……というわけじゃないんだな。冥界というのだから僻地にあるのかと思っていたんだが」
「まぁ……僻地……には少し遠いか。最寄りの宿場町からで二日程度だし。辺鄙は辺鄙ではあるがなぁ。冒険者やってりゃこの程度辺鄙とも思わんか」
「そうだな……この程度の山なら何度も登った」
一同が向かっている冥界であるが、距離としてはシンフォニア王国の王都から一ヶ月というような僻地も僻地という様な場所ではなかった。とはいえ、流石に草原の中の様に行きやすい場所に冥界への出入り口があるわけでもなく、深い山あいを抜けた先との事だった。
「まぁ、そうだろうな……魔物にしたって出てはいるが……」
「俺の出番はないんでな……」
「あははは」
今回瞬は同行という形で動いているわけであるが、では誰に同行しているかというと言うまでもなくカイトの率いる<<青の騎士団>>だ。そこの戦闘力は新入りと言われるこの時代のアルフォンスやルーファウスが瞬らと同等。それが何百人と居るわけである。瞬に出番が回ってくるわけがなかった。
というわけで現れた魔物を苦もなく両断していく騎士達を見て半ば苦笑する様に笑う瞬に、カイトも笑うわけであるがすぐに気を取り直して冥界の話に戻る。
「ま、そりゃウチもこの程度の魔物に負けちゃいられない……いられないんだが、この山の魔物はオレらだから難なく踏破出来るだけで実際には封鎖されている。さっき見てたと思うけどな」
「許可無く入れないんだったか?」
「流石にな」
一応、カイト達がこうして訪れているものだから王国側でも冥界の住人達と協力して道を作り、移動しやすくはしている。なので坂道が多い事を除けば移動が困難というわけではないのだが、どうしても道中魔物は出てしまっていた。
その魔物は瞬らでようやく倒せるぐらいの戦闘力はあり、並の冒険者では到底太刀打ち出来そうになかった。少なくともおやっさんら優れた冒険者でなければ、行って帰ってくる事なぞ出来ないだろう。というわけでこの山の入り口付近には基地が設けられており、出入りは制限されていた。
「そう言えばセレス。この道は未来でもあるのか?」
「ええ。冥界に向かう場合はこの道を使っています……まぁ、それでも年に何人かは勝手に入ろうとして事件が起きているのですが……」
「そりゃ今も未来も変わらない、か」
「あはは」
カイトのどこか呆れた様な言葉にセレスティアが笑う。まぁ、こうして舗装されたルートは舗装されているが故に閉鎖も容易なのであるが、実際この山全域を封鎖可能かと言われればそれは無理に等しい。
一応天馬や飛竜を駆る精兵達が山の全域を見張ってもいるらしいのだが、どうしても上空からだ。木々の裏などに隠れられると見つけられず、木々に隠れてこの山に入り込む冒険者は時々いるそうだ。が、やはりこの山を甘く見た者も多いらしく、年に数回は死傷者が出てしまっているとの事であった。
「確かにここは危険か……そうだ。カイト、あとどれぐらい掛かりそうだ?」
「うん? ああ、この道か……いや、この山の最奥というかこの山脈の中央だが、幸いな事に神界みたく頂上まで登らないといけないわけじゃなく、逆に麓の洞窟へ一直線だ。それに舗装もされているから半日もあれば着くと思うぞ」
「ということは……夕方ぐらいには冥界の入り口か」
「そんなもんだな、いつもなら」
瞬の問いかけに、カイトは常日頃の様子を語る。なお、流石に暗くなってしまうといくらカイト達でも山中の移動は厳しいため、先に言及されていた基地で一泊している。その後朝一番に山へ分け入り、今になっているのだった。というわけで、一同はそれから数時間掛けて途中昼休憩を挟みつつ、冥界へ向けて移動していくのだった。
さて一同が出入りを監視するシンフォニア王国軍の基地を発って半日。カイトの言った通り、夕方には冥界への入り口と思しき巨大な洞穴の前に到着していた。その洞穴は松明もなくかなり奥深い様子ですぐ先は真っ暗闇で、正しくおどろおどろしい感じというのが一番良く似合う言葉だった。それを見て内心で僅かな恐怖心を抱いた瞬が思わず口を開く。
「ここが……冥界への入り口か」
「ああ……地獄の一丁目へ続く道だ」
『ひひひ……地獄とは随分なご挨拶だねぇ』
「なんだ!?」
冗談めかしたカイトの言葉に応ずる様に、洞穴の闇の中から声が響く。それはしわがれているようでもあり、陰湿な気質があった。が、そんな声にカイトは盛大にため息を吐いた。
「似合わねぇぞ……てか、お前……声なんだよ、それ」
「あ゛ばばばば……い゛やぁ、ちょっと喉やっちまってねぇ」
カイトの言葉に闇の中から姿を現したのは、非常にスタイルの良い女性だ。その手には巨大な大鎌があったわけであるが、見た目や印象は死神や死神の遣いというよりも生命力に溢れた大学生生活を謳歌している女性という様なイメージさえあった。そんな彼女の声であるが、声だけが何か異質な様子があった。が、これにカイトは盛大にため息を吐いた。
「また酒か」
「あははは……ごめん。薬持ってない?」
「持ってきたよ。早々に使うと思ってなかったけど」
「わーい」
女性の言葉にカイトは盛大に呆れながら、ノワールの処方した薬箱の中から酒焼けした喉に効く薬を取り出す。というわけで小瓶に入れられたそれを女性が一気飲みする様子を見て、カイトは再び盛大にため息を吐いた。
「はぁ……とりあえず暫く黙ってろ。聞き苦しくてかなわん」
「……」
そうしまーす。酒に焼けた声を発していた女性は薬を飲むと、楽しげな顔で片手を挙げてカイトの指示に応ずる。
「こいつは……もう自己紹介は後で自分でしろ。とりあえず今回の道案内だ」
「……」
よっす。そんな感じで女性がカイトの言葉に応ずる。どうやらこれで一応、死神やそれに類する存在だったらしい。というわけで、瞬は冥界には全く似つかわしくない冥界の女性と出会う事になるのだった。
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