第3196話 はるかな過去編 ――終幕――
『方舟の地』と呼ばれる超古代文明の遺跡。そこに起きた異変の調査を依頼されたカイト達とその要請を受けたソラ達。そんな一同は幾つかのトラブルに見舞われながらも『方舟の地』に本来存在していないという地下階の調査を行っていた。
そうして今回の異変の原因は遺跡が未来の時代のカイトを守護者としての再現を試みて失敗したことであると推定。異変の解決に向け、この時代のカイト達対未来のカイトの影の戦いが繰り広げられる。が、未来のカイトの圧倒的な手札を前に苦戦を強いられることになっていたわけであるが、カイトとレックスの二人は自身の持てる全てを開放することを決定。最大出力での戦闘を開始する。
「ふぅ……ふっ!」
カイトの双腕に浮かぶのは、龍を模した紋章。この世界における龍神達の宿す――腕に宿るとは限らないが――神の力の証。龍紋だ。といってもこの時代のカイトは自らが神の子であると知る由もないので、伝承にあやかって双龍紋と名付けていた。その解き放ち方は非常に簡単で、カイト曰く腹の底に力を溜める感じ、とのことである。そしてそこまでお手軽なのに、増幅する力は馬鹿にできない領域だった。
「おぉおおおおおお!」
雄叫びと共に、カイトが総身に魔力を漲らせる。ただそれだけで大気が鳴動し、次元が、空間が揺れ動く。その力たるや凄まじく、ただの気迫だけで未来のカイトの影が生み出した分身が砕け散っていく。
「ふぅ……これ、滅多なことで出来ないんだよな」
性能であれば圧倒的。未来のカイトと今のカイトを比較したソラ達がそう断言するほどなのだ。その真価は見定められていなかったが、その推測は正しかった。そうして戦場であるにも関わらず何ら気にもせず足を止める彼へと、未来のカイトの影の生み出した分身達が無数の双銃の引き金を引く。
「……」
ぱんっぱんっぱんっ。カイトまで後僅か。そこまでたどり着いた所で、魔弾の嵐がかき消えていく。障壁により阻まれているのではない。あまりに高密度の魔力の渦に、魔弾がかき消えてしまっているのである。そうしてそんな魔弾の雨を尻目に、カイトがゆるりと腕を持ち上げる。
「っ!」
かっとカイトの目が見開いた。すると先程の雄叫びと共に放たれた魔力より更に濃密で強大な魔力が周囲へと解き放たれ、ヒメアの展開するバトルフィールド全域に存在するおびただしい数の分身達が一瞬で粉微塵に砕かれる。
「どれだけ顕現しようと、その一切合切を出てきたそばから叩き壊しゃ無意味だろ?」
こんなものは単なる余興だ。圧倒的に思えても、本体には通用するはずがない。というわけでカイトは自らの解き放った力の余波だけで未来のカイトの影が生み出す無数の分身達を片っ端から破壊。
強制的と言うべきか強引というべきか、無理矢理本体のみの状況を生み出していた。そうして本体のみ残ったことで、こちらも同じく最大まで闘気を高めたレックスが未来のカイトの影本体へと踏み込んだ。こちらも勿論、先程までとは比較にならない速さだ。
「楽しかったぜ……未来のお前と戦える機会なんて無いだろうからな。出来ることなら、次は本物のお前とやり合いたいよ」
本物のカイトはこんなものではないのだろう。レックスは自身こそが唯一無二の好敵手と魂の奥底から断言出来るからこそ、それを心の何処かで理解していた。そんな彼の一方。この流れは読めていたのだろう。未来のカイトの影は居合斬りの構えを見せて迎撃の様子を見せていた。
「……」
ざんっ。世界をも改変する一撃が、レックスが拳を振りかぶるよりも先に放たれる。神陰流を模した一撃だ。が、そんな一撃は彼には届かなかった。
「はっ!」
自らに叩き込まれた斬撃を圧倒的な、それこそ世界さえ改変出来ぬほどの力で強引に無効化し、レックスが未来のカイトの影の胴体へと拳を叩き込む。
技術ではどうやっても上回れない以上、圧倒的なスペックを背景に攻撃を無効化することにしたのだ。無論これが本物ならばもしかするとそれでも切り裂いてしまえるかもしれないが、この未来のカイトの影はあくまでデッドコピー。本来その腕に蓄えた技術とて神の領域のものなのだ。あくまで、よく出来ているという程度に過ぎなかった。
「ふっ」
亜光速の速度で吹き飛ばされるカイトより更に速く。レックスが光さえ置き去りにしてその背後に回り込んでジャブにも似た一撃を叩き込む。その一撃はもはや打撃というより赤い閃光だ。そうして赤い閃光が無数に迸り、その度に未来のカイトの影が揺れ動く。
「っ」
ばちんっ。赤い閃光が無数に迸る最中。レックスは未来のカイトの影の長い髪が揺れ動くのを目の端で捉え、一瞬で距離を取る。そうして次の瞬間。彼目掛けて真っ黒な闇の中から純白の糸が迸り、彼の身体を雁字搦めに絡め取った。
「ふぅ……悪いな。再現が不確かな魔術じゃ、特に苦労はしないさ」
まるで綿菓子が絡みついただけのように、レックスは何事もなく純白の糸を引きちぎっていく。まるで足止めにもなっていなかった。そうしてそんな彼の視線がこの時代のカイトへと向く。
「おう」
今度は連携で行く。二人は視線だけでそう意見を統一させると、純白の糸の一切合切を無視してレックスが再度未来のカイトの影へと肉薄。赤い閃光を迸らせる。
「おぉおおおお!」
迸った赤い閃光に唯一追従出来るのは蒼き神と化したカイトのみ。刹那の間に迸る無数の赤い閃光の合間に割り込んだカイトが大太刀と大剣を振り下ろす。
が、流石は未来のカイトの影という所でもあっただろう。自らに叩き込まれる無数の拳打を魔導書達のフォローを受けながらも堪え、こちらもまた大太刀と大剣を取り出して防御を間に合わせる。とはいえ、これは想定内だった。
「はっ!」
どんっ。二つの双刃の激突と同時に、にやりと牙を剥いて笑ったカイトがさらなる力を腕に込めて未来の自身の影を地面へと叩き付ける。そうして地面をワンバウンドして僅かに浮かび上がった瞬間には、再度レックスが未来のカイトの影へと肉薄していた。
「ふっ!」
どんっ。今度の拳打は速度重視のものではなく、一撃をしっかりと叩き込むようなアッパーカットだ。そうして僅かに浮かび上がっていた未来のカイトの影を更に天高く打ち上げる。
「ふぅ……はぁ!」
天高く打ち上がった未来のカイトの影に向け、カイトは双刃に強大な力を宿して斬撃を叩き付ける。そうして斬撃が通り過ぎた後。未来のカイトの影は大きく身体を欠損させていた。
「再生は、させねぇよ!」
だんっ。遺跡の力により復元されようとする未来のカイトの影に、レックスが三度肉薄。復元しつつあった未来のカイトの影を腕をハンマーのようにして今度は地面に向けて叩き落とす。が、その途中には。
「……流石はオレ、と褒めておこうか。まさか二人で本気でやってようやく倒せるってのは我ながらびっくりだ」
本物はおそらくもっと凄まじい戦闘力なのだろう。カイトは未来の世界を託すに足ると満足げだった。そうして未来のカイトの影に双刃が直接触れて、真っ黒な輝きが迸る。未来のカイトの影が力技で強引に刃を食い止めていたのだ。
「お前がどこで何をやってるかは知らねぇよ……だが、未来の姫様のお守りは未来のオレに任せられそうで助かった」
『お守りってどういうことよ』
「そういうこと……姫様も満足ではあるだろ? 未来のオレ、強いぞ。多分こんなもんじゃない。もっと、強いぞ」
『そうね……未来のあんたもやっぱり最強を名乗って良さそうね』
私の騎士こそが最強であれと言うのだ。唯一レックスであれば仕方がないと諦められるが、それでも最強と名乗れるだけの力は認めて良いだろう。ヒメアもまた、カイト同様に未来の彼の実力の一端に満足している様子だった。というわけで今回の一戦はかなり苦戦はしたものの非常に満足と一同は結論付ける。そしてそれが、終幕の合図だった。
「はぁ!」
どんっ。黒い極光を突き破るように、蒼き虹が迸る。そうしてカイトの双腕に宿った龍紋がまるで龍の伊吹のように輝きを放ち、それに影響され双刃に宿る力が更に増大。黒い極光を飲み込んでいく。
「おぉおおおお!」
黒い極光が押し込まれていくたびに、カイトの双刃が未来の彼の影へと肉薄していく。そして、その次の瞬間だ。未来のカイトの影の背後へと、レックスが現れる。
「行くぞ!」
「おう!」
レックスの拳には赤き輝きが。カイトの双刃には蒼き輝きが。二つの力を宿した閃光が、未来のカイトの影で交わった。そうしてはるか彼方にまで青と赤の閃光が伸びていき、その交差する点に存在していた未来のカイトの影は完全に消滅するのだった。
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