第3270話 はるかな過去編 ――亡国の姫――
セレスティアの故国レジディア王国においてはるかな昔に存在していたとされる伝説的な英雄王レックス・レジディア。過去に飛ばされた事によりそんな彼との出会いを果たす事になったソラ達であったが、そこをきっかけとしてこの時代のカイトやその幼馴染達との会合を果たす事になっていた。
そうして婚礼の儀も終わりおよそ一週間。ようやく婚礼の儀に伴う諸々も色々と一段落しつつあった事で、ようやくベルナデットとの謁見を行う事になっていた。というわけで一同はレックスが起居する王太子専用の建物に案内されていた。
「……なんっていうか……おしゃれですね」
「ありがとうございます」
またかなり変わった感想だ。お目付け役の女性はソラの感想――求められたのではなく純粋に口をついて出た――に少しだけ困惑しながらも感謝を口にする。案内された『水鏡』であるが、端的に言えばこちらもやはり水で満たされた建物という所だろう。そこかしこに水が満たされており、幻想的な空間というのが相応しい。
「へー……ここらも水張ってるんですか。冬とか寒さで凍ったりはしないんですか?」
「この建物の中は結界で気温は常に一定になっていますから、大丈夫です」
「へー……落ちたりは……しないようになってるんだろうなぁ……」
ソラが見るのは廊下の脇を流れる水路だ。なぜあるのか、と言われればさっぱりわからないのだが、とりあえずおしゃれではあった。そんな彼の言葉に、カイトが苦笑を浮かべる。
「落ちたりは……するよなぁ。あいつ何回か落ちてるし」
「落ちるの!? ガラスとか張った方が良くないか?」
「それあいつも良く言ってるな。なんでガラス張らねぇんだって」
どうやらカイト曰く、酔っ払ったレックスがよく足を落としてしまっているらしい。そしてその度、俺が王様になったらこの王城全部の水路をガラス張りにすると言っているとの事であった。
そうしてそんな笑い話を繰り広げながら進むこと暫く。どうやらこの建物は広さは相当だったらしい。かなりの距離を歩いて、水の天井に覆われた中庭へとたどり着いた。そこでは二人の姫と一人の王子が、優雅にお茶を飲んでいた。
「あら?」
「ふぅ……」
「よぉ、来たな……悪いな、道案内頼んで」
「しゃーないさ。オレ以外にここまで案内出来る様な奴は相当限られるし……後はお前がもっと従者連れればだが」
「俺について来れる従者ってのが限られちまうのがなぁ……人質にされても面倒くさいし」
カイトの言葉に、レックスが深くため息を吐く。そんな彼であったが、一同に説明した事がなかったと教えてくれた。
「ああ、悪い……この建物には本当は数十人居た事もあるんだ。でもまぁ、俺について来れる奴なんて早々居ないからな」
「「「……」」」
「……」
早々居ない中でレックスに秘書として従うこの女性は間違いなく実力を隠しているだけで相当な実力者でもあるのだろうな。一同の視線を注がれながらもまるで何も感じていないかの様なお目付け役の女性について一同はそう思う。と、そんな一同にレックスが慌てて首を振る。
「ああ、いや……とりあえず。ベル」
「ほえ?」
「ほえ、じゃなくて……この間から話してた奴ら」
「あぁ、商人様でしたか?」
「違う」
「……詩人様でしたっけ?」
「違う……」
なるほど。これは話が通じないのかもしれない。一同はおそらくベルナデットだと思われる一人の美姫の様子に呆気にとられる。彼女は容姿としてはヒメアと正反対の美女だろう。
ヒメアがどこか気の強さが滲んだ女性であるのなら、彼女にはおっとりとした、いうなれば深窓の令嬢や箱入り娘という言葉が似合う女性だった。
「未来から来たカイトの仲間」
「あぁー……私達の子供とマクダウェルの騎士」
「それ……覚えてる?」
「覚えてます覚えてます」
にこにこと笑いながら、ベルナデットは一同を見る。その目には一切の邪気はなく、正しく無垢な瞳という言葉が一番似合っていた。と、そんな中でもセレスティアは自身にその視線が注がれている事を理解する。そうしてセレスティアを一際長く見つめた彼女であったが、暫くして何かに満足した様子で口を開く。
「……大体わかりましたー」
「何が?」
「確かに大精霊様がご一緒みたいですねー」
「「「……え?」」」
なにそれ。全員が一様に発せられた言葉に首を傾げる。そうして、ベルナデットが教えてくれた。
「大精霊様の刻印が……あらー?」
「ど、どうした?」
「1つ2つ3つ……あらあらー?」
『くっ……かかかかか! 面白いのう! それでこそ、かもしれんが』
どうやら自分のマーキングに気付いたらしい。ソラ達に仕掛けていたマーキングで異変を察知した時乃が笑い声を上げる。とはいえ、笑ってばかりも居られない。
「「「っ」」」
『言うでないぞ、お主。まぁ、言えぬじゃろうが』
居る。居るのだ。確かにここだが、ここではない遥か高位の次元に。一方的にしか干渉出来ない場所に。自分達では到底理解出来ぬ存在が。それを、一同は響く声に理解する。が、そんな声にベルナデットは平然としたものだった。
「あらー……ということは……なるほどですねー」
「……何が?」
「さぁ……私にもさっぱりですねー」
「何が!?」
何かを理解しつつ、一方で同時に何かを理解出来ていない様子のベルナデットにレックスが思わずたたらを踏む。その一方、時乃はならばこそと要らぬ事を言われる前にと口止めをしておく。
『今ではない時に、そういう事が起きたということじゃ』
「なるほどー……となると……ふむふむ……」
「……つまり?」
「……さっぱりですねー」
暫く凄い真剣な表情で考え込んだ後、今までと同じのほほんとした表情に戻ったベルナデットにレックスもその他全員もたたらを踏む。
『ははははは! うむうむ。その有様、実に懐かしいようでもある。やれやれ……ま、さっぱりというお主の言葉は実に正しい。分からぬ、という返答が正しかろう』
「……とどのつまり、知るべきではない、と?」
『それで良い。何に気付いたのか……そういった物全てにの。暫く先の未来……ソラらが帰った後に知るべき時が来よう』
レックスの問いかけに対して、自身の存在は一切察せさせず時乃が笑う。と、そんな彼女に対してベルナデットは更におおよそを見抜いていた。
「ですがー……なるほどー。そちらにいらっしゃいますー?」
『っ……そこまで見抜くか。流石、主様をしてあれが一番ヤバい、と言わしめる女じゃのう。おるよ』
「なるほどー……ふむ。カイト様が仰られていた水の大精霊様のお言葉は……なるほどー」
「え? 何? それわかったの!?」
「はいー……なるほどですねー。ですが、そうですかー……それほどの事態がー……」
どこか鎮痛な面持ちで、ベルナデットは未来に起こるという難局に思い馳せる。というわけで、理解したらしい彼女に今度はカイトが問いかける。
「……何が起きるんだ?」
「そこまではわかりませんけども……なるほどですねー」
「え、あ、私……ですか?」
「んー……そうなりますねー。そうですかー……ならば私も出ねばなりませんねー」
「……ん、私も?」
呑気な様子ながらもおそらく彼女の頭の中では相当の速度で思考が張り巡らされているのだろう。ヒメアはベルナデットへと問いかける。これに、ベルナデットは頷いた。
「ですねー……ヒメアに私に……ああ、後はカイト様もレックス様も皆で出ねばなりませんねー」
「「「……」」」
先程の話し合いが何かはさっぱりであるが、少なくとも自分達が関わらなければならない事が起きるらしい。一同はベルナデットの言葉にそれを理解し、僅かに気を引き締める。こうして、八英傑最後の一人にして不思議なお姫様との会合がスタートするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




