第3233話 はるかな過去編 ――冥界と神界――
『方舟の地』での一件を片付けてたどり着いたセレスティアの故国レジディア王国の王都レジディア。そこではレックスの結婚式に向けて色々な場所から使者達が集まってきていた。
そんな中、結婚式を取り仕切るスイレリアと再会したソラや瞬達であったが、それをきっかけとしてこの世界に情報の抹消という謎の現象が起きている事を知らされる。
というわけでそれについての会議を行っていたレイマールやロレインから呼び出された一同はその特殊性からカイトと共に事態の解決への最後の一手となるべく協力を要請され、その対価として武器防具の修繕・強化を受けられる事になっていた。そうしてフラウからソラと瞬がそれぞれの武器の修繕と強化にはそれぞれ神界と冥界に渡って素材を入手せねばならない事を教えられる事となり、二人はそれぞれ同行する事になる相手から話を聞く事になっていた。
「なるほど……いや、確かに未来のお前からもコーチからも冥界と言ってもそこまでぶっ飛んだ話になるわけではないとは聞いていたが……本当に俺でも行けるんだな」
「当たり前だ。確かに魂の行き着く先なんで安易に行けるってわけでもないが。今の瞬ぐらいの実力があれば無理じゃあない」
「無理じゃあない、か」
無理ではないであって簡単に行って帰ってくる事が出来るわけではない。瞬はカイトの言葉の裏に潜む意味を正確に理解し笑う。これに、カイトもまた笑った。
「そりゃな……冥界の魔物は強い。神話だなんだで冥界に行って帰ってくる事が偉業として語られるぐらいの事はあるんだ。まぁ、偉業として語られるにしても結構多いからあんまり偉業っぽさは無いけどさ」
「そういえば……確かに思えば冥界に行って帰ってきたという逸話は多いな。どれもこれも名の有る神様や英雄だったから不思議はなかったが」
「卵が先か、鶏が先かの話だな。戻ってきたからこそ英雄なのか、英雄だからこそ戻ってこれたのか」
「なるほど。確かに」
カイトが冥界に行って戻ってきたとて、おそらく人々は英雄――彼は勇者だが――なのだから当然と思うだろう。が、これが逆に名も無い戦士が行って戻ってきたのだとしたら、偉業として褒め称えられるだろう。英雄だから成せて当然なのか、為せるからこそ英雄なのか。そのどちらなのかは、誰にもわからなかった。というわけでカイトの指摘に道理を見て笑った瞬であったが、改めて気を引き締める。
「だが冥界か……何か気をつける事はあるか? いや、魔物が強いというのは横にして、だ。それは当たり前の話だからな」
「そうだな……ああ、精神的にも道中結構キツい所があるから気をしっかり持て」
「……一応聞きたいんだが。もしかしてカタコンベのような、とかあるのか?」
「カタコンベ……ああ、地下墳墓か。いや、流石にあのレベルでおどろおどろしい事はない。まだマシだ……え? 行った事あんの?」
「依頼でな」
「……そか」
さも平然と返した瞬に、カイトは僅かに顔を顰めながらそれを受け入れる。かくいうカイトも何度かカタコンベには赴いた事があるが、あまり行きたいものではないというのが素直な感想だ。こうして平然としていられる――無論瞬とて嫌は嫌だし怖いは怖いので聞いたわけだが――瞬に少しだけ驚いていた。
「まぁ、流石に冥府はお墓じゃないからな。カタコンベのようにゾンビが溢れかえったり、ってのはない。が、途中暗闇が酷すぎて迂闊に乗り込んだヤツが精神を病んだってのはよく聞く。その点、オレ達は『黒き森』で鍛えられているからな」
「なるほど……あれは確かに気を病むな……ん? もしかして……」
「お……察しが良いな。その通り」
話していてはたと何かに気付いた様子の瞬に、カイトは我が意を得たりというような顔を浮かべる。そんな彼に、瞬がなるほどと納得する。
「ということはやはりあの『黒き森』で使うランタンは冥界で使うためのものだった、というわけか」
「そ。それが大本にあったらしい。それがエルフ達の手によって使い勝手が改良され、今のようなランタンになったってわけ。元々は冥府の守り人が使う篝火だったそうだ。それが使い難い、って冥府の守り人に依頼されて出来たのがランタンってわけだそうだ」
「つ、使い難い……いや、冥府の守り人も人だとはわかるんだが」
頭では理解出来ても、感情的にそれを理解し辛い。瞬は冥府の守り人とやらが改良を依頼した経緯に思わず苦笑する。これにカイトもまた笑った。
「あはははは。そうだな……ま、冥府の守り人と言っても一人じゃない。何人か居る中の一人、だと思ってやれ。その一人がまぁ面白いヤツなんだけどな」
「知り合いなのか?」
「そりゃ何回かはお邪魔してるからな。グレイスと仲が良いんだ、これが」
「そうなのか? 冥界の住人とあの人だと相性が悪そうなものだが」
「だろ? でも真逆でさ。スカーレット家主催のパーティとかに出ては来客仰天させて二人で笑ってるぐらいには仲良いぞ。時々会ってるとも聞いてるしな」
「……」
ああ、どうやらこの世界のカイトの仲間も結局カイトの仲間らしい。瞬は自身の師の師に似た女傑じみた性格を有するグレイスが有する意外なのかそうでもないのかという一面を聞いて、思わず呆気にとられる。
「いや、まぁ……それなら安心は安心か。おどろおどろしく陰湿だったりするとどうしようかと思うが」
「そういうのも居るは居るらしいがな。元々オレもサルファの紹介でそいつと会って、それ以降の付き合いだから冥界に渡った際は基本そいつが応対してくれる……いや、他のヤツだと揉めるから冥府の神からお前の客だからお前が相手しろ、って言われてるそうなんだけど」
「お前の方が昔なじみなのか?」
「ああ。一度目の侵攻の際、石化を解く術を探してレックスと一緒にな。こっちの神話にそういうのがあって、その英雄が冥界に渡ったって逸話があるんだ」
「へー……」
先にもカイトが言っていたが、英雄譚の中では冥界へ渡ったという逸話は珍しいものではない。それはこの世界でも同様だったらしく、その英雄譚の一つを知っていたレックスの提案により冥界へと渡ったそうである。というわけでそこからも冥界について注意事項を聞く瞬の一方。それを横目にソラもレックスから神界の話を聞いていた。
「懐かしいなー。あの当時はマジでガクブルだったんだよなー」
「そうなんっすか?」
「そりゃ初の冥界だから正直ウキウキ気分で向かったぞ? でもマジで怖いのなんの。もう一歩歩く度に骨が割れる音がするのとか、マジで何なのこれ状態。で、下みたら骸骨が敷き詰められてて……」
「うわぁ……」
それは怖い。ソラは楽しげに過去を語るレックスに顔を顰める。ちなみに、レックスは意図的に語っていないのだが実はこの骨の割れる音であるが人骨や動物の骨ではなく、人の持つそういう冥界のイメージが形を持った結果そう見えるだけ――しかもおどろおどろしく語る当人達は暫くしてそれに気づいて平然と踏み荒らして遊んでいた――らしかった。というわけで過去を楽しげかつおどろおどろしい様子で語るレックスであるが、暫くして気を取り直した。
「っと、話が逸れたな……こっちの神界だが、神界ってのは結構名ばかりだ」
「そうなんっすか?」
「そ……流石に神界つって東の果てにある龍神達の地に向かうのは時間も掛かり過ぎる……神界だった場所、って言っても良いかもな」
「だった場所?」
そんなものがあるのだろうか。レックスの語る話にソラが小首を傾げる。そんな彼に、レックスが更に教えてくれた。
「ああ……この間『方舟の地』に行っただろ? その時代の神々が有していた神界だ」
「あ、なるほど……」
「何か知ってるのか?」
「あ、うっす。実はエネフィアにも古代文明ってのがあって、その神様も居たんですけど……その文明が崩壊して神様もただ一人を除いて休眠? 状態になっちまったらしくて。もしその一人も含めて全員倒れてたらそういう事になってたのかなぁ、って」
「ああ、なるほど……そういうことだな。こっちの文明は神様が全員倒れちまったって話だ。まぁ、東の龍神達は知ってるみたいだけどな」
どうやら今回自分達が向かうのはカイト達が時折話に出す東の龍神達とは全く別物だったらしい。ソラはレックスの言葉でそれを理解する。そうしてそんな彼はそういえば、と一応告げる事にした。
「あ、俺の<<偉大なる太陽>>はその神様の物っす」
「そうなのか……じゃあ、こっちに来る事になったのもある種の縁なのかもな」
「かもしれないっすね……ああ、それで注意点はさっきの『銀の山』から行くって事で良いんっすか?」
「ああ……一応大昔にはまだ色々な所から行けたそうなんだが……今は『銀の山』の頂上からしか行けない。いや、行き方がわからない、って話なんだが」
ぼりぼり。レックスは困ったように笑いながら、ソラに事の次第を告げる。そしてそういうわけなのでかなり標高の高い山を登らねばならないらしく、登山の準備は必須というのが彼の言葉であった。と、そんな彼がはたと思い出してソラへと告げる。
「あ、そうだ。そういうわけだから大地の端から落ちるとヤバいんだけど……飛空術使えるんだよな?」
「一応。戦闘で使うには少し怖い所もありますけど」
「それで十分だ。が、落ちたら登ってくるの大変だから気を付けろよ」
「うっす」
どうやら色々とこちらはこちらで注意するべき点は多そうだな。ソラはレックスの語る神界に対してそう思う。とはいえ、幸いな事に<<偉大なる太陽>>は神剣だ。
異世界であれ元神界ならばある程度の神気はあるだろう、というのが<<偉大なる太陽>>の言葉で地の利は得られそうであった。というわけで二人はそれから暫くの間、カイトとレックスから冥界と神界についての講釈を受けるのだった。
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