第3273話 はるかな過去編 ――冥界――
セレスティアの故国レジディア王国において、後に英雄王と呼ばれる事になるレックス・レジディア。そんな彼の婚礼の儀に参加するべくレジディア王国へと渡っていたソラや瞬達であったが、婚礼の儀も終わって一週間。遂に最後の八英傑にしてレックスの妻となったベルナデットとの会合を果たす事になる。
そんな会合の最中にふとした事から現れた時乃の言葉により紆余曲折を経る事になっていたものの、なんとか次への指針を見出す事に成功。これからに備えてレジディア王国に残留するソラ達とシンフォニア王国に戻る瞬達の二組に分かれて行動する事になったのであるが、シンフォニア王国を出て一週間。なんとか瞬達はシンフォニア王国に戻ってきていた。というわけで後片付けを急いで行うと、一同は今度は冥界に向けての支度に勤しむ事になっていた。
「なるほど……冥界と言うとおどろおどろしい感じはするが」
「実際には異空間……が正しい言い方になるでしょう。ただし通常の異空間とは異なり、冥界は特殊な力場が満ちているので純粋に異空間と言うのも誤りではあるのですが」
ここらはやはり王族にして巫女という特殊な立ち位置に居る者だからだろう。セレスティアは色々と世界の法則について、詳しく知っていたようだ。
そういう側面から言えば、今回の旅路で急遽彼女が冥界に向かうシンフォニア組側に組み込まれたのは瞬としては有り難かった。冥界に渡った事がないし、神界に対して冥界は想像も出来なかったからだ。
「特殊な力場?」
「ええ……魂の解体……と言うとかなり間違いを起こしやすい言い方ではあるのですが」
「か、解体?」
唐突に物騒な言葉が出てきたな。瞬はセレスティアから出された言葉に盛大に顔を顰めるのであるが、一方のセレスティア当人もそうなるだろうとは思っていた。何より間違いを起こしやすい、と言っているのだ。正しい表現ではなかったのだが、一面の真実を捉えてもいたらしい。
「解体は正確な言葉ではない……が、死神の遣い達の言葉です。ただ解体と言い表すのはしっくり来るとも」
「どういうことなんだ? イマイチ想像が出来ないんだが」
「ですね……これは私もはっきりとした所は見た事がないのでなんとも言えないのですが……死神の遣い達曰く、生前に魂に付着した余分を削ぎ落とす……という所だそうです」
「削ぎ落とす……大丈夫なのか?」
「余分、という事なので大丈夫なのでしょう。まぁ、言ってしまえば冥界という場そのものが有する力場により魂が解体され、余分な部分が削ぎ落とされ転生に必要な部分だけが残る……という様な形……と私は理解しています」
「なるほど……確かに解体と言う必要があるといえばあるか……」
これは仕方がなかったのかもしれないな。瞬はセレスティア自身も冥界で何が起きているのかをはっきりと理解していないからこその言葉だと理解する。
まぁ、冥界でどの様に死者の魂が転生するのかを知る者は冥界を司る神や死を司る神の関係者だけだ。そのどちらでもないセレスティアが分からずとも無理はなかった。というわけで大雑把な感覚としての理解は得られた、と判断したセレスティアは本題に戻る。
「それでその余分というのは俗に言う邪念……様々な未練だそうです。そしてそれはつまり」
「魔物の発生源になりやすい思念……それも特に破壊的な魔物になりやすい思念、というわけか」
「そういうことです。なので冥界の魔物は強くなりやすい。生々しい感情……特に悪意のある想念が滞留し易い場でもありますので」
「なるほどな……それで冥界に渡るのが凄い偉業としてどんな神話でも語られるのか……」
それはコーチも大英雄と言われるわけだ。瞬は自らの恩師たるクー・フーリンが冥界で修行をしていた事を思い出し、その強さの秘密の一端を理解した様な感覚を得る。
「そういうことですね。だからどの神話でも冥界神や死神はとてつもない力を持つ……そういった悪意ある思念、想念。そしてそれらをコアとして生じた強大な魔物を消し飛ばさねばならないからです」
「なるほど……彼女がルナリア文明最強の神であるのも納得といえば納得なわけか」
「そうですね」
瞬が思い出したのは、言うまでもなくシャルロットだ。彼女はルナリア文明の中で最強格の神だ。これは勿論主神の片割れという所もあるが、同時にその必要性があったからでもあったのである。
というわけでおおよその認識が共有出来た所で、改めてその冥界に渡る準備を行うわけであるが。そうなってくると問題なのはこの世界の冥界がどの様な場所なのかという所であった。
「それでこの世界の冥界はどういう場所なんだ? 冥界は世界によって……そして土地土地によって異なるんだろう?」
「はい……この理由は様々ですが……まぁ、今は横に置いておきましょう。本筋でもないですし。この世界の冥界は地下の暗闇に満ちた空間……という所でしょうか。基本は常闇の地となります」
「また常闇か……『黒き森』だのと多いな」
「多いですね」
少し辟易とした様子の瞬に対して、セレスティアは笑いながら同意する。まぁ、これについては単にめぐり合わせというだけなので、決してこちらの世界には常闇の地が多いというわけではないらしかった。とはいえ、それで気後れする瞬でもない。なので彼は気を取り直してすぐに支度に取り掛かる事にする。
「まぁ、とりあえず今は出来る支度をするしかないか……と言ってもカイト達がおおよそしてくれるそうだから、何かする必要があるかと言われればまた違うかもしれんが」
「そうではありますが……色々と回復薬やその他薬類などは自前で用意出来る限りは用意しておくべきかと」
「それはそうだな」
そうなると行くべきはあのショッピングモールに似たショップエリアか。瞬はセレスティアの言葉に対してそう考える。というわけで、それから数日に渡って一同は色々と回って冥界下りへの準備に勤しむ事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




