第3209話 はるかな過去編 ――甲板の戦い――
『方舟の地』での戦いを終えて、セレスティアの故国にして後の大陸の覇者である七竜の同盟に名を連ねるレジディア王国は王都レジディアへと足を踏み入れていたソラ達。彼らはレックスの結婚式までの日々をひとまずはレジディア王国の客として過ごしていたわけであるが、そんなある日のこと。
レックスの結婚式の予行演習を遠くに見ているたわけであるが、そこにカイトの幼馴染にして同じく後に八英傑として讃えられる事になるアイクの招きを受け、彼の相棒たる船へと向かったわけであるが、そこでどういうわけかアイクと一戦交える事になっていた。
「なんだ、これ!」
「逃れられん!?」
アイクから無限に吹き出す大量の水は、巨大な木造の戦艦の甲板の中央を満たしてなお止まらない。そうして溢れ出した大量の水が甲板から流れ落ちていくわけであるが、その大多数は物理的な法則から逃れて甲板の上をまるで海中のように水中へと沈めていく。
「っ! 全員、集合!」
「「「!」」」
こんなものに巻き込まれれば戦いもなにもあったものではない。ものの数秒で自らの腰まで浸水してしまったのを見て、ソラが全員に声を掛ける。そうして水を吹き飛ばして一同が自身の周囲に集結したと同時に、ソラは何かを説明するよりも前に総身に力を込める。
「おぉおおおお!」
ぶぅん、という音が鳴り響いたかと思えば、ソラの周囲に巨大な結界が展開される。本来ソラの役回りは仲間を守ること。俗に言う所のタンク役という所だ。というわけで自身の障壁を拡張させ、仲間を守る事も出来るのであった。そして瞬達の行動に迷いがなかったのも、それを知ればこそであった。
「「「!?」」」
だが、しかし。ここで一同が見誤っていたのは、この行動が攻撃でもなんでもないものであったという事だろう。
「止まらない!? セレス!」
「はい!」
ソラが純粋にタンク役として防御能力が高いのに対して、セレスティアは謂わばサポーターとしてそれを強化する事が本来の役割だ。故に彼女はソラの要請に応じて胸のペンダントに力を込めて、彼の結界を強化する。これが、現状一同が持てる最大の防御手段であった。
「「「!?」」」
それでも。アイクの生み出す水の浸水は止まらなかった。そうして気付けばあっという間に胸まで浸水し、ついには。
「ごぽっ!」
「ぐっ!」
正しく為すすべもなく。そんな様子で一同の顔までどっぷりと水が満たす。そうして一同はなんとか呼吸を止めるのであるが、元々結界を展開していたソラが一番最初に堪え切れなくなってしまう。
「ぐっ……あれ?」
「……ん?」
「あれ……?」
もしかして苦しくないのか。ソラが困惑気味に普通に呼吸のような動作をしたのを見て、呼吸を止めていた他の一同もまた水に見えて水ではないのかもしれないと試しに呼吸をしてみる。そして普通に呼吸が出来る事に気付いた一同に、アイクが笑う。
「水で満たして水攻めなんて、そんなつまんねぇことはしねぇよ。敵として相対するなら別だけどよ。こいつは場として海を創り出したってだけで、呼吸も動きも阻害してないぜ」
「そういえば……」
さっき結界を展開する時も水しぶきこそ上がっていたが、動きにくさはなかった。ソラはアイクの言葉に改めて思い出してみれば、と思う。そしてその横で瞬もまた屈伸してみて、普通に動ける事を確認する。
「……普通に動ける……な。雷も……出せる」
「本当……だな。不思議なものだ」
瞬の言葉に自らも雷を出してみて、水中にも関わらず水のように雷が散っていく事が無い事にイミナも驚きを露わにする。一同の感覚としては水中にいるにも関わらず、陸上と同じ様な感覚があるらしい。とはいえ、同時に普通とも違う状況もあった。
「ですが……これは泳げますね」
「そう。泳ぐ事も出来る……意味する事、わかるよな?」
楽しげに笑いながら、アイクは先程までとは違い二本の足を人魚のそれへと変貌させる。そんな様子を見て、セレスティアがこの状況が何かを理解する。
「!? これは<<在海>>!? この規模でですか!?」
「「<<在海>>?」」
驚愕に包まれるセレスティアの言葉に、ソラと瞬が揃って首を傾げる。聞いたことのない単語だったのだ。そんな二人に、イミナがさっと教えてくれた。
「<<在海>>は人魚達が陸上で使う魔術だ。それはまるで海がそこに在るかのようにしてしまう、というものだが……」
「あ、なるほど……ここまで来るのに使ってたのが……」
「ええ。伝令の人魚達が空中を移動するのに使っていたのが<<在海>>です。どこでも海を行くが如くに泳ぐ事が出来る、という上位の魔術です。が、その効力はあくまでも自身や周囲のごく一部に限られます。それをこの規模で……いえ、伝説が確かであるのなら……」
誰もが誇張と思っていた伝説がもしも真実であるのなら。セレスティアはアイクの残した伝説の一つを思い出し、思わず身震いする。が、この時代に来てカイトやレックスを見て、伝説が誇張ではなく真実かもしれないと思う彼女だ。それが誇張表現ではなく真実だと直感的に理解していた。というわけで空恐ろしいものさえ感じている彼女に、ソラが恐る恐る問いかける。
「伝説が確かなら?」
「アイク様はこの船で、ありとあらゆる所を駆け抜けたと伝えられています……つまりあの方はこの船さえ満たしてしまえるほどの規模で、そしてそれに耐えうるだけの力で<<在海>>を展開出来る、と」
「「……」」
有り得なくないか。本来ならば個人やよくて数人を泳がせるのが精一杯の高度な魔術を、この超巨大な戦艦全体に行き渡らせる事の出来るだけの力だというのだ。カイト達と並び立つという意味を理解できる一幕であった。というわけで驚愕に包まれ自身を畏怖さえ滲む目で見る一同に、今まで待ってくれていたアイクが問いかけた。
「もう良いか?」
「「「……」」」
つまりこれが単なる場を整える程度で出来る男とこれから戦わなければならないのか。一同は戦意を失う様子の無いアイクに対して言葉を失う。この時点で彼我の差は歴然なのだ。勝ち目なぞ無いに等しかった。とはいえ、諦める事を諦めるしかないのもまた事実。瞬は早々に諦めた。
「……ソラ。サポートを頼めるか? 嫌な予感しかしないんだが」
「奇遇っすね……俺も嫌な予感しかしてないっす」
「いや、ソラ。お前は全員のサポートに回ってくれ……全くの奇遇だが、私も嫌な予感しかしない」
「うっす」
今までのアイクの攻撃や動きを見るに、この現状が指し示すものは一つしかない。故に最悪の想像のはるか上があると思いながらも、とりあえず現状で考えうる最悪の状況に対応するべくソラは完全にサポートに徹する事にしたようだ。
「セレスティア様……可能な限りカウンターを狙って頂ければ」
「狙えますかね?」
「あはははは……」
セレスティアの問いかけに、イミナは水の中で乾いた笑いを浮かべる。無理としか思えなかったらしい。というわけで、彼女は再度同じ言葉を紡いだ。
「可能な限り」
「はい」
「良し……瞬。こちらも全力で行く。届くとは思えんが」
「こちらもそうします……<<鬼武者>>!」
流石にこんなとんでもない相手だ。瞬の中で見ていた酒吞童子は乗り気だったらしい。いつの間にやらやり取りを交わしていたらしい彼の姿が雷を宿す鬼の武者へと変貌する。そうしてその横でイミナもまた雷を宿して、二人が同時にアイクへと肉薄する。
その速度は、共に紫電。雷の速度だ。しかしそんな二人を待ち構えていたアイクの背に、巨大な水の海神が浮かび上がる。そうして巨大な水の海神は腕を大きく振りかぶると、攻撃を放つべくアイクの前で立ち止まった二人目掛けてそれを振り下ろす。
「「!」」
「やります!」
「助かる!」
自分達の頭上に生ずる巨大な盾に、瞬は迷いを捨ててアイクへと槍を突き付ける。が、しかし。音速をも超過する紫電の刺突はアイクの前数十センチの所で急速に減速。まるでではなく正しく激流に押し返される。
「ぐっ!」
「はぁ!」
同じく拳を押し戻されつつあったイミナであったが、そんな彼女の拳から雷が迸る。
「なっ……」
「さ……ここからが本番だ。もうちょっと楽しませてくれよ」
迸った雷さえ激流に押し流されるのを見て、イミナが絶句する。これは水のように見えて、水ではないのだ。そうして海神を背に浮かべたアイクから激流が迸り二人が押し流され、アイクの攻勢が遂に始まるのだった。
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