第3251話 はるかな過去編 ――結婚式――
『方舟の地』での一件を終えてたどり着いていた王都レジディア。そこでは王太子にして後に八英傑と呼ばれる八人の英雄の中核的人物となるレックスの結婚式に向けて忙しなく準備が行われている最中であった。
そんな中でレックスの客人として丁重にもてなされる事になっていたソラや瞬達であるが、彼らは同じく後に八英傑と呼ばれる事になる若者や王都レジディアの冒険者を統率する冒険者にして騎士という稀有な肩書を持つ者との間で会合を得ながら、日々を過ごしていた。
そうして王都レジディアでの日々を過ごす事幾日。遂に結婚式当日になったのであるが、その日の早朝には一同揃って結婚式の支度に追われる事になっていた。というわけで早朝から準備を行っていたわけであるが、カイトはそんな中で水霊の儀と呼ばれる清めの儀式を終えて婚礼の儀のための王太子の服に身を包んだレックスの来訪を受ける事となっていた。
「マジで全部理解できてるっぽいな」
「ぽいな……オレとしちゃそんな言語を全部そらんじなければならない、って方にびっくりなんだが」
「シンフォニアじゃないのか? 俺も流石にそっちの婚礼の儀までは知らないし」
「知らないよ。そもそもの話、王族の結婚式と言っても国を挙げて行う婚礼の儀なんて滅多に無いだろ」
「あー……そう言われればそうだよなぁ……」
今回レックスの婚礼の儀が大々的に行われる事になっているのは、彼が王太子だからという点が大きい。結婚式ではなく婚礼の儀と正式な名で言われているのもそれ故だ。そしてここまで大きなものになれば各方面の準備も大変になり、普通は王族の結婚式であってもしないのである。
「そう言えば王族の結婚式なんて滅多な事じゃ行われないもんなぁ……」
「まぁ……年に一度あるかないかぐらいなもんだろ、王族の結婚式なんて。総数限られてるんだし。特に今なんてな」
「そりゃそうか」
カイトの指摘にレックスも頷いた。そうしてカイトの協力を得ながらもレックスはおおよその祝詞の修正を行ったわけであるが、そんな彼に改めてカイトが告げる。
「だが大精霊様の言語まで、か。いや、レジディア王国の興りを考えればそりゃそうなんだろうけど」
「どうした? 改めて」
「いや……大精霊様の言語を使う、って事は初代レジディアって大精霊様の言語を理解されてたのかなぁ、って」
「あー……確かになぁ。言われてみりゃ契約者でもあったわけだから、理解していても不思議はないよな。それともあれかな。契約者だったら自動で理解出来るようにでもなってんのかな?」
「なるほど……そっちも有り得そうだな」
未来の世界においてカイトは大精霊の契約者でもある。そして今のカイトに大精霊の言語が本能的に理解出来ているのも、彼が未来の縁を流用され大精霊の中継地点のような形になっているからだと二人は考えていた。というわけで初代レジディアの事を思い起こす二人であるが、レックスが改めて問いかける。
「だがそれがどうしたんだ?」
「いや、精霊魔術に強かったのかな、と」
「あー……それか。確かに契約者は精霊魔術に長けているってのは一般的だよな。でもどうなんだろ。そう言えば初代様ってそういう話はあんま聞かないからなぁ……」
初代レジディアであるが、レックス達後世の者に伝わる話の多くは内政に関する事だったらしい。なので為政者としての凄さを彼も知っていても、軍事面ではあまり知らないのであった。
「珍しいよな、軍事面があまり話されない王様ってのも」
「そういやな……ん?」
ふとした事から初代レジディアについて話していた二人であるが、そこで部屋の扉がノックされる。これに、カイトが肩を竦めた。
「お前だぞ、どうせな」
「わかってる……開けてくれ。動けねぇ……」
「あははは……あいよ」
レックスに請われたカイトが仕方がなしに扉を開けば、そこに居たのは先にお目付け役として『王家の谷』に同行していた女性だ。そんな彼女はいの一番にカイトへと頭を下げた。
「マクダウェル卿。殿下が申し訳ありません」
「ああ、居る事は把握してたんですね」
「はい……何もおっしゃりませんでしたが」
「言ったら怒るだろ……」
「当然です」
当たり前だが婚礼の儀も直前まで迫ったタイミングだ。そこでうろちょろとされると面倒この上なかった。更に言えばレックスの着ている服の事もある。どこかで引っ掛けてしまえば、と考えれば動かれると碌な事にならなかった。
まぁ、それでもじっとしていられないのがレックスである。なのでおおよそ全員が察するだろうと読んでカイトの所に来ていた――そして全員がカイトの所なら彼がフォローしてくれるので仕方がないと諦めていた――のであった。とはいえ、それもこれで終わりというわけであった。
「殿下。お時間です。お戯れはここまでです」
「戯れ……にゃならんかったがね。カイト、色々とサンキュ。おかげで祝詞も仕上げられた」
「あいよ……まぁ、礼なら未来のオレに言ってくれ」
「あはははは……言えそうにないから今言っとくんだよ」
カイトの言葉にレックスが笑う。そうして彼が婚礼の儀に備えて去った一方。ヒメア達の方もまた支度が終わったらしい。隣の部屋に通ずる通信機――単なる糸電話のようなものだが――が鳴り響く。
「こっちもか……はい、カイト」
『マクダウェル卿。こちらの支度が整いました。そちらは?』
「こっちはすでに。姫様もセレスティア姫もか? あ、一応聞いておくがノワールの方は」
『大丈夫です』
「良し……じゃあ、オレも外に出る」
『かしこまりました』
カイトの言葉に向こう側で準備を取り仕切っていたメイドが頷いた。そうしてカイトが外に出るとほぼ同じタイミングで、着飾ったヒメアとその影に隠れるようなセレスティアが現れる。そうして現れた両者であるが、ヒメアが一つ問いかける。
「さっきまで声してたけど、誰か来てたの?」
「ああ、レックスがな。水霊の儀を終わった後はあのゴテゴテした王太子の服だ。愚痴りに来てた」
「なるほど。それで何言ってるかさっぱりな言葉がチラホラ混じってたわけか」
話していたのはおそらく自分達にはわからない大精霊様達の言語という所なのだろう。ヒメアは漏れ聞こえていた言葉の端々からそう察したようだ。というわけでそんな彼女であるが、カイトはそんな彼女を見て感心したように頷いた。
「それ、今回のためにまた新しく作ったのか?」
「ええ。流石に他国の結婚式に出るのにいつものというわけにもいかないもの」
「なるほどね……いや、似合ってるよ」
「ありがとう」
褒められて嬉しくないわけがないらしい。カイトの称賛にヒメアが顔を綻ばせる。そうして彼女を見た後、カイトはセレスティアを見て目を見開く。
「おー……色が少し違うだけで一気に印象が変わるもんだな。なんか一気に神々しさを増したというか」
「ですねー。これを見ると私も少し白にすれば良かったかなー、とか思ったりするわけですけど」
「でもしないんだろ?」
「してないですね」
カイトの言葉にノワールが笑う。そんな彼女は流石に結婚式で黒はとなったのか紫色のドレスだ。
「ただ防御力はマシマシ。簡易の要塞のままです。式場ではこの通りベールさえ下ろせば共鳴も完全に避けられるかと」
「……見えてる?」
「あ、見えてます。大丈夫です」
カイトの問いかけにベールを下ろして顔を隠していたセレスティアが頷いた。今回、彼女がレジディア王族である事はバレてはならないのだ。というわけでヒメアの従者として顔を隠す事になっており、真っ白なベールの先の彼女の顔が伺い知れる事はない。
なので外が見えているか疑問だったのだが、きちんと見えていたようだ。というわけで、そんな彼女らと共にカイトは式場へと向かう事にするのだった。
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