第3210話 はるかな過去編 ――甲板の戦い――
『方舟の地』と呼ばれるセレスティアの世界に存在していた超古代文明の遺跡。その遺跡に起きた異変の解決を終えたソラ達は、セレスティアの故国であるレジディア王国の王都レジディアへと足を踏み入れていた。
そうして王都レジディアにたどり着いてしばらく。レックスの結婚式の予行演習を遠くに見ていた一同であったが、その最中。後の八英傑の一人であるアイクからの呼び出しを受けて、彼の乗船である『海の女王』号の甲板で一戦交える事になっていた。
「「「……」」」
水で出来た巨大な海神を浮かべるアイクを見ながら、一同はその次の行動を見守る。真正面から突っ込んだ所で勝ち目が無い事なぞ目に見えている。というより、瞬が<<鬼武者>>を使った状態で真正面から攻め込んで、まるで何事もないかのように押し返すのだ。地力が違いすぎていた。というわけで改めて八英傑の実力を垣間見て、アイクから視線を外さずイミナが瞬へと告げる。
「瞬……こちらが先手を」
「わかりました……正直、フルメンバーで来るべきでしたね」
「あはははは……今更だ」
今回、相手が後に大艦隊を指揮する事になるとあって大人数で押し掛けるのは不躾だろう、と判断。未来のこの世界の住人としてセレスティアとイミナ、未来のカイトの腹心としてソラと瞬の二人という判断を下していた。が、こんな事になるのならリィルらも連れてくるべきだったというのが、二人の素直な気持ちだった。そしてイミナの言う通り、言っても何を今更である。故に先程と同様、二人が先陣を切る。
「ふっ」
水しぶきを上げるも水の抵抗を感じない、という不思議な水の中。雷を纏ったままイミナがアイクへと肉薄する。それに、アイクは動かず背に顕現させた海神を動かした。これにイミナはセレスティアへと視線を送る。
「はぁ!」
作り物の海神が相手であるのなら、特に問題はない。セレスティアはイミナの視線を受けると同時に、大剣に魔力を宿して巨大な斬撃を放って巨大な海神の拳を切り裂く。
無論こんなものは海神の動きを一時的に阻害するに過ぎないが、それでもイミナがアイクに肉薄するには十分過ぎた。そうしてアイクを自身の射程に捉えると、イミナが腰を落とす。
「ふぅ……ふっ!」
どんっ。敢えて音を付けるのならそんな轟音が似合うだろう強烈な正拳突きが放たれる。が、しかし。放たれた拳がアイクの胴体を捉えるよりも前に、彼の姿が泡沫となって消え去った。
「そうなると思っていた!」
「はっ」
そりゃそうだろう。泡沫となった自身が次に現れた瞬間を見極めて、彼が行動に入る前に自身へと肉薄した瞬に対してアイクは楽しげに笑う。そのために敢えて札を一枚見せてやっていたのだ。これで理解出来ていないのなら、興ざめも良い所であった。そうして黄金のトライデントと瞬の槍が交わる。
「ん?」
さっきまでこいつは刀を持っていなかったか。アイクは瞬の武器が槍に変わっている事に一瞬だけ困惑する。どれだけの実力者だろうと、そして相手がどれだけ格下であろうと相手の得物が唐突に全く別物に変われば困惑もするだろう。
未来のカイトが厄介と言われる理由の一つだ。故の困惑であったが、元々の瞬の武器が槍であった事は忘れていない。故に、彼はすぐに順応する。
「ここは、水中でもあるぞ」
「!?」
自身の槍と激突した黄金のトライデントから渦巻く水流を見て、瞬が思わず瞠目する。そうして黄金のトライデントの先端から竜巻状の水流が放たれて、瞬を押し流す。が、そこまではソラも読めていた。
「先輩!」
「助かる!」
押し流されると同時に自身の背後に生ずる半透明の足場を踏みしめ、瞬は改めてアイクをしっかりと見据える。そのアイクであるが、すでに再度肉薄していたイミナが捉えていた。
「……」
「……」
大海のように澄んでいながらも深海のように底知れない物が見えるアイクの目に、イミナは豪快なアイクの性格の一部が演技である事を理解する。
何度目かになるが、彼は後に大艦隊を指揮しこの世界の海を支配するのだ。為政者や指導者としての才覚があって然るべきだろう。彼は戦いながら、自分達が何者なのかを見極めんとしていたのである。
「はぁ……」
なればこそ。イミナは後に八英傑と呼ばれる英雄に未来の自分達を失望させないために全力を出し切る事を決める。幸い、アイクは見極めるためある程度自分達の攻撃を打ち込ませようとしている様子だった。
(出せる)
今ならば、アイクは避けないだろう。イミナは余裕を見せるアイクに対して、先程同様にしっかりと腰を落とす。が、その右の拳に乗った力は先程の比較にならなかった。そうして、直後。彼女の拳が極光を宿した。
「<<雷帝轟>>」
「<<雷帝轟>>!」
ほぼ同時。しかし一瞬だけ早くアイクがイミナの放つ技の名を口にする。そうして彼女の右拳から放たれる極大の雷がそんな彼を飲み込むのであるが、すでにアイクはイミナの放った<<雷帝轟>>という一撃を泡沫となって避けていた。
「!?」
自分が何を放とうとしているか理解されていた。イミナは何年も未来に開発されたはずの技の名を口にしたアイクに瞠目する。
確かに、この技は後に雷の力を初代と同等と褒めそやされるほどに極めた未来のクロードが開発したものだ。エネフィアの術技を知っているより不思議はない。だがそれでも、発動より前に言い当てられるのはおかしいだろう。その一方。イミナの渾身の一撃を回避したアイクはというと、セレスティアを狙って移動していた。
「っ」
来た。セレスティアは眼前に移動してきたアイクを見て、呼吸を整える。狙うのは言うまでもなくカウンター。しかしこのままで成功するとは思っていない。故に、彼女は刻一刻と迫るアイクの黄金のトライデントを前にして、一切動く様子を見せなかった。
「「はぁ!」」
動きを見せないセレスティアに対して動いたのは、ソラと瞬の二人だ。ソラはセレスティアとアイクの間に割り込むように。瞬はアイクの背を狙うように肉薄する。そうして前後から迫りくる二つの刃に、アイクが笑う。
「はっ」
アイクが黄金のトライデントをまるで水が流れるが如く、軽やかに一薙する。するとそれだけで強大な水流が生じて、ソラと瞬の二人を吹き飛ばす。
「……」
さぁ、場は整えてやったぞ。敢えて姿勢を崩して、お互いの間に居たソラまで押し流してやったのだ。セレスティアがカウンターを叩き込むのであれば絶好の機会と言えた。
「ふっ」
こちらが誘われているのはセレスティアにもわかっていた。しかしそれでも、絶好の機会である事に間違いないのだ。というわけで放った斬撃であるが、これは当然アイクが泡沫となって回避する。そしてこれ自体は、セレスティアも想定内だ。想定外だったのは、この後だった。
「!?」
「はっ!」
泡沫となって消えたはずのアイクが次に現れたのは、再びセレスティアの眼前だ。そうして突きつけられる黄金のトライデントであるが、その前に雷の力を宿したイミナが割り込んだ。
「はぁああああ!」
「……」
来ると思っていた。アイクは楽しげに笑いながら、まるで未練なく尾ひれを振って急上昇する。そうしてトビウオもかくやの速度で急上昇したアイクがそのまま一同の周囲を高速で遊泳する。が、彼は攻撃を仕掛けず、ただ笑うばかりであった。
「なーるほど……カイにぃもあにぃもたちが悪いったりゃありゃしない」
どうやらこの時点で、アイクはセレスティア達の正体をおおよそ見抜いたらしい。いや、それはそうだろう。そうでもなければこの時代にはまだ完成していないはずの技の名を口にするなぞ出来るわけがないのだ。
そうしてセレスティア達が攻めあぐねる一方。ぐるぐると彼女らの周囲を泳ぎながら、アイクはどうするか考える。なお、その速度だけで竜巻が生まれているのであるが、これを無意識でやっているのだからたちが悪かった。
『終わらせたかったら終わらせて良いぞ』
「カイにぃ……そりゃねぇよ。せっかく面白い状況整えてくれたんなら、もう少し楽しませてくれよ」
カイトより数段も大柄な青年なアイクだが、カイトの言葉に対してはまるで年下の少年のような様子を見せていた。いや、実際年下なのだが、種族的にも日に焼けた肌などで年上に見られがちなのであった。
『あははは……ま、そりゃそうだが。あまりせっついてやるなよ。まだまだ原石なんだから』
「へーい」
さてどう遊んでやろうか。アイクの顔からは先程までの指揮官としての色が鳴りを潜め、楽しげに海で遊ぶ少年のようないたずらっぽい表情が浮かんでいた。そうして八英傑の一角アイクに遊ばれるがまま、一同は戦いを続けさせられる事になるのだった。
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