第3248話 はるかな過去編 ――前日――
『方舟の地』と呼ばれる超古代文明の遺跡での一件を解決したどり着いたセレスティアの故国レジディア王国。そこではレックスの結婚式に向けて忙しなく準備が行われている最中であった。
そんなレジディア王国の王都レジディアにてレックスの客人としてもてなされていたソラや瞬達一同であったが、途中レックスに請われて『王家の谷』と呼ばれる王族の墓所への同行や結婚式の数日前になりセレスティアがレジディアの王族であった事により結婚式の儀式の一つに共鳴してしまう事が判明するなどのトラブルに見舞われながらも、忙しない日々を送っていた。
そうしてセレスティアの対応がノワールによってされるようになってから少し。遂に結婚式の前夜になっていたのであるが、そこでカイトはレイマールに呼ばれていた。
「……そうか。すまんな。他国の騎士にこういった些事を頼むのはどうかと思うは思うが」
「いえ……状況を鑑みれば私が動くのが最良でしたでしょう。ノワール曰くではありますが、やはりあれは解析できやすくなってしまっていたとの事でしたから」
「それはわかっていた、のであろうな」
「かと」
レイマールとカイトが思い起こすのは、セレスティアの巫女服だ。今は一枚の布により再構築された巫女服であるが、その前の段階はノワールが言及していた通り敢えて隙間を作る事で改修・改変がしやすくなっていた。
が、同時にそれは他者による解析をしやすくしてしまってもいたらしく、彼女の術式に要らぬ手が加えられてしまっていたのはそれ故との事であった。まぁ、それも見越した上で本質を見抜かれないようにする対策もブラックボックスの中に仕込んでもいたというのは彼女の言葉なので、どこまで行っても彼女の手のひらの上だった。
「うむ……それはそれとして、だ。すまぬな」
「はぁ……」
「ははははは。セレスティア姫の事だ。私もあれも婚礼の儀に忙殺され、彼女の事を失念していた。あの大聖堂で気付かなければどうなっていたか」
何に対しての謝罪なのだろう。そんな様子で小首をかしげたカイトに、レイマールは笑いながら完全に見落としていたと恥ずかしげに語る。
「いえ……仕方がないことかと。彼女らは本当にイレギュラーが過ぎる」
「うむ……未来からの来訪者。果たさねばならぬ因果、か」
「それが何かは彼女らにも分からぬという事ですが」
「事実なのであろうな。内一つに心当たりがあるというのも……勝算のほどはどうか」
「あはは。面白い問いかけですね。答えなぞ出ているでしょう」
「む? くっ……ははははは! すまん。確かにな」
おそらく大きな戦いになるのだろう。レイマールはその時のセレスティアの表情について受けた報告からそう思っていたわけであるが、その結果だけは誰に言われるまでもなくわかっていた。それは紛れもない答えが目の前にあるからだ。
「勝利は確定か。俺の……あれの血を引く姫が目の前に現れている時点でな」
「はい。殿下と私であれば間違いなく」
「そうだな……それで、もう一つ。『黒き森』の御子はなんと」
「魔族達の動きはやはり鈍い、と。多少無理をしてでも大将軍を討ち取った事は奴らにとって痛手に間違いなかったでしょう」
「そうか……」
カイトの報告に、レイマールはほっと胸を撫で下ろす。やはりここまで準備をした挙げ句、最後の最後で魔族達に邪魔されてご破産というのは避けたいところだっただろう。
まぁ、実はカイトもそれを念頭に置いて先日の大将軍との遭遇戦に発展した際に撤退をせず、レックスを説得してまで多少強引に討ち倒したのであった。そうして概ね問題ない事を噛み砕いて、レイマールが真剣な顔をする。
「カイト」
「はっ」
「息子を頼む。今朝方の聖獣様の来訪……間違いなく民衆はあれこそを次期国王と見るだろう。そうなれば今後あれの無茶を止められるのは幼馴染であり戦友であり、莫逆の友である君だけだ。そして同時に、あれが人の心を忘れ王としての修羅道に落ちたならば、それを王道に引き戻せるのもまた間違いなく勇者である君だけだ。故に、王ではなく父として頼む」
非公式的な場とはいえ、そして父としてとはいえ、一国の王が他国の騎士に頭を下げるのだ。その意味するところは大きかった。が、そんなレイマールにカイトは気負う事なく頷いた。しかしその顔は騎士のそれではなく、レックスの幼馴染としての顔だった。
「元から、そのつもりです……もしオレが魔道に堕ちるのなら、それを叩き返せるのはあいつだけでしょう。それはオレも、あいつもわかってる……だから見栄も意地も張れる。あいつにだけは、負けられない。あいつにだけは、情けないところは見せられない」
「そうか」
随分と前にレックスも同じ事を言っていたな。レイマールは息子が語ったと同じ事を語る息子の幼馴染に、微笑ましげに笑う。というわけでカイトの返答に納得したレイマールであったが、少し固くなりすぎたと一度深呼吸をして呼吸を整える。
「ありがとう。これからも頼む」
「はい」
「うむ……まぁ、そのような未来にならぬ事を望むがな。君が魔道を突き進めば魔王にもなれそうだ」
「あっはははは。いやぁ、魔族共を率いるのはいくらオレでも無理ですよ。あいつら、ウチの騎士共よりあくが強いっぽいんで」
「ははははは」
カイトの冗談にレイマールが楽しげに笑う。そうして、カイトは暫くの間レイマールの晩酌に付き合う事になるのだった。
さて二人の晩酌が行われてから少し。流石にレイマールも深酒なぞ出来るわけもないし、するわけもなかった。というわけでカイトも軽い晩酌に付き合っただけで、再び客間に戻ってきていた。そんな彼であるが、やはり根っこは同じカイトというところだろう。物静かな様子で酒を傾けていた。
「兄さん」
「サルファか……何も無い事を望むんだが」
「半分は、というところでしょうか」
やはり全てが上手くいく事はないか。カイトは少しだけ険しい顔のサルファに僅かにだが眉間のシワを深くする。
「何があった? 魔族には動きはなかったんじゃなかったか?」
「スイレリア様と聖獣殿の話です」
「となると……先代の大神官を探せ、という話か?」
「はい」
以前レックスと共に訪れた『王家の谷』において再会した聖獣であるが、その時起きている世界の異常に対応するべく一時的だが『王家の谷』を出ると言っていた。
そしてその言葉に違わず彼女は今日の昼にその姿を王都レジディアに露わにしていた。その後は旧知の仲であるスイレリアと話を行っていたのであるが、そこにカイト達も同席したのであった。
「スイレリア様の力をお借りして先程まで先代の大神官様を探してみましたが……」
「駄目だった、と」
「ええ……大神官グウィネス。開祖マクダウェルと共に旅した英雄の一人。彼の行方が掴めれば、今回の異変にも強い力となってくれるはずでしたが……」
カイトの結論にサルファは無念そうに項垂れる。が、これにカイトは首を振った。
「ああ、気にするな。本気で探すとなると『黒き森』に帰ってからになるだろう。そっちの方が効率も何もかも良いだろうしな」
「はい……ですがおそらく、見付かれば兄さんに頼む事になるかと」
「流石にオレでなければ出向けんか……後、スイレリア殿は?」
「あはは……今から楽しみにされているみたいです」
「どの意味でだろうなぁ」
滅多に神殿から出れないのでオレとの旅を心待ちにしているのか、色々と面倒を投げつけるだけ投げつけて自由三昧の兄の横っ面をぶん殴る事を心待ちにしているのか。カイトはスイレリアの心情を考えて苦笑する。どちらでも有り得そうなのが反応に困るところであった。
「まぁ、良い。とりあえず帰ったら急ぎで頼む。レイマール陛下もその件を危惧されていた……下手に魔族共に利用されて悪い事になっても困るしな」
「<<雷鳴剣>>もありますしね」
「それもなぁ……どうしたもんか」
サルファの指摘にカイトが困ったように笑う。開祖マクダウェルが使ったという<<雷鳴剣>>。先にカイトが述べている通り、この力は完全に失われて久しい。
レックスの推測では魔族が抑える北の要塞にその鍵があるのではということだが、それが正しいかどうかは誰にもわからない。カイトはカイトでシンフォニア王国に戻ったら調べ物に奔走する事になるのであった。
「全く……ソラ達曰く貧乏暇なしということだが。オレら一応これでも貧乏じゃないんだがね。いや、お前らには負けるけどさ」
「得てして、上に立つ者ほど暇はありませんよ」
やる事が多い。そんな様子で笑うカイトに、サルファが笑う。というわけで真面目な話はこれでおしまい、と呑気な空気が漂い始めるのであるが、それをどうやら待っていたようだ。客間の扉が開かれる。
「カイにぃ。失礼しやす」
「おーう、大将。真面目な話終わったか?」
「おう、アイクにフラウも……おっと。そして勿論姫様も、と」
「流石にそろそろ仕事やめなさいよ、と言おうとしてた所よ」
「後でレックスさんが拗そうな様子になってきましたねー」
自身の上に舞い降りたヒメアに、こちらは自身の転移術で顕現したノワール。そんなレックス夫妻を除く六人が集合するのを見て、カイトが笑う。そうして、幼馴染達の夜もまた更けていく事になるのだった。
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