第3258話 はるかな過去編 ――二日目・早朝――
『方舟の地』と呼ばれる地に起きた異変を解決してたどり着いた王都レジディア。そこではレックスの婚礼の儀に向け忙しなく準備が行われている所であった。
そんな中でレックスの客人として丁重にもてなされる事になったソラ達一同であったが、そんな彼らはのちに八英傑と呼ばれる事になる若き英雄達や、冒険者にして騎士にも叙任されているという稀有な肩書を持つ王都レジディアの冒険者支部の支部長など、様々な英傑達との出会いを重ねていた。
そうしてそんな日々を過ごし幾日。遂に始まったレックスの婚礼の儀であったが、概ね一同の感想としては凄いものではあったが何が行われているかさっぱりという所であった。
というわけでその一日目を終えた後。遠くでカイトが幻獣達に振り回される光景を見ながら、巻き込まれない様に息を潜める各地の招待客らと同じ様に眠りに落ちたわけであるが、翌日は朝からカイトがゲンナリとした様子だった。
「……」
「あ、あー……お前……もしかして……」
「……」
ソラの問いかけに、カイトは疲れ果てた様子で睨む。まぁ、この様子から察するまでもなく寝れているわけがなかった。
「気を付けておけよ。長く時を生きるヤツに朝とか昼とか夜とか関係ないぞ」
「だ、大丈夫か……?」
「大丈夫じゃねぇよ……だからこっち来たんだよ……あ、悪い。ありがとう」
「どういうこった?」
瞬の問いかけにゲンナリした様子で答えたカイトであるが、そんな彼がナナミから差し出された水を飲む姿を見ながらソラが問いかける。そんな彼の問いかけに、ソファに横になったカイトが口を開く。
「無理だろうと何だろうと出にゃならん……なら裏技をやるしかない」
「まぁ……そうだよな。どんな?」
「妾もすまんと思うておるよ。些か羽目を外し過ぎた」
「「「え?」」」
唐突に響いた女性の声に、ソラ達が困惑した様子を見せる。そんな声は丁度バルコニーの方から響いており、一同が見たバルコニーには聖獣――女性の姿――が立っていた。とはいえ、カイトの様子でセレスティアはおおよそを察していたようだ。
「やはりそういう事でしたか」
「なんじゃ、知っておったのか。いや、そりゃそうか」
「どういうことなんだ?」
「この部屋の秘密……という所でしょうか」
どうやらセレスティアが知っている事はこの王城の秘密の一つだったらしい。そしてそれ故彼女も不必要に語っていなかったのだ。というわけで彼女が立ち上がると、リビングに備え付けられていた本棚に近寄ってそこに隠されていたスイッチに触れる。すると、本棚が音もなく動いて後ろの通路を露わにした。
「「「……へ?」」」
「王城の地下に続く秘密通路の一つです。こういう通路は王城に幾つかありまして」
「いや、そりゃ……王城なんだからそりゃあるだろうけど……客間にもあるのか」
「王族しか使えませんけどね。スイッチが王族の魔力を感知して動く仕組みなので」
実はほんの一瞬かつセレスティアが背を向けていて誰も気付いていなかったが、彼女がスイッチに触れる瞬間に彼女の目が赤く輝いていた。というわけでレジディア王族としての力を解き放たない限り動かない仕掛けらしく、防犯対策としてもきちんと整えられていたそうだ。
「そういうことじゃな……ま、お主らなら良かろう。折角じゃ。ついて参れ」
「え? 大丈夫なんっすか?」
「構わん構わん。覗き見しておるヤツもおらんからの……ま、来ぬなら来ぬでも良い」
物珍しくはあるがどうせ行った所で何かあるわけでもないがの。聖獣はソラの問いかけに対して笑いながらそう告げる。というわけで隠し通路となると少し興味があったわけであるが流石に王族の秘密の通路に勝手に入るのは、と聖獣が来いと言う以上は逃げられないセレスティアのみが彼女に従う事になる。
「セレスはここ、入った事あるのか?」
「実を言うとありません。目的地には行った事がありますが……正規のルートでです。客間にある事を知っているのも、ここを兄さん達が使うからですし」
「兄さんというと……確かレックスの神器を使うというレクトールとか言うヤツか。なるほど、それでか」
「はい」
どうやら万が一この城が攻められた場合の逃げ道として教えられていたという事だろう。カイトはセレスティアが知っていた理由を理解し、同時に納得する。
そうして秘密の通路を進むこと暫く。三人がたどり着いたのは、地下にありながらも明るい空間だった。というわけで唐突に差し込んだまばゆい朝日に、セレスティアが僅かに顔を顰める。
「っ……たどり着きましたね」
「地下祭壇……大聖堂の地下。何しに来たんだ?」
「儀式の練習と魔力・体力の回復ですね……あら?」
「……?」
大聖堂の地下にあるという地下祭壇にたどり着いた一同であるが、その中央。祭壇に立っていた人物に気が付いた。そして同様に、向こうもまた気が付いたようだ。それは今回の婚礼の儀の最高責任者であるスイレリアであった。彼女が一人、最も日の当たる場所で佇んでいたのである。
「なんじゃ。お主、本当にここが好きじゃのう」
「聖獣殿……ここは懐かしい雰囲気がしますので。それはともかく。昨夜は随分お楽しみだった様子。本日の披露宴に問題は……」
「妾に問題は無い。が、少々これに押し付けすぎた……ざっと妾の倍は飲まされたか」
「みたいですね。本当に貴方は血も繋がらぬというのに」
何かが面白いらしく、スイレリアは疲れ果てた様子のカイトを見て楽しげに笑う。
「まぁ、良いでしょう。ここにこうして私が居るのも何かの縁。私が手ずから治して差し上げましょう」
「ありがとうございます」
「良いですよ。本当に貴方を見ていると過日の彼を思い出します」
祭壇に横たわるカイトに微笑みかけながら、スイレリアは世界樹の枝で作られた杖を取り出す。そうして周囲を満たしていた柔らかな光が収束し、カイトの周囲へと降り注いだ。
「……あの、スイレリア様」
「何か?」
「ここに良く来られているんですか? 滅多な事では『黒き森』を出られないと思っていたのですが」
「ああ、それですか……出ないわけではありませんよ。ですがそれでも、ここは変わらないので安心出来ます」
やはり数百数千の時を生きるハイ・エルフという所だろう。時として短命種と呼ばれる者たちの一生の短さについて行けなくなる事はあるらしかった。
無論これはスイレリアに限った話ではなく、多くの長く生きる者がそうらしかった。そんな中でこうして何百年経過しようと姿を変えない場所はある種の安心をもたらす様子だった。とはいえ、今の微笑みはそれとは少し違う気がする。そうセレスティアは思う。
「ふふ……もう随分と昔、こうして兄がここで開祖マクダウェルの治療をしたのも懐かしい。あの頃の彼と同じ様に、こうしてカイトの治療をしている……それが少し面白いのです」
「そうでしたか……え? 開祖マクダウェルが?」
「ええ……まぁ、今私がしているのは単なる酒の飲み過ぎと笑えるお話ではありますが……ふふ。実は彼もまた、何故かお酒を飲まされてグロッキーになっている事は少なくありませんでした」
「「え?」」
カイトとセレスティアの驚きが重なる。これに、聖獣が楽しげに笑った。
「くくく……偉大な開祖マクダウェルと呼ばれようと、一皮剥けば単なる人の子よ。何よりあれは無口ではあったが、同時にいじり甲斐もあったし子供っぽい所もあった。お主やレックスを妾らが弄って楽しむのも、もしやするとそこらがあるかもしれんなぁ」
「やめてくれよ……」
そんな繋がり感じたくもないぞ。懐かしげにどこか良い話の様に語る聖獣に、カイトが盛大にため息を吐いた。
「ふふ。大丈夫です。彼の方は貴方ほどお酒は強くありませんでした……どちらかというとあの愚兄が神官にあるまじき酒飲みだったぐらいで」
「き、聞きたくない様な聞きたくないような……」
もっと偉人らしい凄い思い出はないのだろうか。治療されながらであるが故に動く事も拒む事も出来ないカイトはそう思う。が、そんな彼の様子が更にスイレリアには過日の開祖マクダウェルを思い起こさせるものであったようだ。
「そうですね。折角ですから、前にお話した様にかつての彼のお話を少ししながらとしましょうか」
「せ、せめて良い話でお願いしゃっす……」
「どうしましょう?」
くすくすくす。カイトの言葉にスイレリアが少女の様な笑顔で笑う。そうして、それから暫くの間カイトが治療されながらスイレリアと聖獣にいじられるのをセレスティアは見守る事になるのだった。
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