第3203話 はるかな過去編 ――謁見――
『方舟の地』というセレスティア達の世界に存在する超古代文明の遺跡にて起きた異変。その解決に協力したソラ達はその後、同じく『方舟の地』の異変解決に尽力したカイト達と共にセレスティアの故国であるレジディア王国の王都レジディアの地へと足を踏み入れていた。
というわけでなんだかんだカイト達と共に来た事で王城に一室用意してもらえる事になった一同であったが、レックスから来歴を聞いていた彼の父にして当代の国王であるレイマールから呼ばれて話をする事になっていた。そうして彼がカイトを呼びに行く間に話し合い立場的にもソラと瞬が赴く事になっていた。
「……今更だがもしかして、話が聞きたいから一室用立てられたの……か?」
「あー……それは有り得そうっすね……」
「やっぱりか」
普通に考えて、どこの馬の骨とも知れない旅人に王城の一室――と言っても離れに近い所だが――をあてがう事はない。そこらを考えた場合、何か裏があると考えて良いだろう。
そしてレックスの性格上、裏でこそこそと動くとも思えない。ならば、という中で一番妥当なのはこの線だった。と、そんな事を話す二人であったが、そこに笑い声が響く。
「なんだ。今更気が付いたのか」
「あ、レックスさん」
「おう」
「あれ? カイト呼びに行ったんじゃなかったんですか?」
さっきぶり。そんな様子で手を挙げたレックスに、ソラが小首をかしげながら問いかける。
「ああ……呼びには行った。けど向こうはもうちょっと時間掛かるって。まぁ、グレイス達に引き継ぎとかもしないといけないし、後はこっちの大使館との調整やら色々とな」
「「はぁ……」」
カイトはやはり騎士団長で、今回の一件においてはマクダウェル家の名代――現在は母が当主代行――として来ているし、更に言えばロレイン・ヒメアの護衛の総隊長だったりと色々と役割が与えられている。一団を離れるならそれなりにやらねばならない事は多かった。というわけでカイトの邪魔にならないようにこちらに戻ってきたらしいレックスに、ソラが問いかける。
「じゃあ、俺達だけ先に?」
「いや、その必要はないよ。父上も一緒で良いって言ってるしな……あ、椅子勝手に借りるな」
「は、はぁ……」
がたんっ、とそこら辺に置いてあった来客用の椅子に適当に腰掛けるレックスに、ソラがどこか呆気にとられた様子を見せる。ここら一応最高位の王族のはずなのだが、レックスからはどこか街の普通の兄ちゃんというような様子が見て取れていた。
と言ってもやはり根っこには王侯貴族の育ちの良さが見て取れてもいるので、ある意味ではソラと似たようなもの――ソラは総理大臣の息子――と言えただろう。というわけで暫くの間雑談に興じるわけであるが、少しして部屋の扉がノックされる。
「あ、どうぞー」
「すまん。先にそこら歩いてたメイドさんに聞いたらレックスが……って、居た」
「おーう。そっち終わりか?」
「ああ。待たせて悪かったな」
「良いよ。どうせいつもの事だしな」
何よりどっちかっていうと俺が待たせる事の方が多いし。カイトの謝罪にレックスが僅かに苦笑混じりに笑う。立場で言えば彼の方が上だ。やる事であれば彼の方が多いのは無理もなかった。
「はぁ……それで考えればお前の方が支援体制は整ってるんだよなぁ……ロレインさん然り、サルファ達然りで。こっち組織率いるの長けてるヤツ多い代わりに、支援してくれるヤツ居ないんだよなぁ……」
「オレがやらないからな」
「やらないのかやらせないのか……はぁ」
前に言われているが、カイトに政治的な力まで持たせると手に負えないというのがシンフォニア王国の貴族達の考えだ。なので意図的に彼には政治的な力は持たせておらず、その代わりに周囲がサポートを怠らないのであった。
が、他方レックスは立場上政治的な力も持っているためサポートは受けられるが最終的な裁可は立場的にも彼が下さなければならない事も少なくなかったのである。というわけでそんな現実を思い出してげんなりと肩を落とすレックスであったが、暫くして気を取り直した。
「やめやめ。考えるのやめだ……とりあえずおや……父上の所へ行くか」
どうやら完全に気が抜けた場ではレックスも父親の事を親父だのと呼んでいるようだ。というわけでそんな彼に案内され、一同は王城の中を歩いていく。そんな中で、レックスが少し興味深い様子で問いかける。
「どうだ? ウチの王城」
「えっと……なんていうか、シンフォニアの王城はどこか魔術が盛りだくさんって感じがあったんっすけど……こっちの王城はなんていうか水をふんだんに使って清浄感が溢れてますね」
「お……良く見てるな。まぁ、見ればわかるっちゃ見ればわかるけどさ」
シンフォニア王国の王城とレジディア王国の王城。その二つを見比べた大きな差異といえば、ソラの言う通りであった。この理由はやはり近くに『黒き森』があったり大河があったりという地理的なものから、その繋がりによる歴史的なものまで色々とだろう。
閑話休題。そんなわけで水路が至る所に張り巡らされ、至る所から水が流れ落ちていくるという幻想的な王城を歩いて進むこと暫く。一同は王城の中でも奥の方へと誘われる。というわけで目的の部屋まで歩いていくわけであるが、その道中でレックスがふと問いかける。
「あ……そうだ。セレスティアはここらは知ってるか?」
「はい……第二の謁見の間……通称『水の間』へ続く道ですね」
「そ……ってことはここは残ってるのか。まぁ、そりゃそうか。王城の謁見の間とかそんなガラリと変えるわけにもいかないしな。事実ここらは建国当初からそのままだって言う話だし」
補修工事や設備的なアップデートは何度となく施されているのだろうが、王城の間取りやらを大幅に変えるというのは難しいだろう。というわけで別に案内も必要なかったかもと思いながらも、仕事は仕事なのでレックスは最奥にある『水の間』へと案内する。
「そう言えばお前を『水の間』に案内するのって久しぶりか?」
「そう言えば……オレ、もう呼ばれても謁見の間使う事無いな」
「お前呼ぶ時って公的なら第一になるし、そうじゃないなら父上も普通に執務室呼ぶもんな……どれぐらいだ?」
「さぁ……数年前にアイクの頼みで客連れてきた時に仲介役だかで来た時……ぐらいか?」
「あー……あれでも、今の戦争起きる前だっけか。なんかもっとあった気もするんだけど」
「あった気もするし、なかった気もする……」
レジディア王国ではこういった謁見の間は王様が公人として招く時に使うものらしく、私人として招く際に使う事は稀だそうだ。今回の『水の間』は謁見の間ではあるものの公人としての要素はありながらも私人としての要素も強い場合に使われる間だそうで、重苦しかったり固くならないような配慮がされているらしかった。
が、カイトはもうレジディア王家と関係を持つようになって二十年近く。もはやレイマールさえ近所のおじさん的立ち位置になっているようで、完全に私人としてのエリアに呼ばれるらしかった。というわけでそんな彼がセレスティアへと問いかけた。
「セレスはどれぐらいだ?」
「えっと……体感時間で良いですか?」
「それしかないだろうからな」
「あはは……ざっと一年と半年ぶりぐらい……でしょうか。エネフィアに転移されてからが一年ですので、こちらに居た時だけだと半年前ですね」
「どっちにしろオレの方が来てなさそうだ」
どうやらカイトよりセレスティアの方が直近で来ていたらしい。しかも彼女曰くこの一角は見た目は変わっていないらしい。本当に久しぶり過ぎる自身の来訪に笑っていた。そうしてそんなこんなを話しながら歩いていくこと暫く。一同は水のせせらぎを聞きながら歩いていく。
「良し……ここが『水の間』の前だ。準備は良いか?」
「……問題ありません」
「良し」
ソラと瞬の様子を見て大丈夫と判断したセレスティアの頷きを受けて、レックスが一つ頷いて背筋を伸ばす。そうして彼が部屋の石戸に手を当てて、中へと声を掛ける。
「父上。レックスです。客人を連れてまいりました」
『うむ、入れ』
「はい……良し。じゃあ、行くか」
父の返答にレックスは一つ頷くと、最後通牒のように一同に一瞬だけ視線を向ける。そうして誰もが問題無いと判断した彼が扉に力を込めると、扉が独りでに動き出す。
「わっ……」
「これは……」
謁見の間だというのだからその国の威容を示す大きく開けた場なのだろう。そう思っていたソラと瞬であったが、実際にはそうではなかった。周囲は『水の間』の名が示すように水路が張り巡らされ清涼感に溢れており、その合間には草花が生い茂っている。謂わば中庭のような場所であった。
扉から一直線に伸びる通路を進んだ中央には円卓――後に聞けば円卓を玉座に切り替える事もできるらしい――が設けられており、謁見の間というよりも会席などの場と考えても良さそうな雰囲気であった。
そしてその円卓の最奥には先に見た真紅の髪を持つ偉丈夫が優雅に腰掛けていた。おおよそ似つかわしくない雰囲気ではあったものの、ここは代々の王族が謁見に用いてきた由緒ある場だ。詮無きことであった。というわけで、円卓までの水路で囲まれた通路を一同は歩いていく。
「……」
「やっぱり懐かしそうだな」
「あははは……はい。最後に来たのは半年前ですが、使わない時はここで何度かお茶会をした事が」
「あははは。そりゃ良い使い方だな。俺らもよくやってるよ」
セレスティアの返答にレックスは楽しげに笑う。一応、この時代でもそういう使い方はしていたらしい。と、それを聞いてレックスがはたと思い出す。
「あ、そうだ。お前よく考えたら謁見で来てないだけでお茶会には使ってたじゃん」
「あ……そう言えば何度か来てたな」
どうやら謁見の印象が強いので忘れていただけで、お茶会などに呼ばれた場合などでは来て使っていたらしい。レックスの指摘にカイトも目を丸くしてそれでか、という様子で頷いていた。と、そんな一同の会話を聞いていたらしい。レイマールが声を発する。
「それは俺は知らんな」
「そりゃ、父上は招く事があまりありませんからね」
「ははは。呼んでも良いのだがな」
「あはは」
父の冗談にレックスが笑う。そうしてそんな彼に案内され、各個人が席に座り謁見なのかお茶会なのかよくわからない場が開始される事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




