第3244話 はるかな過去編 ――白桃の姫巫女――
『方舟の地』と呼ばれる超古代文明の遺跡に起きた異変を解決したどり着いたセレスティアの故国レジディア王国。その王都レジディアではレックスの結婚式に向け、国を挙げての準備が進められていた。
そんな中でソラや瞬達はレックスの客人としてもてなされると共に、後にカイトやレックスと同じく八英傑となる若き英雄達。王都の冒険者を統率するギルドマスターにして騎士という稀有な肩書を持つ者など、様々な者たちとの出会いを繰り広げていた。
そうして後数日まで迫った結婚式であったが、その最中。結婚式にて行われる儀式の一つがどうしてもセレスティアに反応してしまう事が判明し、急遽彼女の取り扱いについて話し合いが持たれる事になっていた。
「マクダウェル卿」
「神官長殿」
大聖堂の最奥にやってきた――事の性質上あまり外では大々的に話せないため――カイト達を出迎えたのは、年かさの女性だ。彼女はレイマールの遠縁にあたる存在で、この大聖堂全体を取り仕切る神官長だった。謂わばレジディア王国側の婚礼の儀の最終責任者というべきところだろう。
「彼女が、殿下の?」
「ええ。遠い未来のご息女となります」
「そうですか……流石にレジディアの姫にこの大聖堂の話をする必要は無いわね」
「無論です」
ある意味では自身にとっても遠い子孫に当たるのだ。セレスティアにこの大聖堂やそこにレジディア王族が入る事の意味などを語る必要はないだろうという言葉にセレスティアもまた同意する。
「では一つ試して良いかしら? それとも、そちらの時代では廃れて?」
「勿論、伝わっておりますとも」
何がなんだかソラ達――それどころかカイトさえ――にはさっぱりであったが、どうやらこの聖堂に縁ある二人にはこれで通じるものがあったらしい。少女のように楽しげに笑う神官長の言葉に、セレスティアもまた笑って応ずる。そうして神官長が手を僅かに挙げると共に、その指先から赤色の虹を放つ。
「っ!」
冗談だろう。カイトは唐突に繰り広げられる一幕に目を見開く。この<<赤虹>>には指向性が伴っており、直撃すれば痛いでは済まないだけの力があった。無論レジディアの王族にとっては自らの力にも等しいのでこれで致命傷になる事は無いのだが、それでも危険には違いなかった。が、そんな赤き虹はセレスティアの眼前まで到達すると、彼女が薄く展開した同じ赤き虹に阻まれ消え去った。
「……お見事。レックス殿下ほどとは言わずとも、この時代でも有数の腕を持っていそうですね」
「ありがとうございます」
「……失礼。今のは何が?」
「ああ、確かにマクダウェル卿にも馴染みはないかもしれないですね」
確かにお互いに危害を加えようとしている様子はなかったし、あれは両者にとって子供が練習する<<火球>>程度でしかなかっただろう。が、それでも危険な行動である事に変わりはなく、カイトが疑念を抱いたとしても無理のない事だった。
「レジディア王家の中でも神職に近しい立場に入った者たちの挨拶……のようなものですよ。野蛮だから廃れてしまっているとばかり思っていたのですが」
「何故か、廃れず私達の時代まで残っております」
「そうみたいね」
確かに両者共にレジディア王族であれば怪我はしないだろうが、それにしたって野蛮過ぎやしないか。カイトは優雅に笑う二人の姿にそう思う。敢えて言えばやんちゃ者達が握手を交わす際に力を込めるのと一緒だ。
なお、何故彼が知らないかというとレックスは神職ではないからだ。この『挨拶』は久方ぶりに出会った相手にやる事がほとんどだし、両者ともレジディア王族のそれも神職という非常に限定的過ぎる条件まであるのだ。しかも神官長が言う通り野蛮なので基本は表に出ない。カイトさえ知らずとも当然の話だろう。
「ふぅ……でもおかげで、貴方がレジディアの姫である事に確証が持てました。こればかりは人の報告を信じてばかりもいられない話だもの」
「ありがとうございます」
「こちらこそごめんなさいね……さて、そうなってくるとやはり面倒ね」
先程までの柔和な顔が鳴りを潜め、困ったような顔が浮かび上がる。先の一幕で神官長はセレスティアの腕前を自分以上レックス以下と判断した。そうなると婚礼の儀での共鳴は確実と言って過言ではなかった。というわけで困った表情で机に肘を付く神官長に瞬が問いかける。
「参列しない、という方が良いと?」
「それは無理ね。何故かわかる?」
「そんな事になってしまえば殿下の名に傷が付く……という事ですか」
「そういうこと……それが表向き」
瞬の返答に僅かな苦笑を滲ませながらも認めた神官長はため息と共に、それが理由の一つである事を認める。が、本当の理由は別にあった。
「私達レジディア王族に宿るこの赤き神の力は大聖堂に共鳴して高める事が出来る……出来るのだけど、それは拒絶のしようがない。なので大聖堂が共鳴の力を放った時点でセレスティアさんも共鳴してしまうでしょう。そして残念な事に、共鳴の力は婚礼の儀の性質上この王都全域に放たれる事になってしまうのです」
「ということは王都から離れない限りどうしようもない、と」
「そういうことですね……はてさて、どうしたものかしら」
実に悩ましい。神官長は改めてセレスティアを見ながら、対応策を考える。と、そんな彼女に今度はセレスティアが一つ提案する。
「巫女服を着れば、共鳴をある程度遮断出来ますが……」
「巫女服?」
「はい」
先程もセレスティアが述べていたが、彼女には本来巫女服と呼ばれる専用の衣装があった。そしてこれを身に着ければ共鳴を免れる事が出来るという事であった。というわけで、セレスティアは神官長へと巫女服の存在と何故そういうものがあるのかを語る。
「なるほど……どういった物か見せて頂く事は出来ますか?」
「無論です……が、着替えるのに若干のお時間を頂ければ」
「構いません。こちらが頼んでいるのですから」
「ありがとうございます……部屋はどちらを使えば?」
「この隣の部屋を使ってくださいな。ああ、そう言えば一人で着替えられる物?」
神官達が儀式で着る服の中にはそもそも一人で着る事を想定していない構造をしている物は少なくないらしい。それが最高位とも言える立場にある者の最高位の礼装であれば、当然のようにそうなっていても不思議はなかった。
「大丈夫です……ただイミナを呼んで頂ければ。着れないわけではないですが、チェックはして貰いたいですので……」
「頼めますか?」
「あ、わかりました」
神官長の要請に、ソラが二つ返事で承諾する。そうして再び彼が通信機で今度はイミナを呼ぶ一方、セレスティアは先に指し示された隣室へと入っていく。
「「「っ」」」
セレスティアが隣室に消えた直後だ。隣室からとてつもない神気とでも言うべき気配が漂い出す。それに神官長含め僅かな驚きを得るが、何よりカイトは呆れていた。
「これは……確かにさっき着たら一目で高貴な存在だとわかるとは聞いたのですが」
「そうね……これは凄まじい逸品を持っていたものです」
おそらく大陸一番の職人が長い年月を掛けて、素材も全て厳選して生み出したのだろう。厳重に保管されていた異空間から取り出されるだけで漂う神気に、神官長も笑うしかなかった。というわけで今度はカイトがソラと瞬に問いかける。
「ソラに瞬……見た事あるのか?」
「見た事はない……が、一度だけ、今思い返せばその話をしていた事があった事を思い出した」
「あったんっすか?」
「ああ……『リーナイト』での一件でな。あの時レックスさんを召喚するべく色々としていたんだが、その時に巫女服を使おうかどうするか、と話していたのを小耳に挟んだ。結局は着替えている暇も余裕もないと使わなかったそうだが」
あの状況だ。妥当な判断だったな。瞬は当時の『リーナイト』での一件を思い出し、そう思う。あの時は無数の魔物が周囲を埋め尽くしていたのだ。あの状況でこの神気を纏う巫女服を取り出した挙げ句武装を解く事になれば、いくらセレスティアと言えど間違いなく死を招く結果となっていただろう。というわけで使用出来なかった事を語る彼であったが、そうこうしていると部屋の扉がノックされる。
「どうぞ」
「失礼します」
「いらっしゃい……貴方が未来のマクダウェル卿ですね」
「はっ」
「ありがとう……来てくださって早々で申し訳ないのだけど、セレスティアさんの手伝いをしてあげてくださいな」
「御意に」
どうやらこの道中でソラからおおよその事情は聞いていたらしい。神官長の言葉にイミナは即座に応じるとすぐに彼女もまた隣室へ消えていくわけであるが、その一瞬。開かれた扉の先からは生の神気がこぼれ出る。そんな様子を見て、神官長が苦笑した。
「うーん……これは考えものですね。確かにレジディアの姫だとはバレないでしょうが……」
「あはは……確かに。今度は高位の神官と思われても不思議はないですね」
「ですね」
確かにレジディアの姫とバレる方が大問題なので防ぎたいは防ぎたいが、ここまでの衣服となると今度はかなりの立場と思われて不思議はない。まぁ、実際未来においては最高位の神職なのだ。当然ではある。というわけで生半可な対応は出来ないと二人は思っていたのであった。
「あの領域となると……マクダウェル卿の主人かベルナデット様ぐらいでしょうか」
「そうですね……さりとてベルの従者に偽装は難しいですか」
「ですね……」
そうなると後はヒメアの従者に偽装するぐらいしか手はないかもしれない。カイトと神官長は苦笑しながらそう認識を一致させる。
そんな風にどうするべきか話し合っていると、どうやら着替えは終わったようだ。隣室の扉が開かれ、何十ヶ月ぶりに白桃の姫巫女としての衣服に身を包んだセレスティアが姿を現すのだった。
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