第3239話 はるかな過去編 ――酒席――
『方舟の地』と呼ばれる超古代文明の遺跡における異変を解決しようやくたどり着いていたセレスティアの故国レジディア王国の王都レジディア。そこではレックスの結婚式に向けて国を挙げての準備が進められている最中であった。
そんな中でソラや瞬達はレックスの客人として扱われつつ、後の世においてカイトやレックス同様に八英傑と呼ばれる事になるアイクやフラウら、そして王都レジディアの冒険者を統率するゴルディアスという騎士にして冒険者という稀有な肩書を持つ者たちとの会合を重ねていた。
そうして王都レジディアでの日々を過ごしていたある日。結婚式まで後数日となったタイミングで一同はレックスに請われて、『王家の谷』と呼ばれる地に住まう聖獣に会う旅路に同行。そこでレジディア王家の初代レジディアの娘に付き従ったという聖獣と出会う事になっていた。
「そうかそうか! それでそのエネフィアなる世界にのう……全く。魔族共も困ったもんじゃ。一度ならず二度も退けられ、三度目を狙うとは。いい加減始末を付けねばならぬのじゃろうがのう。ふぅむ……レックスがおっても遅々として進まぬのであれば何か殊更な事情があろうかのう」
「殊更の事情ですか……俺からすればカイトや他の皆が居る限り、やれない事はないと思うんですがね」
「そうじゃのう……」
そこらを考えればセレスティアという直系の中の直系とも言うべき少女の中にカイトの匂いもヒメアの匂いもしないのは些か不思議だ。聖獣はレックスの言葉に口には出さなかったもののそう思う。とはいえ、思った以上は別口で常々思っていた事を口にした。
「で、ヒメア」
「はい?」
「カイトとまぐわいはしたのか? いい加減お主らの子が見たいんじゃが」
「ぼふっ! なななななな! ままままま!」
カイトとレックスがお気に入りな聖獣であるが、同時に遠い未来まで他の八英傑達も匂いを覚えるぐらいには気に入っていた。というわけで飲んでいたお酒を吹き出して顔を真っ赤に染めるヒメアに、聖獣はいたずらっぽい顔を浮かべる。
「なんじゃ。人の子の一生なぞ短い。立場なぞ気にするお主でもあるまいに。さっさとまぐわえば良かろう」
「せ、聖獣様。ヒメア様は他国の姫ですから。そういった事は何卒」
「なんじゃ、問題あるまい。愛する男とまぐわうなぞ……獣の妾が言う事ではないやもしれんが、人とて獣よ。時に獣欲に身を任せる事も重要じゃぞ」
いくら酒席で酒も入っているとはいえ、流石にそうも開けっ広げに言う事ではないだろう。レックスのお目付け役のメイドも流石に僅かに顔を赤く染めながら、聖獣に待ったを掛ける。が、滅多な事では人の来ない聖獣だ。立場もあって止められる者はいなかった。が、それすら上回り止められる人物が一人居た。
「やめい」
「あいたっ!」
「人様の主人になに言っとるんじゃ」
「いたたたた……お主なぁ。あれほどの器量の良い女じゃ。抱いてみたいなぞ思うじゃろう」
「当人の前でそれを言うな。後姫様にも立場ってもんがあるんだろ、立場ってもんが」
「お主は気にせんのにのう」
かんらかんらかんら。呆れた様子で首を振るカイトに、聖獣は楽しげに笑う。まぁ、後に大精霊さえ対等に扱えるこの男だ。そして本来は龍神の末裔たる彼なので、聖獣だろうと臆せず物を申す事が出来たようだ。
「気にするなと言ったの誰だよ……」
「妾じゃな」
慣れた様子で自分に接するカイトに、聖獣は機嫌よく笑っていた。なお、これは良いのかという所であるが、良いどころかこれが彼の役目である所があった。
先の通りレックスは性根と昔から見知っているが故に一個人に対する対等な対応はどうしても出来ず、結果カイト一人がこういう役目を負う事になっていたそうだ。
それを問題視する者がいなかったわけではないが、それについては聖獣が黙らせたらしい。未来のカイトが幻獣だろうと何だろうと対等に接するのは、この影響があるのかもしれなかった。
「そこらは良いじゃろうて。兎にも角にもまぐわ、あいたっ!」
「だからやめい!」
何度目だろうなぁ、このやり取り。レックスは楽しげに笑いながら、そう思う。そうして宴席の夜は更けていくのだった。
さて一同が『王家の谷』に到着して数時間。最初から言われていた通り、聖獣の話はとどまる所を知らなかった。が、それも無理のない事でこの性格でこのほとんど墓しかない場所の留まっているというのだ。色々と興味は尽きなかったのだろう。
「なるほど。統一王朝を再興させたか……確かにいつまでもこのままで良いとは思えぬが。それに言えば恨みつらみをなくすなぞも百年……いや、もっと掛かろうて。それを考えれば、お主らの代では到底無理じゃろうなぁ」
「そう差し向けたのが魔族でも、流したのも人なら流させたのも人……ですか」
「そういう事じゃな。罪を憎んで人を憎まずとは頭で分かれど、心は納得しまい。こればかりは永き時を経てなんとかせねばなるまい。お主らも、焦ってはいかんぞ。心の傷ばかりは如何とも出来んからのう」
「はい」
聖獣らしい言葉を口にする聖獣に、レックスは素直に頷いた。というわけでそんな聖獣の様子を横目に見ながら、少し離れた場所に居たカイトに瞬が問いかける。
「何を見ているんだ?」
「ん? ああ……王家の墓をな。ま、墓所と言うがここには魂が集まってくるわけでもない」
「見えるのか?」
「魂か?」
「ああ」
未来のカイトは死神の力を宿すが故に、死者の魂を視る事が出来るという。だが、それはあくまでも未来の彼のお話で、この世界の彼がどうなのかはわからなかった。
「まぁ、薄っすらとだが視える事は視える。それを呼び出せたり操ったりなんかは出来ないけどな」
「そうなのか……で、この墓所にはいないと」
「いないな。それは……聖獣様もわかっているだろう」
うっかり名前で呼びそうになったな。瞬は一瞬だけ言い淀んだ様子の彼にそう思う。結局聖獣は自らの名を名乗っていないのだ。それなのに自分が言うのはどうかと思ったようだ。
「なら何を見ていたんだ?」
「んー……魔力の流れみたいなものか。聖獣様がここに居るのはそこらがわかるから、という事が大きい。世界の魔力の流れがやはり視える」
「なるほど……何か異変がやはりありそうなのか?」
「わからん……が、確かに薄いような印象があるのはまた事実だ」
「ふむ……」
自分にはわからないが、鋭敏な感覚を持つカイトにはそういうものがわかるのかもしれない。瞬はカイトの言葉にそう思う。と、そんな彼らに声が掛けられた。
「カイト! 仕事なぞ後にして、こっちに来んか! というか、今のお主の仕事は妾の相手じゃぞ!」
「あいあい……はぁ。戻るぞ」
それはそうといえばそれはそうなんだが。カイトは聖獣の言葉にため息を吐く。そうして、この日は日がな一日聖獣の話につきあわされる事になるのだった。
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