第3246話 はるかな過去編 ――巫女服――
『方舟の地』と呼ばれる超古代文明の遺跡での異変を解決したどり着いた王都レジディア。そこではレックスの結婚式に向けて忙しなく準備が行われているところであった。
そんな準備を横目に基本はレックスの客人として丁重にもてなされながら色々な活動を重ねていた一同であるが、結婚式まで後数日と迫ったある日。カイトの口添えもあり結婚式において自分達がどこで何をすれば良いかと事前に案内を受ける事になったのであるが、結婚式の中に含まれる儀式の一つにセレスティア――彼女がレジディア王族であるため――がどうしても関わってしまう内容がある事が発覚。土壇場にも関わらず大聖堂を取り仕切る神官長に呼ばれる事になっていた。
というわけでセレスティアの正体を隠すべく巫女服に身を包ませヒメアの従者とする事となったわけであるが、その話し合いの後。久方ぶりの巫女服に身を包んでいたセレスティアにカイトが問いかける。
「にしても……その服。ちょっと過剰過ぎないか?」
「そうでしょうか……確かに一部は自身の物としているので不要にはなっておりますが……」
カイトの指摘に対して、セレスティアは自身が物にした魔術のいくらかを思い出す。先にカイト達が述べていた通り、彼女の巫女服こと<<白桃の巫女服>>はヒメアの遺した術式をベースとして開発されている。なので個人用の防御力としては要塞に匹敵する領域であるが、カイトにはそれが過剰に思えてならなかったようだ。
「ああ……そこまでガチガチだと動きにくいだろう。いや、そもそもそんな何百枚も布を重ねてる時点で動きにくそうなんだけど」
「それは……それはそうとしか言い得ませんね。流石に」
「だよなぁ……」
魔術による守り云々は別にしても、そもそも物理的に動きは取り難いだろう。それはそれとして認めるしかないので困ったように笑うセレスティアの返答に、カイトもまた苦笑を滲ませる。とはいえ、それはそれであって、本題である魔術的な守りの方についてセレスティアが言及する。
「とはいえ、魔術的な守りに関して動きにくいという印象は無いのですが……」
「そんなもんなのかね」
「多分そこまで動きにくくはしてないと思うわ。私の場合は私やベルが動くよりあんた達に戦力集中させた方が良いから、サポートに集中出来るように要塞化するのが私の役割みたいなところあるし。他人に教える時は動きを阻害してまで守らないようにはするはずよ」
ここらは後に情報を遺すだろうヒメアに聞くしかわからなそう、と問いかけるカイトに、ヒメアが自身の考えを語る。それにカイトも頷いた。
「そうだよな……ってことはやっぱ、未来の姫様の腕がそれだけ凄まじいってわけか。まぁ、それを再現しようとしたらこんだけゴテゴテになっちまったってのはまた別の話か」
「そうね。多分ノワールとかがやってればもっとスマートになってると思うわ」
「あー……それはそうだろうなぁ」
ヒメアの言葉にカイトもなるほどと納得する。技術云々は別にして、過去の職人の方が腕が良い事なぞこの世界にもありふれた話なのだ。そしてこの巫女服が職人芸に属する物だろうというのは察するにあまりあった。というわけで物理的な動き難さはともかくとして、魔術的な動き難さはなさそうと彼も理解。改めてセレスティアの巫女服を見る。
「にしても……ベールには洗脳を防ぐ魔術に魔術の詠唱に対する対ジャミング……本当にこの巫女服の性能を最大に発揮したら要塞化しそうだな」
「する……とは思います。この巫女服……というより私……ひいては八人の巫女や神官の本来の役割は御身を筆頭とした武器……八神器の解放と御身らの写し身の召喚。その妨害を防ぐ事を目的としています」
「なるほど。儀式の妨害対策に主眼を置いているわけか」
それだったら戦闘は度外視として、要塞化は選択肢としてありかもしれない。セレスティアの戦闘能力に隠れて忘れがちであるが、本来の彼女の役目はサポート役。常時はカイトの双剣やレックスの大剣を筆頭とした後に八神器と呼ばれる武器達の封印の管理。非常時にはカイト達の写し身を召喚する事が目的となる。
「はい……本来私は戦闘せず、後方支援。戦場の後方から神器の性能を最大限発揮出来るようにサポートする事が役目です」
「そういう面で見れば分業体制が出来てるというわけか。それなら要塞化も選択肢には入るか……」
やはり儀式での支援を考えれば、ここらの精神系の魔術に対する過剰なまでの防備は必要不可欠なのかもしれない。が、それでもヒメアは少しの苦笑を滲ませる。
「でも……それでも少し過剰過ぎないかしら。私の考えるだろう術式とは違う術式も多いわね。自爆術式はやり過ぎじゃないかしら。転移術式……は多分ノワールの考案ね。これがあれば自爆なんてやる必要は無いでしょうに」
「じ、自爆?」
そんなものまであるのか。カイトは自身では見切れていなかった術式に思わず呆気にとられる。これにセレスティアは認めるように頷いた。
「はい……万が一虜囚となる事態が起きた場合は、と。我ら八人の使い手と巫女は民衆にとって希望という役目があります。それが辱めを受ける事態とならば、民衆にどれだけの絶望となるか。それを考えれば、と」
「はぁ……そうならないための転移術式でしょうに。この術式……うん。私が今使っている物とほぼ一緒だからわかるけど、妨害不能なものよ」
「え?」
それは聞いた事がなかったぞ。セレスティアはヒメアの言葉に目を丸くする。そしてその様子で、ヒメアもおおよそは察した。
「なるほど。理解できないままに組み込んだか、どこぞのアホが反乱とかを恐れたかのどっちかか。無駄なことを」
「きゃっ!」
ぱちんっ。ヒメアが指をスナップさせると共に輝いた巫女服に、セレスティアが思わず小さな悲鳴を上げる。そうしてヒメアが呆れた様子で告げた。
「自爆術式、無効化しといた。そいつのおかげで他の術式の効率もかなり悪化してたし……それ、一回ノワールに見せないと駄目ね。私達が遺した物を解析出来なかったところはあるんでしょうけど、今の自爆術式みたいにバカみたいに不要な物をこれでもかと搭載してるから効率随分悪いわよ」
「おー……確かに見違えて流れが変わったな」
「でしょう? あの自爆術式、使ってない状態でもオートで魔力を溜める仕組みになってたから効率が悪くなってたもの。あれを礼装側に搭載するなんて、バカも良いところよ」
多分未来の政治家や貴族共がセレスティア達が力を持つ事を危惧したのだろう。ヒメアは自分達が遺したにしては不要過ぎる物が多すぎる巫女服をそう理解していた。
とはいえ、そこらの政治的なあれやこれやはセレスティアも察せられていた。なのでそれを察した上で踏み抜いていくヒメアに思わず苦笑するしかなかった。
「あ、あははは……」
「はぁ……まぁ、未来の事だから私もあまり言わないけど。政治家共の言い分なんて無視しときなさい。どうせあいつら、貴方達の足を引っ張る事が遠回しな自殺行為って事を理解してない阿呆なんだから……あぁあぁ、性能の抑制まで入れてるじゃない。流石にこれは貴方達の時代だとは思いたくないけど……これ、何回か作られてる?」
「あ、一応歴代の巫女様達にはそれぞれ一着ずつ。どうしても各個人に合わせた調整が必要ですので……ただ私の代までは基本儀式的な意味の方が強く、抑制も実用性との兼ね合いかと」
「なるほど。確かに戦闘を考えれば性能の抑制は不要だから、平和な時代に作られた際に入れたとかでしょうね……で、それを引き継いでいってそのままとかか」
流石にそれは信じたい。ヒメアはいつの時代も変わらず現場の足を引っ張る俗物達の存在に盛大に顔を顰める。まぁ、彼女にしてみれば自身の想い人の足をこれでもかと引っ張る不倶戴天の敵だ。
しかしその不倶戴天の敵とて、意図的に死ぬような事を仕出かすとは思いたくなかったようだ。というわけで色々と観察した後、ヒメアが口を開いた。
「うん。ちょっと無駄を省けばもう少し物理的にも動きやすく出来そう。なんとか従者の偽装も出来るかもしれないわね」
「あ」
「何もダメ出しするためだけに言ってたわけじゃないわよ」
「も、申し訳ありません……」
すっかり忘れていた。セレスティアの言葉にヒメアが恥ずかしげに頬を赤く染める。そもそもセレスティアを共鳴から逃がすためにこの巫女服を使うのは仕方がないしそれしかないが、しかしこのままではどういう色にしたとてウェディングドレスという印象は免れない。せいぜいドレス程度にまでは偽装したいところであった。というわけでその後も暫くの間、ヒメアによる巫女服へのダメ出しが行われる事になるのだった。
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