第3242話 はるかな過去編 ――結婚式――
『方舟の地』と呼ばれる超古代文明の遺跡に起きた異変を解決したどり着いていた王都レジディア。そこでは王太子レックスの結婚式に向けて盛大な準備が忙しなく行われていた。
そんな中でソラや瞬達は後にカイトやレックスと並んで八英傑と呼ばれる事になるアイクやフラウ。王都の冒険者を統率するゴルディアスなる騎士にして冒険者という稀有な肩書を持つ者等との出会いを経ながら日々を過ごしていた。
そうして結婚式まであと幾日と迫ったある日。レックスの要請を受けた一同は彼と共にレジディア王家の歴代王族が眠るという『王家の谷』に住まう聖獣の元を訪れる事になったわけであるが、その後。再びレックスと共に王都レジディアの地へと舞い戻っていた。と言っても、帰ったところでやる事は特に変わり映えしないいつもの日常であった。
「ふっ!」
「おっと」
瞬の放った一撃をグレイスが優雅なれども力強い動きで上へと弾き飛ばす。そうして弾かれた自身の一撃に、瞬は強引に力を込めて下に叩きつけるような動きを見せる。
「む」
そういう意図か。グレイスは瞬の行動の意図を読んで、一瞬だけ逡巡する。この攻撃は自身の一撃を受けて強引に勢いを制御したもののように見えるが、その実更にその先を見据えた行動だ。そしてそれならばと敢えて乗ってやるのが、彼女の流儀だった。
「ふふっ」
「おぉおおおお!」
こうしてほしかったんだろう。グレイスはそんな様子で笑いながら、バックステップで距離を取る。そしてそんな彼女の読み通り、瞬が槍の穂先を地面へと叩きつける。そうして強大な振動が周囲に沸き起こるわけであるが、しかし空中に滞空している状態のグレイスには意味がない。
「よっと……さて」
来るのだろう。グレイスは優雅なれど獰猛に笑いながら、地面に槍の穂先を叩きつけた瞬を見る。そうして見えた彼は案の定、まるで槍を棒高跳びの棒のようにして反動で大きく飛び上がるとそのまま前に飛ぶ勢いを利用してグレイスへと追撃を図る。
「おぉ!」
「む」
空中に飛び上がると同時に瞬が雷を纏い加速したのを見て、グレイスは僅かに瞠目する。とはいえ、迷うほどの事でもなかったようだ。彼女は両手剣から左手を放してフリーにすると、飛び蹴りのように飛来する瞬の足を引っ掴む。
「っ!」
「甘いな……はぁ! む?」
引っ掴んだ瞬をそのまま地面に叩きつけてやろうと考えたグレイスであるが、自身の考えるよりも遥かに前に瞬が停止した事に僅かに小首を傾げる。が、そうして瞬と地面の間を見て、思わず感心した。
「……やるな」
「はぁ!」
「っと!」
そういう手法もあるか。グレイスは瞬が両手に短い槍を顕現させ、それで衝突のタイミングをずらした事を理解。その直後に襲いかかる瞬の蹴撃を再度のバックステップで回避する。今度の物は瞬の攻撃を読んでのものでもなんでもなく、しっかりとした回避だ。そうして距離を取りながら、グレイスは楽しげに観戦しているライムに告げる。
「今の防御、お前も真似たらどうだ?」
「私は飛び蹴りなんてしないわ」
「それもそうか」
ライムの返答に笑いながら、グレイスは地面へと着地。それと同時に両手剣を再び両手で掴むと、後ろへと引いた形で構える。その一方、蹴撃でグレイスの拘束から離脱した瞬は両手の筋力だけでさながらポールダンスのように回転して姿勢を整え着地すると、再度一振りの槍だけにしてぐっと姿勢を低く突撃の体勢を見せる。
「「……」」
瞬間、静寂が訪れる。が、瞬が真剣な表情なのに対して、グレイスはまだまだ余裕があるのか笑みが浮かんだままだ。まぁ、かといって現状で瞬に余裕が無いかというとそういうわけでもないので、これは単に両者の性格の差というところだろう。そうして動いたのは、瞬だった。
「おぉおおお!」
雄叫びと共に地面を蹴った瞬が炎を槍に宿して、猛烈な勢いでグレイスへと突貫を仕掛ける。グレイスの次の行動は彼にも読めている。ならば、それごと突き抜くつもりだった。それに対してグレイスは先も言った通り、真正面から叩き潰すのが彼女の流儀だ。この点では、両者性格は似通っていた。
「……おぉ!」
雄叫びを上げながら突っ込んでくる瞬に対して、グレイスは一瞬だけ。それでも瞬と比べ物にならないほどに重圧の籠もった雄叫びを上げる。そうして彼女の両手剣に猛火が宿り、逆袈裟に切り払いを放った。それは空間を焼き尽くす地獄の業火。無策に突っ込めば骨も残らない。が、こうするだろうというのは瞬もまたわかっていたからこそ、彼は槍に炎を宿していた。
「おぉおおおお!」
逆袈裟懸けに放たれた炎の斬撃に突っ込む瞬間。瞬は腹に力を込めて突進する。そうして炎の槍と炎の斬撃が衝突。グレイスの業火を巻き取るように瞬の炎が迸る。
「ぐっ!」
やはり手加減されていてもこの威力か。瞬はグレイスの放った業火に顔を顰める。彼は直接触れて業火を鎮圧しようとしているのに、それでなお押し込まれそうになるほどの力だった。そうして僅かに押された瞬であったが、まるで炎をも消し飛ばすつもりと言わんばかりの大音声を上げて力を振り絞る。
「おぉおおおお!」
びりびりびり。周囲に魔力の乗った雄叫びが響き渡る。それは拮抗状態にあった炎の槍と炎の斬撃の最後の一押しとなるには十分だった。
「はっ」
抜けた。瞬は自身の槍の穂先が炎の斬撃を通り抜けた事を業火の中で知覚する。そうして一度穿けば、あとは消えるだけだ。そうして一瞬で炎の斬撃を抜けたわけであるが、その先には当然グレイスがまるで舞踏会にでも立っているかのように優雅に、それでなおかき消されぬ苛烈さを滲ませて待ち構えていた。
「なるほど。よくやった」
「っ」
これ以上は進んではいけない。瞬は直感的にそれを理解する。そんな彼にグレイスは両手剣の腹をトントンと叩きながら、笑った。
「正解だ、瞬。それ以上は私の間合いだ。今のお前では立ち入れんよ……どうする?」
「……どうするもこうするもないかと」
「だな……ならば来い」
今の状態で立ち入れないのであれば、更に上の状態となるまで。瞬が<<雷炎武・禁式>>の使用を決めるとグレイスもそれを良しと認める。少なくとも自身の間合いで戦ってやるだけの気概は認めたというわけである。とはいえそこに響いた声で、この模擬戦は終わりを迎える事になった。
「そこまで!」
「何だ……もう終わりか」
「悪いな……オレらに声が掛かった。今日の調整に参加してくれないか、って」
「そうか」
シンフォニア王国から来た彼らはあくまでも客人だ。だが同時に七竜の同盟を構築する重要な同盟国でもある。そして今回の結婚式では最も格式と伝統のある手法で行われるため、七竜の同盟各国の使者の中でも特にシンフォニア王国の騎士は重要な立ち位置に置かれる事になっていたそうだ。
「何かするのか?」
「いや、単に立ち位置とかの調整や確認だ。流石に練習が必要な儀式になるのはレジディア王国としても避けたい事だからな。まぁ、それでも古くからの伝統に則るとシンフォニア王国の協力も欠かせない。勿論、『黒き森』やら何やらからは大神官を筆頭にした神官達が来ていたり、としているから七竜の同盟各国は全部重要な役割を持つ」
瞬の問いかけにカイトは少しだけ苦笑を滲ませながらも自分達の役割を語る。といっても、その中でもカイトはレックスと双肩を為す英雄と言われているのだ。実は彼だけは別枠として扱われていた。
「というわけで、今日からは練習は無いが……てかまぁ、レックスも今日からは面会謝絶だしな」
「そうなのか?」
「ああ……ああ、あいつ言ってなかったのか。今日から……正確には今日の朝日が昇る瞬間からあいつは水霊の儀? とかなんとか言われる儀式に出ないといけなくなるらしい。結婚式の直前までな」
「今日からということは……3日……前日に出てくるとしても2日も掛かるのか。どんな儀式なんだ?」
「知らん……が、あいつ曰く簡単に言えば水風呂とかなんとか」
「? 沐浴……みたいな感じ……か?」
沐浴というのは赤ちゃんの入浴を指す事もあるが、ここでは水で身体を清めるある種の宗教的な儀式の事だ。というわけで瞬の言葉に、カイトも頷いた。
「そんなんじゃね? オレも知らねぇよ。やったことないんだし……ただもっとざっぷり入るらしい。頭まで沈むとか言ってたし。あと飯も食えないとかなんとか」
「ふーん……ご飯もか」
カイトも瞬も興味が無いわけではないが、同時にそこまで突っ込んで調べたいほど興味があったわけでもないらしい。
「団長。それは良いが、呼ばれているのではなかったか?」
「あっと、そうだった。ああ、そうだ。折角だから瞬も来いよ」
「大丈夫なのか?」
「オレ達も立ち位置の確認や簡単な打ち合わせだし、客には事前に立ち位置とか説明される事になってるって聞いてる。多分今日明日から順番に呼ばれる事にはなる……結婚式で自分達の場所が分からないで右往左往されても向こうも困るだろ?」
「それはそうか」
今回はレジディア王国が肝いりで進めている婚礼の儀だ。そして来ている来賓の数もかなり膨大で、事前に入念な調整が必須だった。というわけで瞬はカイトに連れられ、彼らと共に大聖堂へと再度向かう事になるのだった。
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