第3238話 はるかな過去編 ――聖獣――
『方舟の地』と呼ばれる超古代文明の遺跡における異変を解決しようやくたどり着いていたセレスティアの故国レジディア王国の王都レジディア。そこではレックスの結婚式に向けて国を挙げての準備が進められている最中であった。
そんな中でソラや瞬達はレックスの客人として扱われつつ、後の世においてカイトやレックス同様に八英傑と呼ばれる事になるアイクやフラウら、そして王都レジディアの冒険者を統率するゴルディアスという騎士にして冒険者という稀有な肩書を持つ者たちとの会合を重ねていた。
そうして王都レジディアでの日々を過ごしていたある日。結婚式まで後数日となったタイミングで、一同はレックスに請われて『王家の谷』と呼ばれる地に住まう聖獣に会う旅路に同行する事になっていた。
「さて……小生意気な小僧が小生意気なりに一端の王族として振る舞う間に聞いておこう。お主、未来の者じゃな?」
「ご明察です」
「やはりか……さて、これは何やら厄介な話になっていそうじゃのう」
隠す必要は無いだろう。そう理解したセレスティアの様子に、聖獣は険しい顔を浮かべていた。そんな彼女に、セレスティアは問いかける。
「ですが何故おわかりになられたのですか?」
「うん? ああ、先に言うたじゃろ。最初はまさか妾の知らぬ内に子でも拵えて来たかと思うた、とな。お主の身体からはあれとベルの匂いが混ざった匂いがしておる。まさか妾がのんびりしておる間に子を拵えた挙げ句長く姿を見せなんだか、と驚いたもんじゃ」
「は、はぁ……」
「ああ、普通は分からぬよ。現に妾もあれかあの小僧共の匂いでなければわかりはせん。レイマールのも覚えとらんわ。あの小僧共の匂いは分かりやすい。その匂いが混じっておるんじゃ。そうも思おう」
聖獣と呼ばれる領域の生物にはそんな事がわかるのか。そう思い思わず慄くセレスティアに、聖獣は笑いながら首を振る。事実他の未来の世界とこの世界でセレスティアが出会う幻獣達のほぼ全てが、レックスの匂いが混じっていなければ納得はしなかったが、その彼かカイトの匂いでなければわかりもしないだろうと笑うぐらいには薄いものだったらしい。逆に言えばそれだけあの二人との日々は色濃く残るものというわけであった。
「ま、そんな塩梅でのう。そうなるともはや答えは必然、未来から来たという他あるまい……色々とおかしな点はあるが。まぁ、それは横に置いて……ふぅむ。面白い匂いじゃの」
くんくんくん。聖獣は猫が匂いを嗅ぐように鼻を鳴らして、セレスティアの匂いを嗅ぐ。
「面白い、ですか?」
「うむ……いくら妾でも未来の者の匂いなぞ嗅いだ事はない。色々と違うものが見えるもんじゃ。何もかもが異なるわけではないが。洗練されている物もあれば、失われてしまったものもある。実に面白い」
色々と気になる事が無いわけではないが、それもひっくるめて面白い。聖獣は風に乗って届くレックスやカイトの匂いを嗅ぎながら、改めてセレスティアの匂いを確かめる。
「ま、色々と気にはなるが……それを確かめるのは無粋というものじゃろう。何も問わぬ事にしよう。む。あちらも終わったか。ほれ、お主も詣でてこい。こういう面白い事は起きぬからの。少し驚かせてやると良い」
「それは……良いのでしょうか」
「知らん。所詮は死者じゃ……じゃが、ま。あれは喜んでくれるじゃろう」
少し困ったように笑うセレスティアに、聖獣は先程からあれと言う時には決まって見る一番古い墓を見ながら告げる。これが、セレスティアが先に語った聖獣を従えた初代レジディアの娘のお墓というわけなのだろう。そしてそれはセレスティアは当然知っていた。
「そうでしょうか……では、折角ですので」
「うむ、そうせいそうせい。で、挨拶が終わったら堅苦しい話はなしとして宴席に興ずるとしよう」
「はい」
折角の申し出だし、他ならぬ聖獣が詣でろと言うのだ。レックスでさえ否やが無い以上、セレスティアにも否やはなかった。というわけでレックスに続いてセレスティアは墓所の入り口手前側中央にある慰霊碑に向けて歩いていくのだった。
さてセレスティアが王族としての墓参りを終わらせた後。一同はというと聖獣の住処である大きなお屋敷に入っていた。が、そこでカイトとレックスは小首を傾げる事になっていた。
「……聖獣様。一つ良いですか?」
「なんじゃ」
「何故ここなんですか?」
一同が案内されたのは普段宴席が行われる広間ではなく、王族やらに依頼がされたり逆に王族から何か依頼がある場合に使われる会談の間とでも言うべき部屋であった。というわけでまたぞろ面倒事か、とカイトもレックスも渋い顔だった。が、そんなレックスの問いかけに聖獣の方が顔を顰める。
「何故とはまた不思議な事を言うのう。妾に用事があるのはお主らの方であろう」
「はい? いえ、ですが今日の来意は婚礼の儀ですので……特にこれといってお話は」
「何を言っておる。あのおてんば娘からこの世界に起きておる異変は聞いておろう」
「「「おてんば娘?」」」
何の話だろうか。カイトやレックスを含めた全員が何がなんだかさっぱり理解出来ず、オウム返しに問いかける。これに、聖獣もおおよそを察したらしい。盛大にため息を吐いた。
「なるほど。あやつめ……なぁんにも言っておらなんだか。かつてこの世界に起きた事象の混濁という異変については聞いたか?」
「開祖マクダウェルが人知れず解決したという異変ですね」
「然り……その時、妾もお主らが開祖マクダウェルと呼ぶ者に協力した。いや、より正確に言えば妾も、じゃがな」
おそらく知られていないだけや多くの逸話の中に消えてしまっただけなのだろうが、開祖マクダウェルの旅路は今のカイトやレックス達のように多くの仲間に恵まれた旅路だったのだろう。それを思い出した様子の聖獣は懐かしげに笑う。というわけで目を細めた聖獣であるが、そうであるが故にため息を吐いた。
「それは良かろう。兎にも角にも妾も協力したわけであるが、異変の匂いのようなものは妾が嗅ぎ当てられる。これでも聖獣であるが故な……待て。そう言えば聞いた事がなかったのでつい知っておる前提で話を進めておるが、妾が何故聖獣と呼ばれておるか理解しておるか?」
「? 聖獣様は聖獣様では?」
「それは単にお主らがそう呼ぶだけじゃ。そも妾が如何なる存在であるか、という点じゃ」
レックスの返答に、聖獣は改めて自らの存在についての理解度を問いかける。これにレックスが自分の知る所を口にした。
「初代陛下の御子の一人。白桃の姫に付き従い、彼女の死後はこの地を守られる聖獣となられた、と」
「それは間違いではないが……やれやれ。人の子の時が流れるのは早すぎて困る」
どこまでかは分からないが、少なくとも昔は知られていた事であったらしい。レックスでさえ知らないらしい話に、聖獣がため息混じりに首を振る。
「妾は世界のシステムを管理する者の端末……のようなものじゃ。世界に起きた異変を正す神の端くれ……ではないが。ある世界では世界龍。ある世界では糺す者……またある世界では古龍。そう呼ばれる者と繋がり、世界の異変を正す者」
「「「あー」」」
「「「何?」」」
古龍。その名が出た途端なるほどと理解した様子のソラ達に、カイト達は驚きを浮かべる。そしてこれに、聖獣もソラ達は古龍を知っていると理解した。
「知っておる様子じゃな、その様子じゃと」
「ええ……エネフィア……俺達の居た世界には古龍がいました」
「大本か! これは驚いた……そのエネフィアがどこの世界かは分からぬが、まさかそのような縁があるとはのう……早い話が妾はその眷属、というようなものじゃ」
まさか古龍が居た世界から来ていたとは。そんな様子で驚きを露わにする聖獣であるが、その眷属と言われてソラ達も理解出来たらしい。そしてそんな話を聞いて、ソラがはたと思い出した。
「あ!」
「どうした?」
「そう言えばカイトから聞いた事があったんです。何故古龍がここに居て、全部の世界の異変を修正したりする事が出来るのか、って。そこで端末や眷属をいろんな世界に放っていて、その端末から寄せられた情報を元に対処している……とかなんとか言ってたんです」
「ほぉ……この小僧がよくもまぁ、そうも賢くなったもんじゃ」
「バカですいませんね」
完全に正解だ。ソラの返答に驚きながらも認める聖獣の言葉に、カイトが拗ねたようにそっぽを向く。とはいえ、そういう事だったらしい。
「拗ねるな拗ねるな……とどのつまり、そういうことじゃ。世界の異変は大精霊や我らの祖たる古龍が修正するのであるが、全ての世界を管理するには大精霊のように基本は全てに存在し、存在せぬという曖昧になるか、妾らのような眷属を放ち情報を集めるかするしかない。そのどちらが優れておるかは答えが出せぬ故、古龍は眷属を放ち。大精霊達は存在し存在せぬ存在となった」
「大精霊様達の方が優れているのでは?」
「人の目にはそう見えような……が、大精霊達が動く事がどういう事かはわかるじゃろう。天変地異じゃ。故に世界に影響を与えにくい、という意味であれば古龍のやり方の方が優れておろう」
ソラの指摘に、聖獣は笑いながら本当にそうかと問いかける。というわけでどちらもを採用する事で、必要に応じて協力出来るようにしたのであった。
「ま、そー言うても。古龍ほどの力は妾らにはない。妾が保護されたのとて、そも先代の個体が『方舟の地』の文明が崩壊した折りに死んだ事であるが故にな。多少幻獣共より強いのと、その時が来れば祖たる古龍達から力を借りられるというぐらいじゃ」
「それ……十分ものすごい強いんじゃないですか……?」
「ははは。古龍を知ればぶっ飛び具合はわかろうが……あそこまでぶっ飛んではおらぬと思え。あくまでも常識的な範囲じゃ」
ソラの言葉に対して、聖獣は楽しげに笑う。古龍達であれば厄災種さえ片手前に滅ぼせるのだ。流石にそこまでの領域は無いとて、それでもとてつもない強さである事に間違いはなさそうであった。
「敢えて言うのであれば、幻獣の上位互換という所かのう。故に妾は幻獣より更に上として、聖獣と呼ばれておるわけじゃ」
「な、なるほど……それでは今回の一件については」
「うむ。聖獣としての仕事として請け負おう……という話じゃったんじゃが。あのおてんば娘め。妾の仕事についてなぁんにも語っとらんかったな?」
相変わらずいい加減な所があるヤツじゃ。この様子だと聖獣はスイレリアとは長い付き合いだろう。スイレリアの大神官としての顔ではない素顔を知っている様子で、盛大に呆れ返っていた。
「まぁ良いわ。後で妾も王都へ向かう故、その時に文句の一つでも言えば良かろうて」
「来てくださるのですか?」
「仕事があるからの。出ねばならぬ以上、出るしかあるまい」
王都レジディアに聖獣が顔を出すなぞ滅多にある事ではない。ただでさえそうなのに、レックスの婚礼の儀のタイミングで顔を出すというのだ。これは誰も意図したものではなかったが、ある意味ではレックスが正当な後継者である事を決定付けるものと言って過言ではなかっただろう。
「ま、そういうわけでじゃ。とりあえずあのおてんば娘……今は『黒き森』の大神官なぞしておる者から聞いておる話を話せ。協力はするがどう協力するかは話し合わねばなるまいて」
「わかりました」
これは誰もが想定していなかったが、幸いにも聖獣もまた協力してくれる事になったらしい。というわけで一同は当初の予定から大幅に変更し、暫くの間聖獣にスイレリアが手に入れた情報を共有する事になるのだった。
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