第3237話 はるかな過去編 ――聖獣――
『方舟の地』での一件を終えてたどり着いたセレスティアの故国レジディア王国の王都レジディア。そこではレックスの結婚式に向けて、国を挙げて準備が行われている最中であった。
そんな中で一同はレックスの客人として王城で丁重にもてなされる事になっていたわけであるが、結婚式が後数日まで迫ったある日の事。カイトの来訪を受けていた所に彼を目的としてレックスが現れ、彼と共に『王家の谷』と呼ばれる歴代王族の墓がある地まで彼と共に赴く事になっていた。
「なんか……霧が立ち込めていたからもっと陰鬱としてるのかと思ったんっすけど。全然そんな事なかったっすね」
「外のあれは霧を応用した結界だよ。この『王家の谷』全域を覆うように濃密な霧が発生しているから、逆に中は霧が立ち込めないんだ」
「へー……」
そういう事も出来るのか。ソラは内部に入ると周囲を満たしていた霧なぞどこにも無いかのような様子で温暖な気候が保たれている『王家の谷』を観察しながらそう思う。
ここでは肌寒かった外とは違い常春の気候という所で、石畳の通路の脇には小川が流れ幻想的な草花が生い茂っていた。更に少し離れた所には木々が見えていたのだが、その木々には若干傾斜が見受けられここが谷である事がわかるような地形だった。というわけで感心した様子のソラを横目に、レックスがセレスティアに問いかける。
「ここは流石に変わらないだろう?」
「ええ……何も一切」
何か違いがあるとするのなら、生い茂る草花が少し違うぐらいだろう。が、その違いとて季節の移り変わりがある限りは当然の事だ。というわけで何も変わらない様子の『王家の谷』に僅かな安堵を浮かべる両者であるが、そうこうしていると石畳の通路も終わりを迎える頃だったようだ。
「見えてきたな」
「あれは……屋敷?」
「ああ。聖獣様のお屋敷だ。あの裏手に、歴代王族のお墓がある。まぁ、個々の物に一つ一つお参りしてると何時まで経っても終わらないから、俺が詣でるのは慰霊碑……初代陛下の墓だけだけどな。その初代陛下の墓も個別にあるから中身は何も無い形だけの物けど」
かつては一つ一つに詣でていた事もあったらしい。レックスは段々と近づいてくる屋敷を遠目に見ながら、その更に先にあるというお墓を思い出していた。というわけでもはやどれだけ多いかわからないほどの数の墓があるらしい墓所の様子を思い浮かべながら、瞬が呟いた。
「その手入れを、聖獣様がなさっていると」
「いや、してないって聞いてる」
「え?」
『しとらんのう。あれの墓の手入れは流石に妾がやるが、それ以外の妾がよく知りもせぬ者の墓まで手入れはせんぞ。それは墓守の仕事であって妾の仕事ではないからの』
「あ、そ、そうなんですか……」
この『王家の谷』を守護しているというのだから墓守に近いものなのだろう。そう思っていた瞬やその他一同――これまたセレスティアとイミナ除く――であったが、どうやら実際にはそういうわけではなかったらしい。というわけでそんな聖獣に呆気にとられながらも進み続けること暫く。一同は遂に聖獣の住まうお屋敷にたどり着く。
「ここが聖獣様のお屋敷……ん?」
『……』
「「「っ」」」
あまりに強大な存在。数多の幻獣とも格の違う聖獣の存在を、一同は感じ取りその気配のする方向を仰ぎ見る。そうして一同が屋敷の屋上を見ると、そこには金色に輝く一体の雌獅子がまるで一同を見下ろすかの如く雄大な姿勢で立っていた。そんな雌獅子がにかっと笑って口を開いた。
『よぉ来たのぉ』
「何やってるんですか、聖獣様。そんな威厳たっぷり……いつもそんな事しないでしょ」
どうやら威圧感たっぷりな様子もレックスにはどこ吹く風だったようだ。まぁ、彼やカイトにとってみればこんな相手はごまんと相手にしてきたのだろう。ただただ呆れ返るだけであった。そしてどうやら、レックスの指摘は正しかったらしい。威厳たっぷりだった聖獣から威圧感が取り払われて人懐っこい笑みが浮かび上がる。
『いや、こーいうのは最初が肝心なんじゃ。よっと』
十数メートルほどの高さから飛び降りたというのに、聖獣の着地はほぼ音もしない軽やかなものであった。そしてどうやら満足したのか、金色の雌獅子の身体が金色に光り輝き人のそれへと形を変える。そうして現れるのは、年の頃は十代半ばを少し過ぎた頃の金髪碧眼の美少女であった。
「改めて。よぉ来たの、若き人の子らよ。何ぞ縁あってこの地で聖獣なぞ呼ばれている者じゃ。名前もあるがのう。呼ぶのはどこぞの小僧一人ぐらいなものじゃ。ま、お主らも聖獣だのレジディアの雌獅子だの、好きに呼ぶが良い」
どうやらどこぞの小僧とはカイトだったらしい。聖獣の視線がカイトの方へと向けられる。とはいえ、そんな彼とて外では聖獣と呼んでいるので、一応は礼儀を弁えている。あくまでここでのお話であった。
なお、レックスは流石に幼少期から聖獣様と呼んでいるので、今更呼び方を変えるに変えられないようで、彼も聖獣と呼ぶのであった。というわけでそんな彼がかしこまった様子で跪く。
「聖獣様」
「うむ。そうじゃの。確かに親しき仲にも礼儀ありと言う。おおよそは知っておるが、申せ」
「は……私レックスが婚礼の儀を行う事となりましたため、王家の盟約と制約に従い聖獣様と歴代王族にお目通りをしたく参上致しました」
「良かろう……まぁ、妾への目通りはこの通り済んでおるがの」
かんらかんら。聖獣はレックスの申し入れに対して上機嫌に笑う。どうやら聖獣と言われているものの、かなり気さくな人物らしかった。そんな様子に、一同もこれは確かにここに押し止める事はかなりのストレスになるのだろうと察するには十分だった。
「ま、とりあえず……何はともあれ祖先に報告してからにするのが礼儀であろうな。ついて参れ」
「ありがとうございます」
一応お目付け役もいるし、今回ばかりは自身の結婚式だ。レックスも王族としての作法を守る事にしたようだ。というわけで一同はそれに従って王家の墓が並ぶ墓所までついて行くのであるが、流石に墓所の中までは入れないらしかった。
「皆様はこちらでお待ち下さい。これよりは王家の墓となります故」
「あ、わかりました」
当然といえば当然か。いくら客人として招かれていようと、王家の墓であろうとある意味では私人の墓だ。なので全くの無関係な彼らが入って良いとは思えなかった。と、そんなわけでお目付け役もこの場で待つ事になっていたらしくそれと共に停止した一同であるが、そこに聖獣の声が響く。
「そこな赤髪の少女は良かろう。というよりついて参れ」
「私ですか?」
「分からぬわけがなかろう。ま、最初は婚礼の儀の挨拶かと思えば子まで拵えてきたかと仰天したがの。おおよそは察しておる」
もしかしたら未来で自分が出会った聖獣様は全てを察しながら敢えて黙っていただけだったのかもしれない。セレスティアは自身がレジディア王家に属する姫である事を見通している様子の霊獣に対してそう思う。というわけでセレスティアは遠い未来のレジディア王家の姫として更に先に進む事になるのだった。
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