第3231話 はるかな過去編 ――修繕と強化――
『方舟の地』と呼ばれる超古代文明の遺跡での一件を終えてたどり着いたセレスティアの故国レジディア王国の王都レジディア。そこでソラや瞬達を待っていたのは、かつてのカイトやレックスと同じく後に八英傑と呼ばれる八人の英雄となる人魚族の青年アイクやドワーフ族の棟梁の娘フラウ。王都レジディアの冒険者を統率するゴルディアスという騎士にして冒険者という稀有な肩書を持つ者たちであった。
そんな彼らとの会合を重ねていたわけであるが、その最中。再会したスイレリアからの情報により一同はこの世界に謎の現象が起きつつある事を知る事となり、それへの協力を要請される事になっていた。
というわけで、その対策会議の翌日。一同には手付金代わりとして、フラウが武器と防具の修繕をしてくれる事になっていた。が、その前に。そもそもの問題があった。
「……めいふ」
「……しんかい」
「「……」」
それはそうなるだろう。他の面々とは別に呼び出されたソラも瞬も出された単語二つに、揃って無垢な子供が見知らぬ単語を聞いた様な顔を浮かべる。なお、めいふは冥府。しんかいは深海、ではなく冥府の対極とも言える神界だ。それはこうもなるだろう。というわけで言葉を失う二人に、フラウは告げた。
「そりゃそうだろう。まぁまさか瞬が冥府、冥界に対してソラの小僧は神界の宝剣とはね。ウチの親父も大爆笑だ……この通りね」
「だっははははは! いや、本当になぁ! あの小僧が未来で従えたってぇヤツだ! どんなもんだと思っちゃいたが! だははははは! まるで向こう見ずな武器を手にしやがるもんだ!」
ばんばんばんっ。フラウの横に居た大柄なドワーフ族の男性が笑い上戸のように豪快に笑いながら膝を叩く。なお、大柄といってもドワーフ族としては大柄という程度で背丈は瞬程度だが、横幅は瞬とソラが並んでようやくという恰幅の良さだった。無論太っているのではなく、筋肉である。そしてそんな彼に見合っただけの声量はあり、笑っているだけなのに周囲の紙が吹き飛ぶほどの力が迸っていた。
「はぁ、おもしれ……ま、未来の小僧もこんな事態は想定してねぇってんだろうが。相変わらず面倒見が良いってか」
「まぁ、こっちのカイトのヤツは負い目ってのがあるんだろ。拾われた子だからこそ、ってな」
「まぁなぁ……捨て子じゃねぇんだから気にしちゃなんねぇだろうがねぇ」
「だねぇ」
やはりここらはドワーフ族だからこそだろう。憚られるような話題でも開けっ広げだった。まぁ、これに関しては当人以外全員がそうだろうと思っているので隠す必要もさほどなかったことも多かっただろう。
「っと、そりゃ良い。とりあえず親父とアタシでそいつらは修繕しよう……あ、ソラの小僧の方の鎧は流石にノワールに言ってくれ。ちょっと業腹だがね」
「それ、私じゃないと変に捉えるよー」
「あっははははは。いや、マジで腹立たしいね。そいつ作ったのが同じドワーフだなんて……ちっ。そいつが未来のアタシじゃないってんだ。マジで業腹モンだ」
やはり同じ職人。そして同じドワーフ族。そして同じドワーフ族の何より女だからだろう。フラウもソラ専用に拵えられた魔導鎧の性能には思わず舌を巻き、自分より上の腕前――あくまで魔導鎧の製造に関してだが――に地団駄を踏んでいたのであった。
「そんな凄いんですか、この鎧。いや、凄いのはわかってるんですけど」
「凄いもなにも、こいつはある種の芸術品だ。ダメだね、これ。アタシが下手に手を出したら繊細に調整されたバランスが崩れちまう。外側はなんとか出来るけどね。内側は駄目だ。アタシなんてひよっこが手を出して良いもんじゃない。正直エルフ達の手が加わってる、って言われた方が納得する」
「あ、多分加わってると思います」
「加わってるんかい……だがそりゃ納得だ。やれやれ……こんなの見せられちゃ、流石に私も諦めもする。まぁ、良いや。こんなの修繕出来るのはノワールだけだね。細かすぎてやってらんないよ……てわけで任せるんだけど」
よせよせ。フラウは自分の手に負えないと判断したソラの魔導鎧の内部の修繕に関してはノワールに任せる事にして、机の端に寄せる。
「で、こっち……とりあえずこいつらだ」
空いたスペースに置かれるのは、ソラと瞬のそれぞれの相棒だ。先程から何度も出されている冥界と神界の素材でなければ強化どころか修繕も出来ない魔槍と神剣。その二つについての話なのだが、これがどうしても厄介な話になってきていたのである。
「さて……まぁ、まずはこっちの神剣様。こいつ……いや、話は聞いてるんだ。言わないでおくんだが」
こんな見事な一振りを劣悪な保存状態で置いておくなんて。鍛冶師からするとへそで茶を沸かすレベルの出来事であるが、英雄が自らの命を犠牲にして成し遂げたのだ。フラウも別世界の英雄の最後のあがきを貶す事が出来るわけがなかった。が、だからこそ残念でしかなかった。
「はぁ……こいつの本当の力だが、残念な事にいくらアタシでも無理だ。いや、そりゃそうな話なんだが」
「と、言うと?」
「この世界にはこいつに力を授けている相手がいない。だから神器としての本当の力は開放させられない……が、流石にそう言って投げ出すのは無責任ってか、流石にアタシの沽券に関わる」
「……え? もしかして何か手があったんですか?」
この世界に来た折りに、ソラは<<偉大なる太陽>>から力は半分程度にまで低下してしまっている上、戻りつつある力もこれ以上戻る事はないと聞かされていた。そして本当の力を戻す事は出来ない事に間違いはないらしいが、別方面からの対応が出来ないわけではないらしかった。
「ああ……親父」
「おう……『銀の山』の奥深くに流れる溶岩は神々が武器を鍛える時にも使うほどにすげぇ力を秘めてるもんでな。そいつを使って刀身を熱して、更に神々の大地にある『太陽の石』があれば、そいつの力をある程度戻してやる事が出来る」
「なるほど……」
そして『銀の山』のドワーフ達、その中でも『銀の山』の棟梁とその娘フラウの腕は神々の鍛冶師にも劣らない。神々にも匹敵する腕を持つ鍛冶師が神々が使う素材を使えば、神々の武器の修繕は出来るというのは筋が通っているだろう。というわけでそこに道理を見たソラが問いかける。
「で、その『太陽の石』ってのは?」
「ねぇよ。そいつらをお前らで用立てろってのが今回お前らを呼んだ理由だ」
「え゛」
そこは用意してくれているもんじゃないのか。ソラは『銀の山』の棟梁の言葉に思わず顔を引きつらせる。そんな彼を横目に、瞬がおおよそを察したようだ。
「ということは……もしかして」
「そういうこったね。お前さんの槍を鍛えようとすると冥界の素材……それも冥界に住まう魔物の素材が必要だ。こいつはまぁ、出回らない。冥界だから当然だけどね……こっちはもう行って来いっていうしかない」
「おぉ、そうだそうだ。瞬の小僧は防具も冥界素材に替えた方が良いな。武器との相性が上がる」
「なるほど……どうせなら一緒に狩った方が良いですしね」
「そういうこった。お前さんは話が早いね」
絶句して言葉を失ったソラに対して、瞬はどこか新たな旅路に向けた期待感が滲んでいた。それにフラウも上機嫌に笑う。とはいえ、流石に父娘も二人に行って来いと行って行けるわけがないというのはわかっていた。
「あっははははは。ま、そう言ってもだ。流石にお前さんらだけで、ってのは無理はわかってる……てなわけで」
「俺らの出番ってわけだ」
「レックスさん? それにカイトも」
「よう」
いつの間に。話している間にやって来ていたらしいカイトとレックスに、ソラも瞬も首を傾げる。というわけで、そんな彼らに今度はレックスが教えてくれた。
「今魔族達が占拠している『北の要塞』に向けて攻略する計画があるんだが……いや、計画なんて昔からあるけどよ。でもまぁ、そいつを行おうとすると武器も防具も必要だ。でもまぁ……俺らの武器と防具だ。どれもこれも素材が貴重な物ばっかりでさ」
「そ……アタシらが『太陽の石』やらを持ってないのも、こいつらに供給してるからなんだ。例えばグレイスの両手剣。あれには『太陽の石』が使われているし、鍛えるのも修繕するのも『銀の山』の溶岩が欠かせない」
「「なるほど……」」
考えれば当たり前の話だった。ソラも瞬もカイトとレックスの率いる騎士団にエネフィアの<<無冠の部隊>>よろしく技術も素材も希少なものが使われている事は当然だと理解する。そしてそういうわけなので、希少な素材は優先して二つの騎士団に供給されるため、備蓄が無いのであった。
「で、強化するには必要になるなら……まぁ、悲しいかな俺達が自分で取りに行かないと行けないってわけ」
「「あー……」」
神界にせよ冥界にせよ、明らかに並の冒険者では無理だろうし、兵士を出すのも難しい。上級の冒険者達なら可能だろうが、今度は量を持ち帰れないだろう。
結果、安定して確保出来るだろう二つの騎士団がそれぞれ分担して確保。それぞれで供給し合うのであった。というわけで納得と理解をした二人に、今度はカイトが告げる。
「てな具合でな……オレの所は冥界へ。レックスの所が神界へ向かうんだ」
「なんでその割り振り?」
「近いからな……ってなわけで、そっちも二手に分かれて行動する準備をしておいてくれ。結婚式の後、少ししたら出ようと思う。構成に関してはフラウから助言を受けて決めてくれ」
「あ、俺らだけじゃないの?」
「他の奴らの武器もそれぞれ強化しとかないと駄目だろう? それぞれ必要な素材が違うからね。必要な方へ向かって取りに行く。当たり前だろ」
ソラの言葉にフラウが道理を説く。というわけで、ソラ達は自分達の武器の修繕・強化に向けてそれぞれ必要な地へと赴く準備に取り掛かる事になるのだった。
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