第3222話 はるかな過去編 ――銀の山の王女――
『方舟の地』と呼ばれる超古代文明の遺跡で起きた異変を解決し、遂にたどり着いたセレスティアの故国レジディア王国の王都レジディア。そこではレックスの結婚式に向け、王都全域がお祭り騒ぎの状況だった。
様々な国や地域からの使者達が押し寄せる中、瞬達はレックスの客人として王城にて結婚式までの日々を過ごす事になっていた。そんな中で後に八英傑となる人魚族の青年アイクや王都レジディアの冒険者を統括するゴルディアスという冒険者にして騎士という稀有な経歴を持つ戦士らとの会合を重ねていた。
そんな瞬であったが、ゴルディアスの要請を受ける形で訪れた王城の一角にある倉庫で出会ったのは、『銀の山』を治めるドワーフ達の長の娘にして、カイトやレックスと同じく後に八英傑と呼ばれる八人の英雄の一人となるフラウというドワーフの少女であった。
「で、こいつらが例の戦士というか冒険者というか、ねぇ……若いな。いや、確か未来のあんたも若いんだったか?」
「知らんよ。曰く年齢止まってるとかなんとかだそうだけど」
「面白いよなー、そこら。いや、確かに進化の法則から考えれば云々、だっけ?」
「進化の法則じゃなくて魂の昇格。年齢……時間という軛から解き放たれる事により神々や精霊に等しい存在となること。そして昇格した魂は肉体を変質させ神々と同じ時に左右されない肉体を手に入れる……世界の規定する人類の次の位階」
「そーだったそーだった。いや、悪い悪い」
自身の言葉に訂正を加えたノワールに、フラウは楽しげかつ豪快に笑いながら謝罪する。が、これに瞬が首を傾げる。
「魂の……昇格ですか」
「一般的ではありませんか? 肉体が魔素で構築されることにより、肉体的な加齢が起きなくなる事は?」
「それは勿論聞いた事があります。カイト……未来のカイトがそうだとも」
「そうですねー。ですが未来のお兄さんの場合、精神年齢も固定化されています。その場合、肉体の進化ではなく厳密には魂の昇格と呼びます。魂が実体を持つほどにまで魂の力を高めたというわけですね」
「はぁ……つまり魂の実体化と肉体の魔素化は別……そういう事ですか?」
どうやら厳密には肉体が魔素で構築されるのと、魂が実体を得るのはまた違うらしい。瞬はノワールの言葉に対してそんな理解をしておく。というわけでそんな彼の問いかけに、相変わらず発掘された飛空艇の部品の解析をするノワールが頷いた。
「それで大丈夫ですよー。まぁ、同じように見えますが実際には魂が上の位階に上がった方が上と考えてもらえれば」
「なるほど……確かに魂は何も変わっていないのと、魂そのものがレベルアップしたような物ならそちらの方が上なのは納得です」
「そういう事ですねー」
この理解で正解だったか。瞬はノワールの返答に内心で胸を撫で下ろす。と、そんな彼に今度はフラウが口を開いた。
「そういうこったね……で、それはそれとして。ほれ」
「はい?」
「武器だよ、武器。ノワールにも見て貰ったんだろうけど、こいつの専門は魔術。魔物の素材なら確かに分からなくもないだろうけど、それでもアタシよりは下さ」
「そうですねー。餅は餅屋と言いますが、武器の事なら鍛冶師に聞くのが一番です」
確かにフラウの言う事は尤もな事だ。瞬はフラウとノワールの言葉に納得しかなかった。というわけで一瞬だけカイトを見て問題無いか確認した後、彼は胸元からネックレスを取り出してその中に収納してある<<赤影の槍>>を取り出した。これに、フラウの顔が僅かに歪む。ただし、これは良い意味だ。
「へぇ……未来のカイトの仲間でしかも真面目そうな小僧だ、ってんだからどんな真面目な武器を持ってるかと思えば……こいつは……魔槍か。こいつは面白い。しかも使っている素材は……こいつぁ……マジか。あんたの力量でこいつを扱うとはね。正気の沙汰じゃない……が、服従している……将来性は生半可なもんじゃないな。貸してみな」
「どうぞ」
どうやらこのフラウという人物は一目で、この<<赤影の槍>>が尋常ではない力を有している事を理解したらしい。ならば大丈夫だろうと瞬は素直に彼女へと<<赤影の槍>>を手渡す。そんな彼女が手に取った瞬間、<<赤影の槍>>から赤黒い殺意が溢れ出す。が、これに。フラウは楽しげだった。
「っと……暴れるなよ、じゃじゃ馬。アタシがその程度で殺せると思うか?」
「すごい……気迫だけで……」
<<赤影の槍>>は確かに瞬に服従している。が、それはあくまで彼の将来性やその身に宿る圧倒的な強者の存在などを見て取ったからこそで、気を抜けば主人さえ喰い殺そうとするような力が宿っている。
それを上手く利用する事が<<赤影の槍>>を使う上で重要な事とは瞬の言葉であるが、その殺意をフラウは気迫だけでねじ伏せたのである。というわけで驚愕に包まれる瞬に、フラウが笑った。
「おいおい……アタシは鍛冶師だ。鍛冶師が武器に舐められちゃおしまいだ」
<<赤影の槍>>の殺意をねじ伏せたフラウであるが、楽しげに笑いながら確かめるように数度<<赤影の槍>>を振るう。そうして数度振るった後、彼女は<<赤影の槍>>に力を込める。
「良いね、良い槍だ。簡素で原始的な拵えだが……そうであるが故に造り手の技量が試される。こいつを作ったのは専門の職人じゃないね。ただし、こいつと似た拵えの得物と数千年に渡って渡り歩いたと見た」
「すごいですね……正解です。そいつはコーチ……俺のお師匠様みたいな人が自身の槍を模して作ってくださったものです。本当は俺にくださるつもりはなかったんですが……俺が偶然というかなんというか、ねじ伏せられたんで頂く事が出来たんです」
「へぇ……そのお師匠様とやらはさぞ名のある英傑だろうね」
「ええ……一つの神話で主人公として語られるほどの大英雄です。その魔槍は彼のお師匠様……数多の英雄を育て上げた方から下賜された物です。それをコーチが武器をよく知るための練習として作った……だそうです」
「その英雄、ぜひ会ってみたいね。間違いなく良い英雄……いや、大英雄だ」
自らが命を預ける武器を熟知し、模倣出来る領域にまでなったというのだ。そんな戦士をフラウは馬鹿にすることなぞ出来るわけがなかった。というわけで未来の大英雄への掛け値なしの称賛を口にした彼女は満足げに<<赤影の槍>>を瞬へと返却する。
「そいつは良い武器だ……いや、良い武器になる。じゃじゃ馬娘だが、育てば掛け値なしにあんたにとって命綱になってくれるだろう。決して手放さないようにな」
「勿論そのつもりです」
なにせ敬愛するコーチがいくら意図していなくても手ずから作った物なのだ。無碍にするつもりなぞ瞬には微塵もなかった。
「ただまぁ、そいつはちょっと曲者過ぎるね。ノワール。あんたこいつの修繕、どうするつもりだったんだ?」
「とりあえずは時間の巻き戻しで対応しておこうかなー、とか思ってました」
「あんたらしいね。まぁ、あんたなら出来るか」
こんなとんでもない武器に対してそんなとんでもない方法で修繕出来るのは後にも先にもノワールだけだろう。フラウは自分にも出来ない芸当を平然としてしまえる彼女に少しだけ呆れるように笑う。とはいえ、それはあくまでも彼女には真っ当な方法での修繕が出来ないからこその裏技だ。
「やっぱり難しいんですか? エネフィアの方々もこれは、とか仰られていましたが」
「まぁね……あんたこの<<赤影の槍>>? とか言うのの詳細、どれぐらい聞いてる?」
「そこまで詳しくは……コーチ曰く、自身の武器がどういうものかを自分で調べて理解するのも戦士の務めとか、一応、素材はすべて『影の国』と呼ばれる所で取れた物を使っているとは聞いています」
「なるほど。素材から学ばせるか。良い方針といえば良い方針だね」
戦士と武器は不可分だ。なればこそ自身の武器がどういう構造でどういう素材を使っているかというのは熟知しておかねばならず、クー・フーリンも基本的な所は教えたものの素材の詳細や拵えの詳細は教えていなかったのだ。そんな指導方針にフラウも納得は見せたものの、同時に困った様子もあった。
「だがそれは万が一の時にサポート出来る体制が整っているとわかっているからこその方針だね。誰かそいつについて詳しいヤツが近くに居たのか?」
「あ、それはカイト……未来のカイトが詳しいとかで、困った時には彼に聞けと。あ、言い忘れていたんですが、コーチとは兄弟弟子の関係らしくて。コーチが弟子入りした方にカイトも弟子入りして、体術と魔術を学んでいるそうです」
「へー」
「って、あんたも聞いてなかったのか」
「いや、未来の自分について流石にそんな詳しく聞いた所で意味ねぇしな。更に言えば世界達の干渉が無い所を見ると、聞いた所でどうせ覚えちゃいないんだろう」
おいおい、という様子のフラウにカイトは楽しげに笑う。基本やはり未来の彼と似たような性格だからなのか、興味のないことはとことん興味がない様子だった。
「ふーん……まぁ、良いや。とりあえずその槍に使われている素材全部。冥府の素材だ」
「だそうですね」
「知ってたってわけか……あんた、真面目そうに見えて大概狂ってるねぇ」
やはりカイトの仲間というわけか。真面目そうに見えて一癖どころか何癖もあるだろう魔槍を相棒にした瞬にフラウは上機嫌に笑う。
「そいつの修繕をするのなら、冥府の素材が必要になるね。そいつを手に入れるのはかなり苦労するが……良いよ、手に入れられたらアタシに言いな。そいつの修繕と強化が出来るのはウチの連中ぐらいだ。本来一見さんお断りだが、特別にあんたらの武器は請け負ってやるよ」
「ありがとうございます……ん? 強化?」
「出来るよ、強化。そいつはあくまであんたのお師匠様の大英雄が拵えただけの武器だ。素材は同じ。拵えも同じでもまだまだ子供。あんたと同じく、そいつはまだまだ成長出来る」
「こいつが、成長……」
まだ使いこなせてさえいないのに、それでさえまだひよこと言うような状態らしい。瞬はそれを知って思わず目を見開く。そんな彼に、フラウが楽しげに問いかけた。
「怖くなったかい?」
「……いえ。それどころかうかうかしていられない、と思うばかりです」
「良い意気だ。頑張んなよ。その子に喰い殺されないようにね」
未熟者ながらもこんなじゃじゃ馬を飼いならそうとする戦士だ。必ずそう言うだろう。フラウは何十人、何百人もの戦士を見てきていればこそそう理解するには十分だったようだ。これに瞬は気合を入れて頷いた。
「はい」
「良し……で、次。そっちのお姫様だ。あんたの武器は?」
「はい……こちらです」
「……」
セレスティアから提供された武器を見て、フラウが思わず言葉を失う。瞬の<<赤影の槍>>は魔槍。想像の域は出ない。が、この大剣は概念武装。大剣という概念が形となったものだ。これには流石にフラウも仰天するしかなかった。というわけで眼を見開いた彼女が、セレスティアに問いかける。
「あんた、これどこで……」
「少し故あって、兄と慕う方から私の得物として使うようにと。元々はレックス様の武器を使っていたのですが……そちらを未来においての本来の持ち主である彼に返却したので、その代わりに彼が手にしていたこれを」
「……そうか」
そうなると手に入れた経緯やらは聞けそうになさそうか。フラウは少し残念そうだが、仕方がないと諦める。この大剣とレックスの大剣であれば間違いなくレックスの大剣の方が優れている。
更に数百年の月日で成長したレックスの大剣がどれほどかはフラウにも想像が出来なかったが、間違いなくそちらの方が優れていると言い切れた。
「こいつは概念武器。大剣という概念が形になったものだ。刃こぼれなんてまず無いね。こいつの修繕は……まぁノワールの裏技かアタシぐらいじゃないと無理だろうね。全く……未来のあんたの仲間ってのもどいつもこいつも面白い物を持ってくるもんだ」
この様子だと他の面々も面白いものを持っていそうだ。フラウは最初はカイトに頼まれただけだったので義務感のようなものでしかなかったが、二人の武器を見て自身で手掛けて良い仕事と判断したらしい。と、そんな所に。三度倉庫の扉が開かれる。
「すみませーん……カイトからこっちに来るように言われたんですけど……何処に居ますか?」
「ああ、ソラか」
「あ、先輩。あ、カイトも」
「ああ、来たか……フラウ。残りの面々も紹介しておくよ」
「ああ、呼んでたのか。助かるよ」
フラウとしてもカイトとしてもここでの顔合わせは想定していたわけではないが、どうせなら一度で済ませたいという考えは一致していたらしい。
瞬達の武器を見る傍ら、カイトが通信機を介してソラ達を呼ぶように頼んでおいたようだ。そうして急遽ではあったが、一同はフラウとの顔合わせを行う事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




