第3211話 はるかな過去編 ――海を渡る者――
『方舟の地』と呼ばれるセレスティア達の世界に存在していた超古代文明の遺跡。そんな遺跡に起きた異変をカイト達と共に解決したソラ達であったが、彼らはその後。一路王都レジディアを目指して歩を進める。
そうしてたどり着いた王都レジディアにて王家の客人として逗留する事になっていた一同であったが、その最中。カイトと同じく後に八英傑と呼ばれる八人の英雄の一人として名を残すアイクに呼び出される事になっていた。というわけでどういうわけか呼び出された巨大木造戦艦の甲板で彼と一戦交える事になっていたわけであるが、結論を言ってしまえばソラ達に勝ち目なぞあるわけもなかった。
「……あの」
「んー?」
「これ卑怯じゃないっすか!?」
「どうしてー?」
最悪だ、この男。自身の問いかけに対してまるで、というよりも正しく挑発しているかのような様子で問いかけるアイクに、ソラはそう思う。まぁ、この場合楽しげに笑っているのでわかっていてやっているという所だろう。そしてそんな彼でも、兄貴分のこの男には勝てる見込みはなかった。
「あいたっ!」
「はいはい。あんま調子乗るな……この間調子こいてレックスに一撃食らってぶちのめされただろ」
「あいたたた……いや、あにぃと同じ事出来るヤツ、この世の中にどんだけいるんだよ……カイにぃ除いて」
アイクであるが、まだまだ血気盛んな若者だ。調子に乗る事はまだまだ多かったようだ。無論それに見合うだけの実力はあり、彼の言う通りカイトとレックスでなければ真正面から勝てる相手もいなかったが。
「あのな……こんなもんバカみたいに全員にぶちかましやがって」
「あいたっ!」
「はぁ……こんなあからさまなもん、カウンター叩き込んでください、つってるようなもんなんだよ。おまけにこれが全部叩き落されてみろ。その分ダメージがお前に返ってくる」
「いや……だからあんたら以外に一人で全部叩き落とすなんて芸当できねぇよ……大将軍共だって無理だぜ、それ……」
如何な技術、ではなく圧倒的な身体能力でソラ達に突きつけられていた黄金のトライデントの切っ先のすべてを自身が反応するよりも前に叩き落したカイトに、アイクが心底呆れ返る。
各自に一つひとつ突きつけられていた黄金のトライデントはすべて本物。次元や空間を歪曲させた上にそれらを複製し、全ての場所に同時に存在させるという超絶の技工を見せたのであった。
そのデメリットはカイトの述べた通り、どれか一つのダメージがそのまま本体に伸し掛かること。そして全部を同時に叩き落されれば複製した数だけダメージが蓄積されてしまうという事であった。
「まぁ、良いや。とりあえず……よっと」
そもそも論で言えばカイトの前で調子に乗った時点でこうなる事は目に見えていたようなものでもある。というわけでアイクはいつもの事と言えばいつもの事でもあったので、すぐに気を取り直す。
そうして彼が生じさせていた幻影の海が消失し、それと共に人魚の下半身が人のそれへと変貌。甲板に足を付ける。
「よいしょっと……おい、お前ら! さっさと作業戻れ! 親父が帰ってくるまでに今日の作業終わらせろよ!」
「「「へい!」」」
アイクの号令に、先程まで戦いをやんややんやとと持て囃していた――それどころか一部では賭け事まで行われていた――船乗り達が慌ただしく作業に戻っていく。こんな事はよくある事なので、どうやら誰も気にしていなかったし尾を引く事もなかったようだ。というわけで船乗り達が作業に戻っていった一方。アイクはカイトに対して改めて頭を下げた。
「まずはカイにぃ。久しぶりっす」
「おう。つってもこの間も会ったような気もすっけどな」
「まぁなぁ……ノワールのおかげであにぃとカイにぃにはよく話せるようになったし。カイにぃに至っちゃ来てくれるし」
「流石に航海中は厳しいけどな」
「そこが難点なんだよな……またノワールになんか頼んでみるかなー」
言うまでもない事であるが、この世界には地球のように現在地を確かめるGPSなぞない。そんな発想もない。通信機で連絡を取り合えても、何もない大海の上では見つけ出す事は困難を極めるのであった。
「今はやめてやれ。あいつもあいつで色々と開発忙しいからな」
「マジか」
「ああ……にしても、今回は長い船旅だったな」
「ああ……あにぃの結婚式もある、ってんでちょっと良い祝いの品を探しに出ててさ。見つけたは見つけたけど、ちょっと手こずっちまった」
「すげぇの?」
「すげぇよ、今回のは」
どこか子供が宝物を誰かに自慢するような様子で。カイトの問いかけにアイクが目を輝かせる。まぁ、今しがたソラ達を圧倒的な戦闘力で翻弄してみせた彼が手こずったというほどなのだ。相当な困難があった事が容易に想像出来た。
「そうか……なら楽しみにしてる」
「おう……で、カイにぃ達も面白い奴らを見つけたんだな」
「ああ。未来からのお客さんだ」
「……はじめまして」
どうすれば良いだろうか。アイクと偶然目があった瞬はとりあえずは、とありきたりな言葉を選んでおく。
「おう……お前ら二人が何かはわからなかったけど……なるほど。こっちの二人も未来からか」
「えらくすんなり受け入れられますね」
「当たり前だろ。俺ら、世界中の海を渡って世界中で戦ってんだ。大抵の戦士とは戦ったんだぞ。その俺らが見たことがない、って時点で大体おかしい」
これは後にカイトが教えてくれたのであるが、どうやらアイク達が甲板で模擬戦をさせるのは戦い方から相手がどこの戦士かを見極める意図があったらしい。世界中を旅する彼らだ。
よほどの奇特な技術でなければ見るなり聞くなりしているはずで、その彼らに情報が一つもない時点でおかしいと判断されたのであった。
「で、そっちの赤髪。あにぃの一族だ。そっちの女はクロードの一族……その組み合わせなんて俺はあにぃとカイにぃしか知らねぇ。んで、決め手はさっきの<<雷帝轟>>。クロードが作ってたもんだ」
「いえ、ですがあれは……その、なんと言いますか」
「ああ。短剣でやるやつ、だろ?」
「……はい。あれは確かに<<雷帝轟>>ですが、私のあれはあくまで我流で改良したものです。決して同一ではないのですが……」
アイクの指摘にイミナがはっきりと認めて頷いた。今更であるが、クロードは取り回しの良い少し短めの剣を用いた双剣士だ。そんな彼の悩みといえばやはり一撃の火力で、それを補うべく開発したのがこの<<雷帝轟>>なのであった。とはいえ、この未だ完成していない<<雷帝轟>>であるが、アイクが知っていて当然といえば当然の事情があった。
「多分未来では伝わってないんだろうな……それ、俺も協力してんだ」
「え?」
「ん? ああ、本当だぞ。そもそもオレとアイクが幼馴染って時点でクロードとも幼馴染だ。というか、あいつとアイク、タメだぞ」
「それは存じておりますが……」
そうだったのか。イミナは一族伝来の必殺技にそんな開発の経緯が存在していたとは、と驚きを露わにしていた。これはマクダウェル家が隠していたのではなく、単に失伝してしまっていただけである。というわけで、それを悟った彼女は深々と頭を下げる。
「いえ……申し訳ありませんでした」
「ああ、良いって良いって。協力してる、って言っても単に口出ししてるだけだしよ」
「は、はぁ……」
あっけらかんとしたアイクに、イミナはどう返せば良いかわからなかったようだ。困惑気味にただただ頭を下げるばかりであった。
「で、それはそれとして。カイにぃ。こっちの二人は何なんだ? 俺らが見てきたどんな国のどんな戦士の戦い方とも似てない。にしちゃぁ、何百年って月日の蓄積がある。どーしてもそれが分からなかった」
先にも言われているが、アイクが甲板で一戦交えるのは隠しきれない戦い方の癖などから相手を理解するためのものだ。そして今までの経験から色々と掴めはするが、そこから導かれる答えがどうしても納得出来なかったようだ。
「ああ、そりゃそうだろう。だからオレもレックスも意図的に伝えてなかったんだし」
「だからほんと、なんであんたらそういう時は人が悪いんだよ……」
「楽しいから」
「ったく……」
やはり幼馴染達と一緒の時はカイトの精神年齢は比較的下がるらしい。彼の方も彼の方で少年のような笑みを浮かべていた。というわけで、一同はここでようやく船室に入って普通の座談会のような場が設けられる事になるのだった。
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