第3269話 はるかな過去編 ――水鏡――
セレスティアの故国レジディア王国においてはるかな昔に存在していたとされる伝説的な英雄王レックス・レジディア。過去に飛ばされた事によりそんな彼との出会いを果たす事になったソラ達であったが、そこをきっかけとしてこの時代のカイトやその幼馴染達との会合を果たす事になっていた。
そうして会合を繰り返すこと幾日。一同はレックスの婚礼の儀に出席するべくレジディア王国を訪れていたわけであるが、婚礼の儀も終わりおよそ一週間が経過しようとしていたわけであるが、その結果。婚礼の儀に関わる諸々も終わりを告げ、ようやくレジディア王国側も色々と一段落しつつあった事でようやくベルナデットとの謁見を行う事になっていた。
「そう言えば今になって疑問になったんだけど……カイト、一個良い?」
「何だ?」
「レックスさんって普段どこで生活してるんだ? 大奥というかまぁ、そんなのじゃないだろうし」
「大奥?」
「あ、ごめん……えっと……王様の生活空間? とかそんなの。大奥は王様限定だけど」
「ああ、なるほど。ウチで言う所の四方の棟みたいな感じか」
「あ、それだ」
カイトの理解に、ソラが我が意を得たりという顔で頷いた。基本このレジディア王城の中でも比較的自由に動けている様に見えるソラ達であるが、実際に動いて良いと許可されているのはこの客人達が宿泊する建物と中庭、本丸の一部エリア――例えば一般開放されている図書室など――に限定されている。
レックスが常日頃居住している空間には行った事はないし、なんだったらカイトやヒメア達が起居しているエリアにもカイトの案内か招き無しに立ち入れた事はなかった。そしてこれは当然と一同考えており、どこに彼らが居るかなども聞いていなかったのだ。
「あいつが居るのはこれから行く『水鏡』という建物だな……正式にはなんだったっけな……悪い、ど忘れしちまった。まぁ、所謂姫様に専用であてがわれたエリアみたいなもんだ。あいつとその専属の従者達が住む空間だな」
「へー……『水鏡』ってぐらいなんだから水が多いんだろうな」
「ああ……ああ、そうだ。一応これは知っておいて損はないって話だけど、本来なら結婚した王族は王城を出て婚礼の儀と共に与えられた領地に赴任する事になる」
「ってことはレックスさんも?」
「本来なら、って言っただろ? あいつは違う」
レックスほどの武勲を立てている王子だ。領地の一つや二つ持っていても不思議はないだろう。そう思ったソラの問いかけに対して、カイトは首を振る。が、彼の考えが間違いであるわけではなかった。
「王太子のみ限定で王城にそのまま住む事になっている。レイマール陛下……とどのつまり当代の王様とは一番離れた場所に住む事になるんだが」
「そうなのか……王太子だから?」
「そ……王太子。世継ぎだから。そいつに与えられる領土は謂わばこのレジディア王国全てだ。まー、それでも十代半ばで『水鏡』に住んだのは歴史上あいつぐらいなもんらしいんだけど」
「実際に、歴史上レックス様だけですよ。実際には一度自身の領地に出て、そこに戻られた方も多いですし。使われていなかった期間も多いと聞いています」
「だよねー」
自身の視線を受けたセレスティアの相槌に、カイトが楽しげに笑う。彼の場合はあまりに才覚が他の王族ともかけ離れすぎており、更にカイトと共に各地を放浪した事により各国の有力者達や世界の裏に潜む幻獣などの超重要人物との繋がりも多すぎて、彼以外の王太子は逆に揉めると歴史上最速で王太子と扱われる事になったらしい。というわけで楽しげに笑うカイトであったが、気を取り直して話を総括する。
「ま、そんな感じであいつが居るのは『水鏡』って建物で、この王城で二番目に警備が厳重なエリアだ。一番は勿論、レイマール陛下のエリアだけどな……いや、まぁ、百人の衛兵よりあいつ一人が居る方が厳重に決まってるだろと言われりゃそれはそうなんだけど」
「あははは」
それはそうとしか言えないだろう。ソラもカイトの冗談めいた言葉に笑う。というわけでそんな話をしながら歩き続けること数十分。何度か衛兵達の制止を受けそうになりながらも引率しているのがカイトと見て特に止められる事もなく、周囲に水が満ち溢れた一角までたどり着く。そうして見えた光景に、瞬が思わず口を開く。
「あれは水の中に……家か?」
「あれが『水鏡』。確かこの湖が水の鏡かの如くに見えるから『水鏡』だとかなんとか。いや、良く考えりゃオレに聞かずセレスに聞いてくれ」
「なるほど……ああ、いや、説明は良い。流石にここで立ち止まるのもだしな」
確かに日本語で言う所の鏡花水月の水月も感じられるほどに見事な水面だ。瞬は周囲が水で満ちて一本だけ綺麗に磨かれた石畳の道で繋がる建物を見て感心する。というわけでカイトの促しを受け口を開こうとしたセレスティアを制止した瞬は、しかしと少しだけ苦笑する。
「しかしそれにしても……この石の道を通りたくはないな」
「なんで?」
「いや……ここまで磨かれているとその……流石にな?」
水の鏡と言い表される中に一本だけある石畳の道だが、大理石なのかまるで鏡の如く磨かれている。そこには一切の足跡はなく、おそらく自分達が来るからと水面に小舟でも浮かべて渡らない様に掃除されたのだと思われた。
というわけで流石の瞬もこの上に足を乗せるのは、と流石に気後れしてしまったのである。そしてそれはセレスティアとイミナ――当然裏を知っているから――以外は全員が気後れしてしまうわけであるが、そこに声が響いた。
「あー……それ、気にしなくて良いぞー! 事情は後で説明するから、とりあえず来いよ!」
「そうだな……ほら、行くぞ。ちょっと警備上の理由もあってここじゃ話しにくいから、とりあえず『水鏡』に行くぞ」
「?」
「大丈夫ですよ。カイト様の言う通り、問題はありません。そして警備上の理由で話せないのも間違いありませんから」
とりあえず一切遠慮なく上を歩いて良いらしい。瞬達はカイトに続いて自らもと歩いていくセレスティアとイミナの主従の背を見て、そう理解する。実際セレスティアやカイトが通った後には心が痛む様な足跡がくっきりと残っていたが、上を歩く三人は全く気にしていなかった。
「……行くか」
「……うっす」
掃除の人たち、ごめんなさい。そんな様子でおっかなびっくりという塩梅で、男二人は意を決して足を踏み出す。なるべく汚さないようにと三人が踏んだ上を踏もうとしているあたり、ある意味では小心者なのかもしれなかった。というわけで後に瞬らも続いて進み続けて、数分。磨かれた石畳を通り抜けて一同は『水鏡』と呼ばれる水で覆われたガラスの建物にたどり着く。
「これは……湖の外からだとわからなかったが、外壁が全部水で覆われていたのか」
「そ。内部を見えなくすると共に、この王城で展開される水の結界の小規模版だな」
「なるほど……」
単に水で外壁が満たされているのではなく、常に結界で覆われている様なものなのか。瞬は『水鏡』の外壁に深く感心する。警備の厳重さであれば、確かにこのレジディア王城の中でも有数かもしれなかった。というわけでたどり着いた『水鏡』の扉が開かれる。
「マクダウェル卿、お客人……お待ちしておりました」
「はい……そう言えば久しぶりですね」
「そういえば……そうでしたか。っと、あまり長話をしますと殿下が出てきてしまいますので、とりあえずは中へ」
一同を出迎えたのは、先にレックスと共に『王家の谷』へ同行した元教育係。現政務の秘書の女性だ。そうして一同はレックスとベルナデットの待つ『水鏡』へと招き入れられ、続いて中の案内をされる事となるのだった。
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