第3213話 はるかな過去編 ――指針――
『方舟の地』と呼ばれるセレスティアの世界に存在する超古代文明の遺跡。その遺跡に発生した異変をカイト達と共に解決したソラ達であったが、一同はその後セレスティアの故国レジディア王国の王都レジディアへと足を踏み入れていた。
というわけで遂にたどり着いた王都レジディアにて出会ったのは、カイトと同じく後に八英傑の一人として名を残すことになるアイクという偉丈夫であった。そんな彼との話し合いをしていたわけであるが、そこにウンディーネが顕現していた。
「さて……それで。まずは異変を一つ解決出来たようですね」
「異変? それってこの間の『方舟の地』の事っすか?」
「ええ。あれはこの時代で起きねばならない時の異変の一つ。あれが起きたからこそ、ある事象が起きる事に……いえ、起こせる事になる」
どうやら『方舟の地』というのは自分達が未来に戻るのに必要な出来事の一つだったらしい。ソラは自身の問いかけに答えるウンディーネの言葉にそう理解する。そんな言葉に、カイトが問いかけた。
「ある事象……ですか?」
「ええ。未来の……はるか遠き未来の貴方にとって重要な事象です。より正確にはある事象を起こせないように出来る、という事なのですが」
「と、言いますと……彼らの来訪が何かこの世界にとって良くない事態を未然に防ぐことが出来るようになった、と」
「ええ。それが何か。何故起こせなくなるか、は明かせませんが……彼らの来訪により、その防衛システムを組み込む事が出来るようになる」
ウンディーネが思い出すのは、これから先。もはや無限にも等しい時の流浪の旅だ。あれはソラ達の時と同期する彼女にとって過去の話。だがこの世界にとっては、未来の話だ。
『時の異常……っ! そうだ! オレ達の世界は大丈夫なのか!?』
『問題はない……かつて未来からの旅人が来た事を覚えているな』
『ああ……確かソラ達……だったか』
『そうだ。彼らの来訪により、お前の居た世界には耐性が出来た。正確には彼らが来たのはお前が異変を解決した更に先の未来の世界。その世界の情報が一部流入した事により、お前達が『方舟の地』と呼ぶ地は異変を起こした。世界の情報は双方向。あの情報が一部流れ込んだ事により、時の異常からお前の世界は強い耐性を持つ事になった』
何度か言われている事であるが、放浪の旅に出た当時のカイトは今より数年先の自身の結婚式の最中に呼び出されたのだ。愛する者たちのいる世界を離れる事を早々承諾するとは思えないだろう。
が、それを承諾する最大の要因となったのが、ソラ達が来訪した事により世界に耐性が出来た事でヒメアやレックス達は安全だという担保が得られた事だった。
そして何より、世界はヒメアが持つ世界を滅ぼす力を知っている。あれが時の異常により暴発してしまわないようにするためにも、ここでのソラ達の来訪による八英傑達の絶対的な安全の確保は必要不可欠だったのである。そうして一瞬だけ未来の事を思い出した彼女に、カイトが問いかけた。
「ですがそんなに必要なものなのですか? その防衛システムとは」
「ええ。世界とて完璧ではない。起きた異変に対する対応は可能ですが、起きた事のない異変は後手に回ってしまう。当たり前の話です」
「それは……確かにそうかもですが……」
神々より更に上。この世界すべてを正真正銘知っていると断言出来る世界達だ。その世界達さえ対応が出来ない異変とは何なのだろうか。この当時のカイトはそれを理解できず、少しだけ不承不承ながらも納得という様子だった。
「とまぁ、そういうことなので。これからも彼らの近辺では様々な異変が起きてしまいます。それらは貴方達でさえ見た事も聞いた事もないような異変の数々とはなりますが……」
「まだ起きるんっすか!?」
「大丈夫です。カイトが経験するよりは少ないですよ? ええ、全然」
「……」
うわぁ。楽しげに笑いながらある種の死刑宣告を受けるカイトに、アイクが同情の滲んだ視線を向ける。今でさえ見た事もないような事態を何度も経験するカイトだ。この更に先にはまだまだそんな事が待ち受けていると言われたようなものであった。というわけで、そんな彼にウンディーネが楽しげに笑いかける。
「そしてそういうわけですので、カイト。彼らのサポートはお願いしますね」
「御意」
「……なんか、すまん」
「……もう、良いんだ。なんか慣れてるから」
「「「……」」」
ソラの謝罪に遠い目をするカイトに、一同はこの時代もこの時代で大変そうだと思うばかりだ。とはいえ、その一端である自分達がなにかを言うのは変だろう。一同はただただ憐れむことしかできなかった。というわけでウンディーネ以外から同情の視線を受けるカイトであったが、気を取り直して問いかける。
「はぁ……えーっと……それでなにか私がせねばならぬ事はありますでしょうか」
「いえ、なにかをする事はありません。ただ時折彼らを気に掛け、必要に応じて彼らを守り共に戦って貰えれば」
「今と同じ、と」
「そうですね」
つまり普通に生きているだけで良いということか。カイトはウンディーネの言葉にそう思う。というわけでひとまずカイトへと指針と今後についてを少しだけ語った彼女であるが、そんな彼女にふとアイクが問いかけた。
「水の大精霊様……一つ伺って良いでしょうか」
「なんです?」
「何故顕現される事が出来たのですか? 祖先より伝わる<<海神の槍>>にそのような力があるとは聞いておりませんでした」
「ああ、それですか」
確かにそう思われるのも仕方がないかもしれない。元来大精霊達は確かに自由自在に顕現出来るわけであるが、それとて限度はある。その限度を超えた顕現も出来るは出来るが、色々と面倒なのであまりしたがらない。というわけで誰もが滅多なことでは顕現しないと思っているだけなのであるが、それを説明すると面倒なのでウンディーネは適当に流す事にする。
「今のカイトには未来のカイトの情報が一部上書きされています。なので『水の宝玉』と彼を繋いで顕現しているのです」
「なるほど……え?」
「え? オレの中に未来の情報……?」
それはまずくないか。カイトとアイクが揃ってカイトを見る。というわけで流石に少し顔を青ざめるカイトに、ウンディーネは告げた。
「ああ、大丈夫です……特に影響はないです。未来の力を使えるってわけでもないですし」
「は、はぁ……」
どちらかというと自分達が勝手にカイトの精神世界を間借り出来るようになっているだけだし。ウンディーネは実は密かにカイトの中に揃っている全員を思い出し、僅かな苦笑を内心で浮かべる。
そしてそういうわけなので実はやろうとすればカイトを媒介して自由自在に彼の周囲であれば顕現出来るわけであるが、流石にそれをやると色々と彼の立場がマズいのでやらないのであった。
「それはそれとして。我々の顕現には本来周囲の場が単一の力で染め上げられるほどの力が必要です……具体的に言えば聖域ですね。あれと同等かそれに匹敵する力が必要なのです。確かに私達がそういった事を行う事は出来ますが……流石にそれをしてしまうと周囲の環境が激変してしまいますからね」
「それでカイにぃが……ですがそれならあにぃも可能ではないでしょうか」
「ああ、それですか……先に述べた未来の情報が流れ込んでいるのはカイトだけ。それは何よりソラ達が会ったのが未来のカイトだけだから、という所があります。故にこの世界では我々に一切の縁を持たないレックスでは無理なのです。無論、この時代で縁を得た所で今で出来ていなければ意味がない」
「なるほど……」
それでカイにぃと一緒に居たタイミングで顕現したわけか。アイクはウンディーネの語るここで顕現した理由に納得する。
「……少し話が逸れましたね。それで、セレスティア」
「はっ」
「貴方なら、おそらく未来の世界とこちらの世界で起きる異変をすり合わせ、何が起きねばならない異変か理解出来るはずです。勿論、それは口外厳禁ですが……すでに一つぐらい心当たりがあるのでは?」
「……」
ウンディーネの言葉に、セレスティアは無言を貫く。だがその顔にはすでに僅かな険しさが滲んでおり、心当たりがある事を如実に示していた。
「何が思い当たったかは聞きませんが……それについては気にしないように。貴方達が来たから起きるのか。起きるべきだから貴方達が呼ばれたのか……それとも無関係であったとて起きてしまうのか。その答えなぞ誰にも出せる事ではありません。我らにさえ。世界達にさえ」
「……はい」
これから起きるだろう物事の一つは、とてつもない難局となる物だったらしい。険しい顔のセレスティアであったが、歴史にイフは無いのだ。居なかったら、という仮定は誰も答えられない。
ウンディーネ達大精霊でさえ、だ。というわけでおそらく同じ事を考えているのだろうセレスティアへと、ウンディーネが一つだけ助言を告げた。
「ああ、そうだ。一つだけ、貴方に助言を」
「心して」
「出来ますよ」
「はい?」
「出来ます。どれだけぶっ飛んでいようと。どれだけ不可能だと思えても。出来てしまうんですよね、これが」
「そ、それは一体……」
どうやらセレスティアにも何がなんだかさっぱりな助言だったらしい。一方のウンディーネは少し楽しげにカイトを見ていた。そんな彼であったが、はたして未来の彼自身の情報が一部入り込んでいたからか。非常に嫌な予感がしていたようだ。
「……なんでしょう」
「調子の乗って良いですよ。言わなくても調子に乗るでしょうけど」
「何がですか!?」
案の定自分関連でなにか突拍子もない事が起きるらしい。楽しげに告げられた言葉に、カイトが思わず声を大にする。
「ふふ……ではまた会いましょう。セレスティアも、その時が来たら悩まず進んでください。さっき言った通り、出来てしまうのですから」
「は、はぁ……」
何がなんだかはさっぱりであるが、ウンディーネは楽しげだ。というわけで場をかき乱すだけかき乱した後、彼女は泡沫となって消え去るのだった。
お読み頂きありがとうございました。




