第3193話 はるかな過去編 ――対峙――
『方舟の地』と呼ばれるセレスティア達の世界の超古代に存在していたという文明の遺跡。そこで起きていた異変の調査を依頼されたカイト達は遺跡調査を専門としていたソラ達と共に、その調査に臨んでいた。
というわけで調査を行っていた一同であるが、その原因が第5階層の守護者を創り出すシステムの異常だということが判明。というわけでそれを解決するべく、中途半端に再現された未来のカイトの影とこの時代のカイト達が交戦に及んでいた。いたのであるが、流石の彼らも神陰流を前に攻めあぐねることになっていた。
『その神陰流? ってのは結局なんなんだ? 凄い凄いってのは聞くけど』
『俺達も詳しくは知らないんっす。ただ上泉信綱って人が作った新陰流。その更に大本に位置するのが神陰流ってやつだってことは知ってます』
『……同じ名前じゃね?』
『字が違うんっす』
『字?』
何を言っているんだろう。レックスはソラの言葉に困惑気味だ。が、これは仕方がない所があった。というわけでそれらを理解していたロレインが口を挟む。
『ああ、それだがおそらく彼らの文字は表意文字……意味を表す記号を使用した文字だ。それに対して我々が使っているのは表音文字。音を表す記号だね』
『表意文字……また難しい物を使ってるんだな。何千文字ぐらいあるんだ?』
『えっと……すんません。詳しくは無いんっすけど、大体2500文字ぐらいっす……常用漢字ってヤツでっすけど』
『『『おぉう……』』』
『はははは。そういうみたいでね。私もノワールくんも聞いてはみたのだが、体系化は諦めたよ。実際、聞く限りだと彼らの世界でも一際難しい言語の一つと言われるぐらいらしいからね』
それは学力としても高くなるわけだ。レックスはソラ達の基本的な学力の高さについてそう思う。そんな彼に、ソラが説明を続ける。
『あははは……えっと。それでこの二つは新たな、という文字と神という文字で使い分けられているそうです。俺らも詳しくは無いんっすけど』
『そっか……まぁ、そうだろうな』
なにせ流派を名乗るのだ。いくら友人だからと安易にひけらかすことは出来ないのだろう。ソラの返答にレックスはそう思う。というわけでレックスはそこから暫くの間、未来のカイトの手札についてを聞き取っていくことになる。
「……魔導書二冊、か」
未来のカイトの影の周囲にふわふわと浮かぶ二冊の本を見ながら、レックスは昨日のミーティングを思い出す。おそらく先程の光速に到達したカイトの攻撃を回避されたのは、この魔導書による力と思われた。
「カイト、さっき何やられた?」
「いや、わからん……どうにもならないと思っていたが。あの一撃を避けるかよ」
あの状況であの一撃は避けようのなかったはずだ。それを意図も簡単に避けるのだ。何かしらのからくりがあるのだと思われたが、流石に『神の書』と呼ばれる領域の魔導書の力はさっと理解出来なかったようだ。というわけで、二人の視線がノワールへと向く。
『あれは凄まじいですねー……軽度ではありますけど時間操作に類するものです。巻き戻した、という所ですね。あれは』
「時間操作かよ……」
「なかったよ、ちなみに」
「情報どーも」
自身の問いかけを先読みしたカイトの言葉に、レックスは改めて未来のカイトの力に苦笑する。何がなかったかというと、未来のカイトの影そのものに魔術の兆候だ。そしてそういうことであれば即ち、あの魔導書自身が勝手に判断して勝手に行動しているということだった。そうして更に先を読んでノワールが告げる。
『阻害はやってみますけど……ちょっと今回は難しいかもしれません』
「ノワールで?」
『はい……今更のお話ですけどお兄さんをこの遺跡そのものが再現をきちんと出来ていないみたいで、あの魔導書もきちんと再現出来ていないみたいです。まぁ、この異変そのものに関して言ってしまえば解析と再現が終わらないから中断も出来ず延々……という形みたいなんですが』
「……」
「未来のオレに言ってくれ」
この超古代文明の遺跡でさえ数週間掛けて解析も再現も終わらないとは一体お前は何をやったんだ。そんな顔のレックスにカイトは遠い目で答えるだけだ。
『あはは……というわけで解析が終わらなすぎて、今はこの遺跡そのものが現象として発生させているみたいです』
「……」
「だから未来のオレに言ってくれ」
「言いに行くわ、いつか……ってことは今のあれ、解析も阻害も無理?」
『……まぁ、端的に言ってしまえば。ああ、それでも発動した後ならどうにか出来ますけど』
「それでお願い」
兎にも角にも兆候の掴めない魔術ほど厄介なものはない。なのでレックスはノワールの返答にそう返す。そうしてひとまず次の対策を立てた所で、再度戦闘を開始する。
「「……」」
一瞬、カイトとレックスの視線が交わる。そうして両者の視線が交わり次の一手を定めた所で、レックスが神速の踏み込みを見せる。
「っ」
ついにこいつ、自分で対応もしなくなったよ。レックスは輝く二冊の魔導書を見ながら思わず苦笑する。そして直後には巨大な虹色の光条が迸り、しかしそれはヒメアの障壁によって防がれる。
「ふっ……へ?」
『あ、駄目です、これ! 一息には解除出来ません!』
「っ」
「我が事ながら、厄介極まってんな!」
マジか。冷や汗を流すレックスに、カイトが多慌てで支援に入る。そうしてレックスに向けて斬撃が放たれようとする直前。カイトが割って入ってその剣戟を食い止める。
『ごめんなさい! 見誤りました! あの魔導書、俗に言う『神の書』です! それも、両方とも!』
「どっちかじゃねぇのかよ!」
カイトが『神の書』に推する魔導書を保有していることはソラ達から聞いていたが、二冊共とは思っていなかったようだ。これについてはソラ達側も不手際という所だった。というわけで双剣と双剣を交えた両者であったが、そこに再度未来のカイトの影の両側に浮かぶ魔導書が光り輝く。
「っ」
『二発目はどうにか出来ます!』
「あいよ!」
ならばこのまま一気に押す。カイトは未来の自身の影の両側に浮かぶ魔導書を無視。自身と切り合う未来の自身の影へと更に距離を詰める。
「はぁ! っ」
駄目か。カイトは詰め寄ったと同時に蹴りを叩き込もうとして、しかし完全にこれは読まれていたようだ。気付いた時には加速した未来のカイトの影はそこにはなかった。が、背後に回り込んだカイトの一撃はしかし、簡単に読み切られていた。
『読めてるわよ』
「はぁ!」
読めてようと読めてまいと関係ないんだよ。カイトは自身の背後に回り込んでいた未来の自身の影に、笑いながら遠心力を利用した剣戟を放つ。が、それに。先にレックスを絡め取った純白の糸が迸る。
「っ」
こいつは駄目だ。カイトは先程のレックスの一幕を思い出す。これについてはどうやらレベルの違う魔術らしく、ノワールも即座の解除が出来ないらしい。というわけで、カイトは振り抜こうとしていた大剣を引いて魔力を解き放ってその反動で距離を取る。そうして自身に追い縋る純白の糸から離れる彼の一方。レックスが気迫と共に純白の糸を引き千切る。
「おぉらぁああああ! あー! くそっ! 大将軍共の魔術より強度高いぞ、これ!」
赤く輝く闘気を纏いながら、レックスはまるで蜘蛛の巣のように張り巡らされる純白の糸を掻い潜る。未来のカイトが流れを読むのであれば、レックスは未来の彼を遥かに上回る動体視力と反射神経でその全てを掻い潜っていた。とはいえ、動体視力と反射神経だけでは限界があったし、うまくやれば格上にさえ通用するのが神陰流の強みでもある。
「っ」
ルーン文字を踏み抜いた。レックスは一瞬だが顔を顰める。が、その瞬間だ。ノワールが彼が踏み抜いたルーン文字をかき消した。
『行ってください!』
「さっすが!」
流石。レックスは神の力の合間に仕掛けられた魔術を解除する難易度を知っていればこそ、ノワールの腕前を称賛する。それにレックスが再度踏み込んで、未来のカイトの影へと距離を詰めた。
「っ」
駄目か。レックスは未来のカイトの影に肉薄したものの、すでにこれが未来のカイトの影に読まれていたことを悟る。そうして背筋を伝う冷や汗に、彼は急ブレーキ。直後、音もなく斬撃が放たれる。
「って、マジか!」
そうだよな。そうするよな。レックスは自身が急制動を掛けたタイミングで放たれる魔導書の砲撃を見て、思わず笑う。実質相手も三人いるようなものだった。というわけで砲撃に飲まれ吹き飛ばされていく彼であったが、その背後に再びルーン文字が顕現する。
『読めてます!』
「あ、それで!?」
それで砲撃を不正でなかったのか。レックスは吹き飛ばされながら、ノワールの意図を察する。彼自身も理解していたのであるが、実はあの急制動を掛けた位置にもルーン文字が仕掛けられており、下手に留まればその直撃を受けたのだ。というわけでノワールはレックスの動きと更に次の手札を読んで、こちらを解除することにしたのであった。
「おぉおおお!」
レックスが吹き飛んでいくのと入れ替わりに。カイトが雄叫びを上げて一気に距離を詰める。それに未来のカイトの影の周囲に黒い闇が生まれ、その中から純白の糸が迸る。
「はぁ!」
力は十分に溜めた。カイトは迫りくる純白の糸に向けて大剣を大上段から振り下ろし切り裂く。そうしてその直後を狙うように未来の彼の影が斬撃を放とうとするが、そこにカイトがもう片方の大太刀を合わせて防ぎ切る。そうして僅かな鍔迫り合いが生ずるのであるが、何度も言われている通り性能であればこの時代のカイトの方が圧倒的だ。すぐに未来のカイトの影が押し負けて吹き飛んだ。
「おっし!」
先程とは入れ替わりに、今度はレックスが吹き飛ぶ未来のカイトの影へと追い縋る。が、これに魔導書から再度砲撃が迸って牽制する。
『無駄よ』
「おぉおおお!」
未来のカイトの魔導書から放たれる砲撃をヒメアが防ぎ、純白の糸はまるで炎のように立ち上っている闘気で焼き切って突き進む。そうしてあと一歩までたどり着いた瞬間。カイトが聞いたと同様に鐘の音がレックスの脳裏へと響いて、しかし先程とは真逆に未来のカイトの影が加速して一気に距離を取った。
「ちっ! 加速も可能か! ノワール!」
『はい……っ、駄目です! 引いてください!』
「っ!」
そうか。それはあるよな。レックスは未来のカイトが使う魔導書が『神の書』であることを思い出し、放たれた金属の巨大な腕を目視した瞬間に一気に距離を取る。
「……無茶苦茶だな、おい」
超巨大な機械の上半身がまるでカイトを守るかのような形で顕現しているのを見て、レックスが肩を震わせる。なんでもあり。ソラ達が戦いたくないのであれば未来のカイトというのも無理がないと思ったのだ。そうして、戦いは更に激化していくことになるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




