第3219話 はるかな過去編 ――偽装工作――
『方舟の地』での一件を終えて、セレスティアの故国レジディア王国が王都レジディアにたどり着いた瞬達。そんな彼らを待っていたのは、王太子レックスの結婚式に向けて大いに盛り上がる王都レジディアの民達であった。
そうして王城にてレックスの客として遇される事になった一同であるが、後にカイトやレックスと同じく八英傑と呼ばれる事になる人魚族のアイク。ドワーフ族のフラウと遭遇していた。
というわけでフラウを遠目に見て数日。瞬はカイトに呼ばれ、セレスティアと共に王都レジディアにある冒険者ギルドの支部へと足を向けていたのであるが、そこで瞬は王都レジディアの冒険者を束ねるゴルディアスという男と出会う事になる。
「なるほど……大精霊様が」
「ええ……我らを訪ねよと」
「ふぅむ……」
ぽぅ。カイトからの説明を受けて、ゴルディアスの目がわずかに黄金色に輝く。元来彼の目は碧眼だったので、おそらく魔眼の一種だと考えられた。と、そんな彼が唐突に目を見開く。
「うん?」
「何か?」
「ふむ……なるほど。大精霊様が直々にご指示を与えられるわけだ。私の眼でも彼女らの情報を読み取る事は出来そうにない」
「やはりですか」
カイトはゴルディアスの魔眼は元から想定に入っていたようだ。そしてその上で連れてきていたらしい。とはいえ、これについてはノワールがすでに推測として結論を出していたので読み取れない事も想定内だったようだ。というわけで、カイトが一つ相談を持ちかける。
「それで一つ可能かどうか、という所なのですが……偽装情報の貼り付けは出来そうですか?」
「ふむ……偽装情報か」
「偽装情報?」
一体何の話なのだろうか。おやっさんの目的としてはこちらの冒険者と足並みを揃える事もあるだろうから顔合わせをしておけ、という所だと認識していた瞬であったし事実そうだったのだが、そうであればこそカイトから出された話についていけていなかった。これに、カイトはしまったというような顔を浮かべる。
「ああ、そうか……すまん。すっかり言い忘れていた。お前らの情報なんだが、解析系の魔眼で読み取れないように情報が隠匿されているんだ。大精霊様によってな」
「そうなのか……いや、だが確かにそうか」
何度か瞬も世界側が自分達の情報をこちらの時代に残されないように注意している、という話は聞いている。その上で彼らがこの時代を訪れた結果という必要な情報は残す必要があるのだが、そこの匙加減は世界側がすることだ。
なので彼らの情報が魔眼などで抜かれて不必要に残されるのは世界側として本意ではなく、情報の読み取りが出来ないような措置がされているのであった。
そこらはわからないでも世界に不用意に情報を残せない事は、『方舟の地』での一件で瞬も直感的に理解出来ていたようだ。カイトの言葉に納得を示していた。
「ああ……だがそのままだと今度は面倒が引き起こされる事になっちまう。だから上から情報を貼り付けられないか、というのをゴルディアスさんに相談したかったんだ」
「そうだったのか……あ、すみません。自分からもお願いできないでしょうか」
「あはははは。なるほど。冒険者にしておくには惜しい礼儀正しい青年だ……いや、逆か。冒険者としてそのままで居て欲しい、か」
教養のない若い冒険者には年上や目上の相手に対してタメ口というのも珍しくない。頼み込むのに頭を下げる事を知らない者とて居るのだ。素直に頭を下げ敬語を使えるというのはそれだけでゴルディアスとしては好印象だったようだ。というわけで頭を下げた瞬に、ゴルディアスは快諾を示す。
「勿論、良いとも。何よりカイトの頼みだし、君達が殿下の客人である事は私も息子から聞いている。ただどうしたものか、という所はあるね。サルファ殿下やノワール殿はなんと?」
「例の件で彼女らも動きが取り難いという所ですね」
「そうか。あれか……こちらは送るだけだからイマイチ理解は出来ないが……おそらく困難は極めているのだろうね」
二人が思い浮かべていたのは、超古代の飛空艇の再生計画だ。これは当然だがレジディア王国でも一部の限られた者しか全容を知らないのであるが、その一部の限られた者の中にゴルディアスは居るのであった。
「なるほど。それで私にお鉢が回る、というわけか。アルダートのヤツ、苦手だからなぁ」
「あははは……」
やはり誰でも得手不得手というものはある。こういう魔導具や隠蔽工作に関わる事に関してはおやっさんよりゴルディアスの方が長けているのであった。
「……数日くれないか? 方策は思い浮かんだのだが、それが出来そうかは話をしてみないことにはどうする事も出来そうにない」
「勿論です……どうにせよまだ日にちはありますし」
「ああ、そうだったね」
どうにせよ瞬達はレックスの結婚式が終わらない限り、シンフォニア王国へは戻れないのだ。数日時間が掛かった所で問題はなかった。というわけで瞬の返答に頷いたゴルディアスであったが、そこで一つ問いかける。
「そうだ……全く話は変わるが良いかね?」
「ええ、勿論」
「君は鬼族だね。魔眼では見えなかったが、魔力にはその匂いがある。髪色と良い、東の出身かね?」
「ええ、まぁ……似たようなものです」
先にゴルディアスの妻は東の地方の出身で、娘のキンレンカはそれ故に髪色が黒だとカイトから説明があった。というわけでゴルディアスは一つ瞬に持ちかける。
「やはりそうか。名前の語感なども妻に似ていたからね。そうではないかと思ったんだ」
「はぁ……それでそれが何か?」
「ああ……実は再来月妻の誕生日があってね。今回の礼……というわけでもないのだが、一つ探して欲しい物があるんだ。無論君達以外にも頼んでいるから、君達が見付けられないでも良いのだけどね」
「どこまでお力になれるかはわかりませんが……聞くぐらいなら」
「ありがとう。それで良いとも」
瞬の返答にゴルディアスが一つ頷いた。そうして彼は一枚の写真を取り出す。そこには一人の長い髪の女性が仲間らしい冒険者達と共に飲み交わしている様子が写っており、その中の一人にはゴルディアスも居た。
「これは……宴会ですか?」
「ああ。私が妻と出会った時に飲み交わした時なんだが……その時の依頼は新型の写真機のテストの護衛だったんだ。その依頼の完了に際しての宴会だったんだが……その時のお酒を探していてね。銘柄は龍殺しというらしいのだが……私も聞いた事がなくてね。妻もどこで手に入れたかまるっきり覚えていないらしい。色々聞いてはいるのだが……どうにも見つからなくてね」
「はぁ……ですがそれならこの酒場かその時の関係者を探せば良いのでは?」
ゴルディアスの説明に対して、瞬は至極当然な事を口にする。が、これにゴルディアスが苦笑した。
「いや、実はこれが困った事にこの酒は妻が東の国で手に入れてこっちに持ってきた物の一つらしくてね。酷く気に入ってまた手に入れようと妻も手を尽くしたのだが……結局今に至るまで手に入らずじまいだ。それでこれはまぁ……なんというかなのだが。私と妻が出会って今年で丁度30年でね。それを祝してぜひこれで祝い酒といきたいのだよ」
「なるほど……」
この話の流れを鑑みるに、ゴルディアスの妻は他にも幾つかの酒を故郷の味と持ってきていたようだ。が、それ故に金に糸目をつけないで手に入れた酒も幾つかあったようで、高いからと手に入れた物もあったらしい。
「それで、レジディア王国の知り合いには声を掛けたのだが……あまり成果は上がっていなくてね。それならシンフォニア王国の君達にも、と思ったのだ」
「わかりました。それなら戻ってからになってしまいますが、大丈夫ですか?」
「勿論だ。さっきも言った通り、レジディアで成果が上がらないからというわけだからね」
瞬の返答にゴルディアスが一つ快諾を示す。そうしてお互いに依頼を請け負う事として、その日の会談は終わりとなるのだった。




