第3255話 はるかな過去編 ――結婚式――
『方舟の地』での一件を終えてたどり着いていた王都レジディア。そこでは王太子にして後に八英傑と呼ばれる八人の英雄の中核的人物となるレックスの結婚式に向けて忙しなく準備が行われている最中であった。
そうしてレックスの客人として王都レジディアでの日々を過ごす事幾日。遂に結婚式当日になったのであるが、その日の早朝には一同揃って結婚式の支度に追われる事になり早朝から準備を行っていたわけであるが、それも終わりカイト達、ソラ達に分かれて結婚式に参列する事となっていた。というわけでレックス達が大聖堂に入り、大精霊への宣誓を開始したと同時。ソラ達は一旦はお役御免となっていた。
「……」
「何言ってるかわかんのか?」
「いや、まーったくわかんないっすね」
「あっははははは! そりゃそうか。何の言語かさえさっぱりだよな」
開始から一時間。流石に開始一時間ぐらいは居座った方が良いかと思っていた一同であるが、それも過ぎた頃には流石に飽きが見え始めていた。というわけでいつもの様子のソラの返答に、おやっさんが笑う。
一応、歌っているのだという事はわかる。わかるのだが、言葉の意味はさっぱりだし、何故歌っているのかもさっぱりだ。一同多分何か高位の存在に対して自分達の結婚を宣誓しているのだと思っているが、誰に対してなのかはわかっていなかった。
なお、そのために進行表があるわけだが、今どこをしているのか解説されるわけもなく、という所なのでまるっきりわかっていなかった。と、そんな所に。声が掛けられる。
「今は大精霊様への宣誓だ」
「「「え゛」」」
開始から一時間経っても、どうやらまだ第一の予定にあった大精霊への宣誓――開祖が契約者なので大精霊が最優先だった――だったらしい。寄せられた情報におやっさんを含めた一同が頬を引きつらせる。というわけで思わずソラの手にしていた進行表に視線を落としたおやっさんであったが、声の主が誰かに気付いてはたと顔を上げる。
「って、カイト。お前なんで……って、分身か」
「あはははは。悲しいかな、勇者様はお仕事が盛り沢山でして」
「まぁ……しょうがねぇか、お前さんはな」
なにせカイトと対になるレックスは婚礼の儀の主役だ。彼が抜ける事は出来ないし、分身で婚礼の儀が片手間になるのは言語道断だろう。というわけで何かをすぐに理解したおやっさんの言葉に首を傾げる瞬であったが、そんな彼もモニターの中を見てすぐになるほどと理解した。
「しょうがない? ああ、なるほど……確かに。四騎士も揃い揃って動けない、というわけか」
「そういうわけだ。だから外様だけどオレにお鉢が回る、ってわけ。オレはあくまで参列者だから途中で退席しても儀式そのものには影響しない。そして聖獣様のお気に入りだ」
「ん?」
カイトの視線が王城の外壁――ただし向こう側から大聖堂が見える所だが――を向いたのを見て、瞬もまた視線をそちらに向ける。するとそこには呑気にあくびをしている聖獣の姿があった。
『おぉ、お主ら。ようやっと気づきおったか』
「聖獣様……いつの間に?」
『最初からここにおったぞ。ここは良いのぉ……皆が見える』
わぁああああ。聖獣が城下町に視線を下ろすと、それに合わせたかの様に大歓声が響き渡る。その大きさは先程の婚礼の儀の開幕に負けないほどで、聖獣がそれほどまでに慕われているのだと察せられた。それに聖獣は心地よさげに、そして微笑ましげに目を細める。
『うむ。時は流れ人々は移ろい、されどここの有様は変わらぬ。あれが愛し、あれらが守った光景じゃ。実に良い』
自身が<<千里眼>>で何百年と見守り続けた光景を自らの眼で何百年かぶりに見て、聖獣は上機嫌だ。そして彼女が大聖堂ではなくここが良い――ここで良いではない――と言ったのは、レックスが命を懸けて守る物を彼女も見たかったからでもあった。
『……すまんな、カイト』
「……またぞろ変なモン持って来いとか言い出す気か? 確かにあんたの世話をしてくれ、って頼まれてるは頼まれてるんだが」
『そ、そんな妾変な事言ったか?』
「いや、結構多いぞ。城下町のミルクレープ食べたいとか……これ昨日の話だ」
『それは変なモンではあるまい! いや、食べたいは食べたいが……今日は東町のあんころ餅の気分じゃの』
おそらく人間形態であれば顔を真っ赤に染めていただろう。聖獣はこの後に及んで変な依頼が出される事を警戒するカイトの返答に僅かにだが声を荒げる。
まぁ、彼女の場合は脳内に直接言葉を語りかけているので城下町の住民にも婚礼の儀の参列者達にも何もバレていないのは幸いだっただろう。というわけで食べたい物を口にした聖獣であったが、大慌てで首を振る。
『いや、そうじゃのうてな! いや、あんころ餅が食いたい事は否定はせぬが! はぁ……兎にも角にも。今戦乱の世にありて妾が出来る事は少ない。この王都が攻められようと、何かの異変が起きようと、妾は何も出来ぬ事が多い。あの子が動けぬのなら、妾はお主に頼らざるを得ぬ。情けのない話じゃが』
カイトは言うまでもなく他国の騎士だ。自国の騎士達に命ずるではなくカイトの方を信頼してしまっている自分が居ること。そしてカイトなら聞き届けてくれるだろうとわかっている自分が居る事を聖獣は理解していたようだ。というわけで珍しい事に僅かな申し訳無さを滲ませる聖獣に、カイトが苦笑を滲ませる。
「ま、同盟国ですし。それに今回の様な異変じゃレジディアだシンフォニアだ『黒き森』だと言ってられんでしょ」
『そうじゃのう……かつてお主の家の開祖マクダウェルの時もそうじゃった。なんとかの国じゃ。なんとかの姫じゃ。なんとかの神官じゃと言っていられる状況ではなかった。此度も、そうなろうて』
カイトと話す聖獣の目が、先程までの穏やかなそれとは異なり険しくすっと細められる。彼女の目には、この世界に起きつつあるという異変の匂いが映っていた。
「ヤバそう、なのか?」
『ヤバそうじゃな。情報の抹消……今は小さいが、これが大きくなれば世界と世界を隔てる壁の消失にも繋がりかねん。謂わば世界の外壁に穴が空くようなものじゃ』
「そうなるとどうなるんだ?」
『わからん……世界の狭間にはこの世の法則が通用せん。故にわからんが、狭間につながれば碌な事にはなるまいて』
どうやら世界の情報の消失の中には、この世界を形作る要素の消失も含まれていたようだ。と、この話を聞いていた瞬がふと、思い出した。
「世界の狭間? それはまさか……狭間に住まう魔物の流入……とかもあり得るのですか?」
『む……お主、何か知っておるのか?』
「以前に一度だけ、その光景を見ました。あの時は意図的に世界に穴を空けて、だったそうですが」
『どこの馬鹿者じゃ、そんな事をしでかしたのは……』
瞬が思い出していたのはかつてエネフィアの教国で起きた一件だ。あの時は<<死魔将>>達が意図的に引き起こしたものであったが、それが起きつつあるという。それだけで彼らにはスイレリア達が何故ここまで険しい顔になったのかを察せられた。
『まぁ、良い。それは十分にあり得よう。ある意味戦闘という意味では、かつての開祖マクダウェルの頃より比較にならぬ厄介さになる可能性もあるじゃろう』
「開祖様より?」
『うむ……流石にそうなれば妾も手が出せるがの。まぁ、そういう程度でなければ妾も手出しが出来ぬ。故に申し訳ない、とな』
「ま、さっきも言った通り同盟国の騎士なんで……だが、狭間か……」
これは厄介そうだな。カイトは少ししっかり聞く必要があるかと考えたようだ。そうして、それから少しの間。カイトは瞬達からその当時の話をしっかりと聞き取り対策を考える事にするのだった。
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