第3194話 はるかな過去編 ――対峙――
『方舟の地』と呼ばれるセレスティア達の世界に存在したという超古代の文明の遺跡。そこに起きた異変を調査するべく、カイト達はソラ達の協力を得ながら調査に赴いていた。
そうして数日に渡って調査を行った一同であるが、その中で未来にも情報が遺されていなかった地下階を発見。その調査に臨むわけであるが、今回の異変の原因はこの遺跡がソラ達が持ち込んだ情報をベースとして未来のカイトの再現を試みたことにより生じた不具合であると結論付けられることになる。
というわけで不完全に再現された未来のカイトの影を倒すべく、この時代のカイトはレックスらと共に交戦を開始。手札の多さに苦戦しながらも、なんとか善戦と言える戦いを繰り広げていた。
「ちぃ!」
今までの武器の創造による手数。不可視かつ不可避の一撃。そこに非常に重い一撃が加わったのだ。手札の多さは最初から織り込んでいたカイトであるが、それでも未来の自身の手札の多さに苛立ちを隠せないでいた。
「オレなんだったら少しは手加減しやがれ!」
がぁん、とまるで自動車が壁にでも正面衝突したかのような大音が鳴り響く。カイトの一撃と未来のカイトの影が従える『神の書』の神の腕が激突した音だった。流石に未来のカイトの影が駆る神の腕だ。いくらカイトでも真正面から撃ち合えば足を止めざるを得なかった。そして足を止めれば、後は未来のカイトの影の餌食だ。
「っ」
足を止めた瞬間にこれだ。カイトは未来の自身が目にも止まらぬ速さ、ではなく正しく流水の如き見事な動きで肉薄することに僅かに舌打ちする。これで目にも止まらぬ速さなら、負けても仕方がないと諦めもつく。が、そうではないことが何よりカイトにもレックスにも嫌らしかった。
(見えもする。分かりもする。避けられもする……するんだが!)
何度目かであるが、未来のカイトの性能は未来の世界。エネフィアであれば圧倒的であれど、この世界のカイトからしてみればその程度という領域だ。
そこに、彼に匹敵するレックスまで一緒になって戦っているのだ。本来ならばすでに勝てていても不思議はないのだ。なのに、勝てない。それが気持ち悪くて仕方がなかった。
(まるでガキの頃を思い出す! 父さんに何度となく遊ばれてた頃を!)
性能なら圧倒できてなお、その手にあった圧倒的な技術。それを以って性能差を覆されたことは一度や二度ではない。それをカイトは思い出す。そうして正面切って間合いに踏み込まれたカイトであるが、流石に神の腕が彼の逃走を許さない。とはいえ、問題があるかというとそうでもない。
「おっと! 俺もいるんだよ!」
『……』
踏み込んだ未来のカイトの影が剣戟を放とうとするより前。レックスがその間合いに割って入り、ボディブローのような一撃を叩き込もうと拳を引く。そうして間合いを離そうとする未来のカイトの影に、レックスは拳に力を込める。
「ふっ!」
避けられるのなら避けてみやがれ。そんな意思が込められた拳が放たれる。そうして放たれた拳の先から赤い魔力が迸り、未来のカイトの影を飲み込む。が、その次の瞬間。まるでガラスが砕け散るような音と共に、彼の姿が消え去った。
「ちっ! 次は何だ!? 幻影ってか!?」
『幻影ではありません! 実体を持った分身と言いますか、なんと言いますかです! しかもそれを隠しておいて、場所を置換! いえ、置換と言えますかね、これ! 入れ替わり!? なんかそんな不思議な現象です!』
「そっちか! ノワール!」
ノワール狙いで動いていたのか。レックスははるか彼方で迸る魔力の光条を見て、自分達が食い止められなかったことを理解する。が、その次の瞬間にはノワールが転移術を行使し、こちらに転移する。
「ふぅ……やっぱり見敵必殺……ならぬ見敵逃走を決めておいてよかったですねー。まだ私でも見切れるレベルの速度なので数発はなんとか避けられますよー」
「あの神陰流とやらを使われなけりゃ、だけどな」
「なんですよねー。あれ、正直ルール違反も良い所ですよ。何度か戦ってわかりましたけど、一切魔力使ってませんね。勿論剣戟や身体能力の強化には使ってますけど。あれ、効率的にはこの世に存在するありとあらゆる武芸の中で最高効率なんじゃないですかね。私、武芸知らないですけど」
それを、膨大な魔力を保有するというカイトが使うのだ。当然そうなればガス欠なぞなり得るはずがなかったし、その使わない魔力を別の所に融通すれば更に手札は増やせる。厄介さに拍車が掛かっていた。そしてそれは未来のカイトに限った話ではない。
「はぁ……遺跡に蓄積された魔力が枯渇しないかなー、とか思ったわけですが。あの効率の良さは正直ちょっと羨ましい領域ですね」
「枯渇はしそうにない、と」
「ちょーっと難しいですねー。未来のお兄さん、正直スタミナであればこっちのお兄さん超えてますね」
どうしたもんかね。カイトははるか彼方からこちらを見据える未来の自身の影を見る。性能差で圧倒しているこちらだ。曲がりなりにもコピーとしてこの遺跡が創り出した存在だ。なので供給される魔力より放出する魔力を多くさせて戦闘力を低下させるのも選択肢の一つとしてあったわけであるが、それはどうやら難しいらしかった。
「まぁでも、これでまだ大精霊様のお力の再現ができていないだけまだマシ……でしょうね。大精霊様のお力まで加わっていればどうなっていたことか」
「「……」」
それは本当にそう思う。カイトもレックスもノワールの発言に心底同意する。どうやら流石のこの遺跡も大精霊達与える力の再現はできなかったらしい。
未来のカイトの影が一度としてそういった理解不能な力を行使することはなかった。無論、その代わり大精霊の影響ではないだろう不可思議な技は山のように繰り出されていたが。というわけでこの上で大精霊の力まで来られては溜まったものではないとレックスが改めて念押しする。
「もう一回聞きたいんだけど……大精霊様のお力については、絶対に来ないんだな?」
「絶対に来ないでしょう。契約者の力どころか加護さえそういうものと理解出来てはいますが、それを人為的に解析出来た人は有史上ただの一人さえ存在していません。そんなホラを吹いた方さえいません」
大精霊が授ける力の解析が出来ないことは、少しでも魔術について齧れば子供でもわかることなのだ。それは技術があればなんとかなるという話ではなく、そもそも人の身で出来る領域を遥かに超越してしまっているからこそであった。
この遺跡の文明が最終的にとてつもない技術力を誇っていようと無理と判断していたのである。と、そんなことを話す三人に、一人狙われないらしいヒメア――そもそも彼女自身も攻撃出来ないが――が問いかける。
『呑気に話してるんだけど、これ良いの?』
「あはははは……どうしましょうね?」
「はぁ……お前マジで何なんだよ」
「だから未来のオレに言ってくれよ」
自分達を取り囲む無数の未来のカイトの影に、三人は半分呆れたような笑いを浮かべる。言うまでもなくこれは二冊の魔導書達の力で生み出された分身なのであるが、やはりカイト自身が自身をサポートするべく生み出したというだけのことはある。
幼馴染達でさえどれが本物かわからない領域だった。と、そんな影達を見るカイトであるが、ふと左右に魔導書がなくなっていることに気が付いた。
「……あれ? 魔導書は?」
『取り込んだっぽいわよ。なんかページがバラバラって弾け飛んであんたに張り付くみたいに殺到って感じ……でもあれ張り付いたってより取り込まれたって感じね』
「えぇ……」
なにやってんの、オレ。というかなんなの、オレ。カイトは未来の自身が体内に魔導書を取り込んだと聞いて壮絶に顔を顰める。これに、ノワールが推測を開陳した。
「おそらく魔導書との一体化ではないかと……お兄さん、前から色々な分野で小器用とは思ってましたけど……これはちょっと……はっきり言えば引きますね」
「オレが一番ドン引いてるよ……」
超上位の限られた魔術師が超上位の魔導書と心を通わせて初めて出来る技術を、未来のカイトはまるで数多ある技のように披露するのだ。流石のノワールも若干引いていた。そうしてそんな一同に向け、無数の未来のカイトの影が双銃の銃口を向ける。これに、レックスがおおよそは理解しながらも思わず問いかける。
「……あれなに?」
「わかりませんが……超小型の砲台……に見えますね」
「……あれ全部?」
「全部……ですね」
正直あり得ない。三人は未来のカイトの影が繰り出してくる無数の手札に辟易しつつあった。そうしてそんな彼らへ向けて無数かつ多種多様な属性が宿った魔弾が放たれ、三人は戦いを再開させるのだった。
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