第3252話 はるかな過去編 ――傑物達――
『方舟の地』での一件を終えてたどり着いていた王都レジディア。そこでは王太子にして後に八英傑と呼ばれる八人の英雄の中核的人物となるレックスの結婚式に向けて忙しなく準備が行われている最中であった。
そうしてレックスの客人として王都レジディアでの日々を過ごす事幾日。遂に結婚式当日になったのであるが、その日の早朝には一同揃って結婚式の支度に追われる事になり早朝から準備を行っていたわけであるが、それも終わりカイト達、ソラ達に分かれて結婚式に参列する事となっていた。というわけで、ソラ達は大聖堂の外に設けられた席に腰掛け婚礼の儀の開始を待っていた。
「「「……」」」
言うまでもない事であるが地球、もしくは日本で行われる結婚式とこの世界で行われる婚礼の儀は同一ではない。というよりそもそもの問題として俗に言う一神教が存在しない以上神に宣誓なぞ無いわけだし、そうである以上神父や司教が結婚式を執り行う事はない。
無論似た形として神官達が執り行う事に違いはないのであるが、流れは大きく異なるし様子も大きく異なる事にはなっていた。というわけで自分達が想像した結婚式とは違う婚礼の儀を見て、ソラ達は思わず言葉を失っていた。
『これ、むちゃくちゃ場違い感凄くないっすか?』
『あ、あぁ……もっと派手というか豪華というか……なんというかそんな大々的な物を想像していたんだが』
『実際豪華というか豪勢というかって様子もあるっちゃあるんでしょうけど』
ソラは王城の外で何十発も打ち上がる花火の音を聞きながら、瞬の言葉に念話で応ずる。なお、念話を介して話をしている理由は単純で、婚礼の儀の式場があまりに厳か過ぎて言葉を発するのも憚られたからだ。実際、結婚式というよりも神や大精霊を前にして結婚を誓う正しく儀式というのがふさわしい様子であった。と、そんな魔糸を介した念話を聞いていた――というより近かったので繋いだ――おやっさんが呆れたように教えてくれた。
『そりゃそうだろう……殿下はあれでも……って言うと変な感じだが、殿下は王族だ。いくらそこらの兄貴っぽく振る舞おうと王族は王族。それも王太子だ。その結婚式だ。俺ら市井の奴らの結婚式みたく飲めや歌えやの大騒ぎなんて出来るわけもない』
『ですよねー……ってか、大丈夫なんっすか?』
『何がだ?』
『いや……こんな場、冒険者って一番苦手っしょ』
エネフィアもそうだしこの世界もそうだが、基本的に冒険者は上に行こうと考えなければ腕っぷしだけで食べていける。なので教養も学力も不要な職業の一つ――あった方が良い事に間違いないが――と言え、こういった厳かな場は避ける者は少なくなかった。というわけでソラの指摘に、おやっさんが笑った。
『あっはははは。だから俺が居るんだろう』
『逃げるヤツ居るんっすね』
『一時的なら俺も認める。その気持ちは痛いほどわかるからな。お前らもそうしろ。フルで出席してたら身が保たん……いや、身体は大丈夫だが精神が保たん』
『良いんっすか?』
『おう』
驚いた様子のソラの言葉に、おやっさんが半ば笑いながら頷いた。なのでおやっさんもシンフォニア王国から連れてきた冒険者達にはせめてこことここだけには出ていろ、という具体的な形で指示を飛ばしている。
そしてこの場に呼ばれるような冒険者達は全員、その指示を聞いた方が良いと理解している者たちばかりだ。居心地の悪さは感じていても、最低限出ねばならない箇所にだけは絶対に集まるようにする事にしていた様子だった。そしてその最低限出ねばならない場の一つが、この開幕を告げるタイミングだった。
『けどまぁ、とりあえずはこの開始のタイミングだけは座ってろ。何かするわけでもないしな』
『うぃっす……にしても凄いっすね、この人の数……いや、人の数もそうっすけど多種多様っていうか』
『ありとあらゆる地方のお偉方かその使者が来てるからな』
ソラが少し視線を走らせれば、それだけで多種多様な民族衣装――無論どれもこれもその一族の正装――に身を包んだ様々な種族の参列者達が見つけられた。もしかするとソラ達のように一般的な燕尾服に似た黒服に身を包んでいる方が珍しいかもしれない。そんなぐらいには、多種多様な地方から参列者が来ている様子だった。というわけで興味深い様子で参列者を見る彼であったが、おやっさんが今度は瞬に告げる。
『瞬……お前さんならわかるかもな。水のモニターの中の右の連中。わかるか?』
『あの軍服に似た服の人たち……ですか?』
『ああ』
『……かなり出来ますね』
数瞬考えた瞬であったが、レジディア王国ともシンフォニア王国とも、それどころか七竜の同盟各国の軍服とも異なる華美ではないが質実剛健さが現れた軍服に身を包むおそらく軍人達を見て僅かに険しい顔を浮かべる。
その中でも最前列に座る壮年の男性に、瞬の視線が注がれる。その肌はまるで新雪の様に白いのに、明らかに軍人という威厳があった。それはまるで厳しい冬の寒さの様に鋭く研ぎ澄まされており、彼の周囲だけ明らかに格の違う厳かな空気が漂っているのが映像越しでも見て取れた。
『正解だ……あれは北の帝国の将軍だ。まさか<<厳冬将軍>>を出してくるとはな。流石にレジディア王国に出すとなりゃ、人材豊富の北の帝国もそのレベルを出すしかないか』
『有名な人なんですか?』
『北の帝国が誇る将軍の三大将……三人の大将軍の一人だ。<<厳冬将軍>>は帝国建国から続く名門の出で、将軍の娘のグラキエースはライムの嬢ちゃんと同格って噂だ。今回は……参列してないか? それともまだ来ていないか……』
『四騎士と?』
四騎士の強さがぶっ飛んでいるのは瞬も良く知っている。その四騎士と同格と言われる戦士だというのだ。驚くのも無理はなかった。
『ああ……まぁ、お前さんらが北の帝国と関わる事があるのなら、覚えておいて損のない名だ。特に<<厳冬将軍>>はレックス殿下を認めてるって話だったが……あれほどの名将にして猛将が来るってんならマジってわけか』
『レックスさんを、ということは』
『カイトも認めてるだろう』
レックスを認めてカイトを認めないというのは政治家ならまだしも軍人ではあり得ない。それどころか立場も相まってカイトの方が動きやすく、他国の軍人であればカイトの方が広く認識されている。
将軍である以上政治家の立場もあるだろうが、このご時世だ。軍人としての色合いが強いのは考えるまでもなく、カイトが認められていないとは思えなかった。
『それはそれとしても、娘のグラキエースはカイトを認めてるというのはシンフォニア王国じゃ知られた話だ。一度北の帝国との小競り合いの折り、カイトが打ち負かしてるって話だしな』
『戦ったんですか』
『らしい。そこらの詳しい話は俺も知らんが……カイトが笑いながら、ありゃ姿は違うがライムのフリをしたグレイスだな、って笑ってた事は覚えてる。ってなりゃ、一度戦ったってわけだろう』
前に語られているが、北の帝国の軍人達は基本的に実力を認めさせれば心強い味方になってくれる相手という。真正面から戦って勝つというのは紛れもなく実力を認めさせる行為だろう。
そしてカイトである。魔族の大将軍級や大魔王でもなければ真正面から戦って負ける事なぞ有り得ず、認められていて不思議はなかった。
『まぁ、来てないヤツは良いか。その横の老人はわかるか?』
『強くはあるでしょうが……<<厳冬将軍>>とは比べ物にはならないかと』
『だろうな。あれは将軍の父。先代の三大将……今はとんと聞かないが、俺の先代から聞いた話だと狼と言われるほどの猛将だったらしい』
『猛将の血……ですか』
更に前の世代は分からないが、少なくとも三代続いて猛将というに相応しい強さは持っているらしい。というわけで更に警戒感を増す瞬に、おやっさんが頷いた。
『だな。まぁ、先代と今代だと<<厳冬将軍>>だろうが……<<厳冬将軍>>とグラキエース。どちらがヤバいかは俺にもわからん。戦士としては間違いなく娘だろうがな。これはカイトが断言してた』
『だが軍略家としては別、と』
『そういうわけだ。おそらくその面では<<厳冬将軍>>だろうな』
どうにせよ<<厳冬将軍>>は警戒するべき人物と考えて良いだろう。瞬も話を横で聞いていたソラも<<厳冬将軍>>の顔をしっかりと見覚える。というわけで<<厳冬将軍>>を見覚えた二人に、おやっさんが今度は顔を綻ばせる。
『お……今度はあっちだ。あいつは逆に南の名将……には見えないと思うが』
『『え?』』
『あっはははは。だろ? だが考えてもみろ。こんな場であんな振る舞いが出来るんだぞ? 並の胆力なわけがねぇ』
次におやっさんが指し示したのは、<<厳冬将軍>>とは真逆。日に焼けた肌を大きく晒すこちらも壮年の男性だ。
そんな彼はまるで陽気に周囲の女性達――おそらく秘書官や側近――と楽しげに歓談している様子だった。そして同時に、少し離れた所にいる男の側近達らしい者たちが心痛に耐えている様子が印象的だった。そんな一団を見て、ソラが呟く。
『名将にはとても見えないが見えない様にするのもまた技……と。能ある鷹は爪を隠すって所っすかね』
『そういうことだ。まぁ、あの野郎を今更知らねぇってのは珍しいがな。そうだとは知らないでも名前は知ってるってのは多いだろう』
『知り合いなんですか?』
あの野郎。明らかに親しみの籠もった言葉だったおやっさんに、瞬が問いかける。これにおやっさんが笑った。
『まぁな……あの野郎、将軍の癖に前線にまで出張って来やがる。小さい案件でもな』
『信じられる部下が居ない……とかじゃないですよね?』
『当たり前だ。あいつの側近も揃って粒ぞろいだ。まぁ、一番デカい粒はあいつだがな……何かあったんだろうよ。あいつしかわかってない何かがな……あいつもあいつで警戒しておけ。カイトもガキの頃に何度も手玉に取られて、今じゃ名前が出るだけで警戒しやがる。そのレベルの相手だ』
あの大半の策略はまるで盤面をひっくり返すが如く叩き潰せるカイトが警戒する。それだけで十分過ぎるほどに厄介さは二人にも伝わったようだ。
『……ちっ。こっち見てんじゃねぇよ』
『ま、まさか見られてない……ですよね?』
『わからん。外に誰かしらを出してこっちを監視してる可能性は全然あるだろうよ……やめだ。手でも振ってきたら殴りに行っちまいそうだ』
『『……』』
道理で親しげなわけだ。どうやらこの南の名将とやらとおやっさんは長い付き合いらしい。まぁ、カイトが子供の頃からの知り合いというのだから、おそらく一度目の魔族の侵攻時に知り合っているのだろう。そこで出会ったとしても最低十数年の付き合いだ。それ以前からになると、それこそ二十何年という可能性もあり得た。というわけでおやっさんの気を紛らすため、瞬が話を振る。
『他に有名な人は居ますか?』
『他か……まぁ、殿下の四騎士は良いな。シンフォニアの四騎士も良いだろうし……この両国の名将達は……まぁ、殿下かカイトがやるか。ってなると、他のだよな……お、次はあれが良いな』
どうやら話しかけられた事で意識が自然別に向いてくれたらしい。おやっさんは瞬の求めに応じて次の諸外国からの偉人達を見つけ出す。そうして、開幕までの暫くの間。瞬やソラは各地の名将や猛将、賢者達の話を聞く事になるのだった。
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