第3204話 はるかな過去編 ――謁見――
『方舟の地』と呼ばれるセレスティア達の世界に存在する超古代文明の遺跡。その遺跡に起きた異変の解決のため、当初の予定を変更して『方舟の地』へと赴いていたソラ達。そんな彼らはカイトらと共に異変の解決に尽力したわけであるが、それも終わりレジディア王国の王都レジディアへと足を踏み入れていた。
というわけで王都レジディアで一休みとなるはずなのであったが、ソラと瞬の二人はレックスの父にして当代のレジディア王国の国王であるレイマールに呼ばれて『水の間』と呼ばれる謁見の間へと案内されていた。
「ふむ……確かに見れば見るほど我が一族だな。レックスが一目で分かったというのも頷ける」
「ありがとうございます」
一度その姿をしっかりと見せてくれ。レイマールの要望に従ってドレス姿――この要望があったので準備時間で持ってきてくれていた――を披露したセレスティアが優雅に一礼する。
今までは巫女というか神官の雰囲気が故か王族というよりも敬虔な修道女のような雰囲気があった彼女であるが、やはり本来は王族という所なのだろう。こうしてドレスを身に纏ってみれば、きちんとした王族の高貴さが漂っていた。というわけで、カイトが素直な感想を口にした。
「こうしてみれば、確かに陛下らの血を感じさせますね」
「ははは。俺もそうだが、レジディアよりどちらかといえば統一王家の気品を感じる。血筋、ではなく生まれと育ちがあるのやもしれんがな」
セレスティアの来歴はある意味ではレックスの婚約者と似たような経歴だ。無論その立場になった理由などは色々と違うが、血筋は同じと言える。セレスティアの中にベルナデットの気配が混じっていて何ら不思議はなかっただろう。
「にしても、そうか……はるか未来か。想像も出来んな。しかもカイト。お前が転生した先の、か」
セレスティアの血筋に思い馳せていたレイマールの視線が今度はソラ達を見る。そんな彼の顔に苦笑が浮かんでいたのは、無理もない事だろう。と、そんな彼が気を取り直して二人に向けて頭を下げる。
「まずは客人にして時の異邦人よ。此度の仕儀、感謝しよう。あのような事態は我らとしても初めてだった。まぁ、その原因を聞けばなるほどと思いもし、相変わらずの精強さと笑えもするが」
「いえ……お役に立てたなら何よりです」
非公式的な場かつ協力への感謝という形ではあったが、一国の主が頭を下げたのだ。ソラはそれに対してこちらもまた頭を下げる。というわけでひとまずの社交的な挨拶が交わされた所で、レイマールが肩の力を抜く。
「うむ。にしても、未来のカイトの教えか……騎士としての彼しか知らぬ我らにとってみれば、不思議なものではあるが……」
「私達としては、そうではない彼しか知らないのでこの世界の彼が不思議でなりませんよ」
「はははは。そうであろうな……変わらぬのはその性根のみ、という所か。いや、思えば最初の戦いではレックスと共に冒険者さながらの旅をしていたか。それが長ずれば、確かにそうなったのやもしれんか」
「あははは……」
楽しげに笑うレイマールに、カイトが照れくさそうに笑う。やはりこういったやり取り一つにせよ、アルヴァのレックスに対する様子に似て親戚のおじさんのような様子が見て取れていた。というわけで照れ笑いを浮かべる彼に、レイマールも笑った。
「はははは……可能であれば是非とも見てみたくはあるが。まぁ、流石に叶わぬ願いではあるか」
なにせ未来のカイトの更にその転生した先だ。この世界単独で見ても数百年も未来の事である以上、レイマールにどうする事も出来ないのは当然の話ではあった。が、やはり未来の事を少しばかりでも教えられ、見てみたいと思うのもまた人情として当然の話とは言えただろう。
「で、そっちが……」
「はっ……クロード様の子孫でイミナ・マクダウェルと申します」
「うむ……その身に纏う尋常ならざる雷の力……確かにマクダウェルの直系に相違あるまい」
「おわかりになるのですか?」
「分からぬはずもない。これでも王よ。人よりも目は良いと自負しておるよ」
王様としての目とその血筋に宿る雷の力を見抜く目はまた別ではないのだろうか。ソラも瞬もレイマールの言葉にそう思う。とはいえ、実際何かを見抜いてはいるらしい。イミナは驚きはすれど、納得もしている様子だった。
「ま、そうは言うが実際には<<神の目>>を用いているだけなのだがな。まだ<<神の目>>に限って言えば、これより上よ……おぉ、そうだ。そう言えば<<神の目>>と言えば、セレスティアよ」
「は、はい……」
「その様子では<<神の目>>はあまり、か」
「申し訳ございません……<<神の目>>に限って言えば、レックス様の巫女が優れておりまして……」
<<神の目>>とやらがいかなる物かに関してはソラ達にはわからなかったが、これもまたレジディア王家に伝わる力の一つになるらしい。
セレスティアも実は出来てはいるらしいのだが、同じくレジディア王家の血を引くまた別の巫女の方が長けているらしかった。というわけで恥ずかしげに実情を告白した彼女に、レイマールは笑った。
「そうか……ま、この<<神の目>>は戦いとも政治ともまた違った物故な。これもあまり得意とはしておらん」
「あれは確かに便利なんだけど……難しいんだよ。父上はそこらを楽にやってしまうけど」
「はははは。戦士としては負けたが、王としてはまだまだ負けんよ」
息子に張り合うあたり、レイマールはやはり血気盛んという所なのだろう。ちなみに後に聞けばセレスティアもレックスも似たような所で躓いていたらしく、そこでもまた血の繋がりを感じさせていた。それはさておき。一頻り笑ったレイマールであるが、聞きたかったのはそこではないようだ。
「いや、すまん。<<神の目>>の話は良いのだ。所詮あんなものは奇襲を察知するのに役立つ程度に過ぎんからな」
「いえ……本質はそこにはないかと思うのですが」
「世の理を解き明かすのは学者達の務め。王の務めは別よ。役立つのは事実ではあるし、レジディアの王族から何人もの高名な学者が排出されているのは否定はせんがな。王やそれに連なる者にとってその点が重要かどうかと言われればそうではあるまい……違うか?」
「いえ。正しいお言葉かと」
「うむ」
どうやら<<神の目>>とやらは何か魔術やらを解き明かすのに本来は使える魔眼の一種だったらしい。それを確かに魔術やらの開発や世界の真理の探求には役立つが、それをするのはレイマールの言う通り学者の仕事だろう。というわけで自身の言葉に同意したセレスティアに、レイマールが本題を問いかける。
「……いや、また話が逸れてしまった。問いたいのは魔族共のことだ。現在はかつての統一王家の王都を占拠しているが。魔界について何か情報は無いか? 無論シンフォニア王国から情報は提供されているし、嘘偽りがないとも思っている。が、直に聞けばまた違った印象を得るのではと思っていてな」
「魔界……ですか」
そもそも今の魔族達は魔界からこちらの世界へと侵攻してきていると言われている。そして魔界の存在そのものはマクダウェル家の開祖たる初代マクダウェル卿の存在が実証しているようなものだ。
存在することそのものについては誰も疑ってはいなかった。いなかったのだが、その詳細は誰も知らなかったのである。
「うむ。セレスティアも知っていると思うが、魔界の情報に関しては最初の侵攻を防いだ初代マクダウェルも何も残しておらん。更に言えば彼が成し遂げたのはあくまでも撃退。魔界に攻め入り大魔王なる存在を打ち倒したとも書かれていない。我らはより詳しく、魔族についてを知らねばならん。無論、この事は俺とレックス、そしてカイト以外には口外はせん。先の一件は聞き及んでいるのでな」
「……わかりました。お答えできると思う範囲で、お答えできるなら」
レイマールの要請に対して、セレスティアは暫く考えた後に了承を示す。といってもこれについては先にシンフォニア王国でも似たような調書が取られている。どの程度なら大丈夫かというおおよその見立ては立てられていたようだ。そうして、それから暫くはこの世界に幾度となく降りかかる魔族という厄災についての話が繰り広げられる事になるのだった。
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