第3259話 はるかな過去編 ――古き者達――
『方舟の地』と呼ばれる地に起きた異変を解決してたどり着いた王都レジディア。そこではレックスの婚礼の儀に向け忙しなく準備が行われている所であった。
そんな中でレックスの客人として丁重にもてなされる事になったソラ達一同であったが、そんな彼らはのちに八英傑と呼ばれる事になる若き英雄達や、冒険者にして騎士にも叙任されているという稀有な肩書を持つ王都レジディアの冒険者支部の支部長など、様々な英傑達との出会いを重ねていた。
そうしてそんな日々を過ごし幾日。遂に始まったレックスの婚礼の儀であったが、概ね一同の感想としては凄いものではあったが何が行われているかさっぱりという所であった。
というわけでその一日目を終えた後。カイトは幻獣達の無茶振りにあい体力・気力共に限界を迎えていたため、早朝からスイレリアの治療を受ける事になっていた。
「ほんっとーに、申し訳ありません……」
「良いですよ。彼にも言いましたが、こうしてマクダウェルの騎士を治療していると過日を思い出しますから」
「そう言って頂ければ何よりです……ほんっとにもうっ……」
平身低頭という塩梅でスイレリアに頭を下げるのは、カイトの主人のヒメアだ。彼女は朝になってもカイトが帰ってこないものだから契約を頼りに居場所を探り、早朝からスイレリアの治療を受けている事を察知。大慌てで駆けつけたのであった。
まぁ、何故カイトが彼女でなくスイレリアの治療を受けていたのかというと、言うまでもなく彼女はまだ寝ている時間だったからだ。そして彼女には彼女の仕事があるわけで、そこに不足を出すようでは騎士足り得ない。というわけで本当はここで聖獣により休眠状態に陥ろうと思ったわけであるが、そこにスイレリアが居て過日を懐かしんだ彼女が申し出たのが、先程までの流れであった。
「そうは言うてやるな、シンフォニアの姫子よ。いや、姫子と言う年齢でもないが。たまさか幻獣達が集まったが故、少々羽目を外してしもうても仕方があるまい。そして羽目を外した幻獣達を御しきれるのは間違いなくこやつしかおるまい。お主の騎士の度量の高さが現れたと言えよう」
「……」
「……」
駄目ですか。そうですか。聖獣はヒメアに睨まれ、自分の道理は通用しないと理解する。まぁ、格好良く道理を説いた彼女であるが、言うまでもなく飲ませた集団の一人には彼女がいる。それどころか全てのきっかけは彼女とさえ言えるだろう。
それがまるで他人事の様に言っているのだから、睨まれても当然であった。というわけで暫くの睨み合いの後。聖獣が先に音を上げた。
「……すまん。調子に乗った事は否定せん」
「はぁ……まぁ、構いません。貴方様は我が同盟国レジディアの聖獣にして、世界を守護せし聖なる獣の一体。幻獣達以上に羽目を外す機会なぞ無いのでしょう」
「そう言ってくれれば妾としてもとても嬉しい……そうじゃなぁ……思えばこうして幻獣達と飲み交わすのも何時以来じゃったか。王龍なぞお主らが開祖マクダウェルと呼ぶ者でさえ動かせぬほどの出不精じゃったからのう」
ふと言われてみて、聖獣は自分が自分の思う以上に羽目を外していたと気付いたようだ。というわけで珍しく彼女は自らの非を認め、頭を下げた。
「……うむ。すまん。無茶させたわ」
「……はぁ。まぁ、その無茶に付き合ったのもこの大馬鹿ですので。お気になさらないでください」
「すまんな」
仮にも一国で聖獣と崇め奉られる相手に頭を下げられたのだ。ヒメアとしてもここが落とし所という所であった。というわけでこれにてこの話はおしまい、とヒメアはクリスタルの中でまるで眠る様に目を閉ざしていたカイトへと問いかける。
「……で? あんたの方はどうなの?」
『……もうちょい寝てたい』
「はい終わり」
「んぎゃ……あいたたた……せめて解くなら解くって言ってからにしてくれ……」
カイトが何をされていたかというと、単純に言えば未来の彼が時折している時間を加速してその中で睡眠を取っていたというだけだ。ならこの地下祭壇でなくても良いのでは、と思うのだがなるべく身体に負担なくとするとどうしてもこういった祭壇を利用するのがベストらしかった。
逆に急速に回復させる事を考えないのであれば、先のカイトの様に半月やそこらを掛けてゆっくり回復――無論それでもかなり早いが――させるのがベストだった。というわけでスイレリアとヒメアの作った結界の中で一時間程度で一昼夜に匹敵する休息を得ていたらしく、出てきたカイトはいつも通りだった。
「スイレリアさん。ありがとうございました」
「構いません。さっきも言いましたが、過日の彼を見ているようで楽しかったですよ」
「あはは……欲を言えば、もう少しお話を聞いてみたかった」
「次にまた時間のある時にでも」
やはりカイトとしても開祖マクダウェルを直に見た相手の語る開祖マクダウェルという人物に興味がないわけがなかった。というわけで寝物語の様に聞かされた物語は精神を回復させるに十分だったようで、その面でも満足そうだった。
「で、姫様も悪い。影響出したくはなかったんでな」
「わかってる。しょうがないでしょう」
「そう言ってくれれば助かる」
やはりいくら周囲は仕方がないと認めてくれるとはいえ、カイトとしてみれば親友の披露宴があるのだ。そこに体調不良の様子は見せたくなかった事が大きかったようだ。かといって中途半端に応対すると幻獣達が拗ねる事も見えている。仕方がないといえば、仕方がなかった。というわけでカイトの謝罪を受け入れたヒメアが今度はセレスティアに問いかけた。
「で、セレス。何か掴めた?」
「面白い、というかなんというか……という所でしょうか。さりとてカイト様以外に使えるかと言うと微妙に疑問が残る所でもありますが。使えてレックス様……ぐらいやもしれません」
「そこは確かにそう、という所はあるわね」
セレスティアの指摘をヒメアもまた認めて頷いた。大慌てで地下祭壇に来たヒメアであったが、そんな彼女はただスイレリアと聖獣の話し相手になっていたセレスティアに丁度よいと治療系の魔術を教えていたのである。
「ただ応用は出来て、『夢幻鉱』の共鳴を引き起こす事でかなり強固な次元・空間の断絶を引き起こせる。そして断絶を引き起こせばかなり強力な時間制御が出来るの。それに加えて治療までさせるとなると、受ける側にもそれ相応のベースが求められるわけだけど……ここまで急速回復を考えなければ十分に実用に足りるはずよ」
「なるほど……確かにあのレベルまでとなると、というだけで例えば一両日にしても良いかもしれませんね……」
「そういうことね……まぁ、それに。この領域になると私ぐらいじゃないと出来ない所もあるでしょう」
こんこん。ヒメアは自身が常日頃使う杖で地面を軽く小突いて、カイトの治癒に使うクリスタルの様な何かを顕現させる。このクリスタルに見える何か、は先にヒメアが言った次元・空間の断絶された空間だ。というわけで再講釈を行おうとするヒメアに、聖獣が口を挟んだ。
「講釈は良いのじゃが、とりあえず戻らんで良いのか?」
「別にまだ披露宴までは時間があると思いますが……」
「お主、その格好で出るつもりか?」
「……え? あぁ!?」
聖獣の指摘に、ヒメアが自身の格好を見つめて顔を赤らめる。平常時の彼女の朝のルーチンは決まっている。まずカイトを呼び出してその無事と存在を確認。問題がなければそこから着替えなどの諸々となる。というわけで今日はその一歩目で躓いたわけで、その結果寝巻きから着替えもせず地下祭壇に来ていたのであった。
まぁ、幸いこの地下祭壇には本来滅多な事では誰も来ない。セレスティアがスイレリアが来ていた事に驚いたのもそれ故、という所がある。問題がないといえば問題はなかった。そして勿論、いくら治癒されたからと言ってもカイトもこのままで良いわけがない。というわけで、セレスティアを含めカイト達三人は大急ぎでそれぞれの部屋に戻っていく。
「ふふ。本当に懐かしいですね。あの子はエドナそっくり」
「そうじゃのう。二人共血も繋がらぬ、魂も別者じゃというのに。どうしてかあれらが慌てふためく姿を見ると過日を思い出す。特に未来からの来訪者が来てより、その印象は強まった様に思える」
「おそらくセレスティアが居るからでしょう」
「うん?」
「過日の彼女を思い出しませんか? おしとやかだけどどこかお転婆。穏やかかと思えば、芯の強さも垣間見える」
「ああ、なるほど……確かにそれはそうじゃのう。そうか。思えば妾がレックスよりあれに目を掛けておるのは……」
もしかすると過日に旅をした彼らと同じ匂いがするからなのかもしれない。聖獣は自身の主人の子孫たるレックスよりカイトに私的な無茶振りをする事の多さについて、自分でそう分析する。そしてそう分析して、彼女は少しだけ苦笑の色を強める。
「ふぅむ、残念じゃのう……あれらが帰った後。再会までは数百の時を待たねばならんか。しかも出会っても更に数年はカイトもおらぬという。こうして楽しさを知ってしもうて、永き時をお預けされるとなると少しこう……もう少し存分に弄ってやりたい気がせんでもない」
「あまりやり過ぎは駄目ですよ? 未来でまた会えるのですから」
未来のカイトが帰ってくるつもりだ、というのはセレスティアから二人も聞いている。そしてこれについてはカイトもオレならなんだかんだ言いながらもそうするだろうと認めており、事実そうだ。なら、必ず彼は帰ってくる。これが答えだった。というわけで更に未来での再会に思い馳せ、聖獣はスイレリアの言葉に頷いた。
「そうじゃのう。楽しみは取っておくというのも良い……ま、それはそれとして今を楽しむ事にしよう」
「それはそれで良いかと」
「うむ……そう言えばふと思うたが、妾にお主まで加わって旅をするのは初めてか?」
「そうですね……先の旅路では私は連れて行ってくれませんでしたから」
「まだ言うか、小娘が……」
どうやら開祖マクダウェルの旅路の時にスイレリアは旅に連れて行ってくれなかった事を拗ねていたらしい。それを今になっても覚えている彼女に聖獣は心底呆れ返っていた。が、そんな彼女にスイレリアが笑う。
「何度でも言いますよ。そして言われたくなければ、今度は置いて行かないでくださいね」
「わかっておるわ。流石にお主抜きで今回の異変が解決するとは思わん。そしてお主も妾抜きで解決するとは思わんじゃろ」
まだ先代の大神官が居るのであれば話は変わるが、そもそもその先代の大神官を見付ける事さえスイレリアが必要なのだ。いくらソラ達とカイトが居るからといえ、大精霊の力を制御出来る彼女を抜きにして今回の異変の解決は不可能に近かった。
「勿論です……だからこれでも心待ちにしているのですよ?」
「そうか……ま、ならば小娘らしく心待ちにしすぎて当日熱を出すなぞせんようにな」
「そこまで子供じゃありませんよ」
「はいはい」
スイレリアは確かに大神官という大役を務められ、数百の時を生きているがハイ・エルフとして見れば実はかなりの若手だ。見た目がハイ・エルフにしては成熟しているのでそう思われないだけだ。
というわけで大神官という役目を離れれば、少女っぽい所が見え隠れしていたのであった。そうして、古き時を知る者たちは慌ただしく今を生きる者たちを見送って披露宴までの時間を潰すのだった。
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