第3192話 はるかな過去編 ――対峙――
『方舟の地』と呼ばれる超古代文明の遺跡。そこに起きた異変を解決するべくカイト達と共に調査に乗り出していたソラ達であったが、彼らは本来は存在していないはずの地下階を発見。その調査に乗り出していた。
そうして調査を重ねる中で原因が第5階層に出現するという強者のコピーを生み出す機能により生み出されんとした未来のカイトの再現の失敗である可能性が高いとなった一同は、未来のカイトの影を討伐するべくこの時代のカイト。この時代で唯一彼と互角に戦えるというレックス。その二人が全力で戦うための空間を構築することの可能なヒメア。支援役として優れた魔術師であるノワールの四名による討伐が観光されることになっていた。
「一対四……卑怯臭いが」
騎士としてはどうかと思うが、同時に嬉しくもある。カイトは未来の自分の影と対峙しながら、僅かに笑う。未来の自身が如何な旅路を経たかは知らないし、わかりもしない。そこにどんな苦しみや悲しみがあったのかも。だが、少なくともこれだけの力があれば未来の世界を託せるとだけは思えた。
「……ふぅ」
おそらく技術は圧倒的に上。しかも聞けば全属性を問答無用、それこそ無効化を無効化して吸収してしまえる力まであるという。無論それだけに留まらず、何やらよくわからない特殊能力も山のように持っていたというのだ。力で圧倒しても勝てると思わない方が良さそうだった。というわけで呼吸を整え交戦に向けて闘気を蓄積するカイトであったが、そんな彼の横で何かを突き立てる音が響く。
「ん?」
「未来のお前相手だ……出し惜しみはキツいだろ。パワーは任せる」
「……あいよ」
どうやら親友殿は本気で戦うつもりらしいな。カイトは大剣を突き立て身軽になったレックスをそう理解する。そうして案の定、レックスの身体から赤色の闘気がにじみ出る。
「はっ!」
どんっ。そんな音が響いたかと思うと、レックスの身体から神々しい赤色のオーラが立ち上り彼の身体を包み込む。そうして彼が音もなく地面を蹴った。
「この一撃で潰れてくれるなよ! っ」
避けられている。レックスは自身の放つ神速の踏み込みがまるで先に読まれていたことをボディブローを放つ瞬間に理解する。そしてその瞬間だ。彼は自らの足元で謎の力が発動するのを知覚。そして同時に、それが解除されるのも理解する。
「先に聞いておいて正解でしたねー。自身を隠れ蓑に足元に刻印を刻む。これ、やられると案外どうしようもないっていうか」
「サンキュ!」
どれだけ優れた魔術師でも、術者当人を挟んで魔術の解析はかなり難しい。が、最初からこうすることを知っていればなんとかなるのであった。というわけでかき消えた術式の痕跡を踏み抜いて、レックスが再度踏み込む。が、その真横をカイトが駆け抜ける。
「おぉおおおお!」
間隙を縫うような一撃はレックスに任せられるのだ。ならば自身が為すべきことは。カイトは未来の自身が回避行動を取る瞬間を狙うようにして踏み込んでいた。が、これに。未来のカイトの影はまるでそれすら読んでいたかのように軽やかに身を翻す。
「ちっ」
やはりこの程度は無理か。カイトは未来の自身の影が普通に避けるのを見て道理を理解する。とはいえ、同時に未来のカイトの影も攻撃は出来ていない。攻撃しようとした瞬間にレックスが間合いを詰めてくることがわかっているからだ。
「ふっ」
未来のカイトの影が身を翻すと同時。レックスが再度踏み込んでカイトに向けてジャブを叩き込まんとする。これに、未来のカイトの影は背後へ跳躍。それと同時に、武器を投射して過去の自身の追撃を牽制する。だが、しかし。カイトは一切の迷いなく武器の雨の中へと突っ込んでいく。
「姫様!」
「了解!」
確かに未来の自身であれば力技を併用しなければ突っ込めないのだろうな。それにカイトは僅かな同情を抱く。彼はたった一人。共に戦える仲間は居ても、並び立つことの出来る好敵手に恵まれていなかった。
というわけで彼は自身以上、否、全ての人類において最優の障壁の使い手たるヒメアの守りに包まれ、一気に未来の自身の影へと間合いを詰める。が、武器の雨を抜けた彼が目の当たりにしたのは、自身を迎え討つべく居合い切りの姿勢を整えていた未来の自身の影だった。
「!?」
ぞわり。カイトは得も言われぬ殺気を感じ、思わず足を止める。後一歩進んでいれば死ぬ。そう直感的に理解したのだ。そして何かが放たれると思われたその瞬間。彼を守る結界がその存在を強固に主張した。
「カイト!」
「助かった!」
今のは何だったんだ。放たれたのは普通の斬撃だ。カイトは放たれた斬撃があまりに普遍的であることに僅かな困惑を得ながらも、ひとまずはヒメアの結界のお陰でなんとか耐えきれたことに感謝する。そうして冷や汗を拭いながら更に距離を詰めたカイトが双剣を翻し斬撃を叩き込もうとする。
「っ、避けるよな!」
やはり技術であれば未来のカイトが圧倒的に上だ。故に踏み込む頃にはすでに未来のカイトの影はその場を離れていた。そして鳴り響くルーン文字の破壊音と共に、次はレックスが距離を詰める。
「おぉおおおお!」
距離を詰め一撃でも当てられれば勝てるのだ。レックスはそれを理解している。故に彼は神速で詰め寄って攻撃を叩き込もうとする。が、彼が後一歩まで詰め寄った所で。彼もまたカイトが感じた得も言われぬ殺気を感じ取り、思わずぐっと足を踏みしめ急激に速度を緩める。
「っぅ!」
「レックスさん!」
「悪い!」
迸ったノワールの砲撃により未来のカイトの影から放たれる斬撃がかき消され、レックスはまぶたを伝った冷や汗を拭う。この男に無策に突っ込むのはあまりに危険。そんなことはカイトを相手にする限り誰よりも自身がわかっていることなのに、この時代のカイトにはあり得ないほどの危機感を感じていた。
(これが件の神陰流ってやつか! やっば!)
この圧倒的な性能差を物ともしない、近寄れば死ぬとはっきり断言出来る得も言われぬ何かこそ、未来のカイトが体得しているという神陰流に他ならない。
レックスは未来の好敵手が手に入れているという神業の片鱗に笑みが隠せなかった。性能がこれだけ落ちているのに、油断すれば間違いなく死ぬのだ。どれほどの研鑽を経たのか。気になって仕方がない。そして同時に、だからこそとも口にする。
「強いな、やっぱ! だが、だからこそ!」
負けられないし、負けることなぞあってはならない。この未来の親友が振るう武芸は誰かを想定したものではない。ありとあらゆるものと戦えるだろう。ならばこそ、この男の唯一の好敵手足り得る存在であるならば、それを上回らねばならなかった。
「おぉおおおおお!」
レックスを包み込む赤い闘気が更に輝き、ついには虹色にも似た輝きを宿しだす。
「ヒメア!」
「っ、りょーかい!」
荒々しい笑みを浮かべ地面を踏みしめたレックスに、ヒメアがその意図を理解する。そうして、次の瞬間だ。膨大な魔力を纏って突進の勢いだけで空間を突き破り、猛烈な勢いで未来のカイトの影へとレックスが追い縋る。
「おぉおおおお!」
先程と同じくあと一歩の立ち位置。そこまでたどり着いた瞬間、レックスは自身が知覚することさえ不可能な何かが迸るのを理解する。そうして、その瞬間だ。彼は正真正銘、自身が袈裟懸けに斬り裂かれるのを知覚する。
「っ、無茶苦茶じゃない!?」
自身の防御を抜かれた。ヒメアは自身の障壁の一切合切を無視して放たれた斬撃を認識する。未来のカイトが放つ斬撃は防ぐことが許されるものではない。それを理解し、思わず悪態が口をついて出る。しかしそれでも。レックスは止まらなかった。
「っ」
にぃ。自身を切り裂く斬撃を、世界を改変せしめることにより生じた斬撃を身に受けつつも。レックスは自身の意識が明転するほどの痛みが嬉しくてたまらなかった。これだけ性能が落ちてなお、この男は自身と対等に立てる力を持っているのだ。その歓喜が彼に意識を手放すことを認めなかった。
「おぉ!」
どんっ。改変された世界により生じた斬撃に更に改変を重ねることによる治癒を受けながら、レックスがついに未来のカイトの影へと正拳突きを叩き込む。
その一撃は正しく神撃。次元も空間も切り裂いて、未来のカイトの影をはるか彼方にまで吹き飛ばす。そうして吹き飛ばされていく未来のカイトの影へと、その双腕に龍が如き紋様を宿したこの時代のカイトが追い縋る。
「おぉおおおお!」
音速なぞはるか彼方に置き去りに。ただ力だけで加速を重ね、カイトは遂に光速の壁を突破する。
「おまけ、いきますよー!」
「おぉおおおおお!」
光速をも突破したカイトはその背にノワールの支援を受け、遂には双剣を構えるその軌跡が光り輝く龍の口のように変貌する。そうして、一瞬の後。光る龍と化したその双刃が未来のカイトの影を捉えた。
「<<光龍一閃>>! っ!?」
確実に決まった。カイトは自身の双刃が未来の自身の影を捉えたと思った瞬間だ。まるで時鐘にも似た鐘の音が脳裏に鳴り響くのを確かに聞く。直後だ。まるで未来のカイトの影の時間が巻き戻るように、僅かに彼の姿が後ろへずれる。
「っぅ! っ!」
「危ない!」
避けられたのではなく外した。カイトが自身の攻撃が空振ったのを知覚すると同時に、彼は自身が死地に立つのを理解。そうして放たれた斬撃に対してノワールが割り込んで、カイトを強制転移。両者を強引に引きはがす。
「助かった!」
「いえ……にしても、未来のお兄さん。無茶苦茶も過ぎませんかね」
「あっははは。嬉しいね……いや、嬉しくねぇよ」
何なんだよ、こいつ。カイトは未来の自身ながら、あまりの圧倒的な力に思わず悪態をつく。
「レックス……そっち、大丈夫か?」
「ああ。もう傷は無い……お前、すっごいな」
「それは未来のオレに言ってくれ……ちっ。第2ラウンド、ってわけか」
何かまではわからないが、間違いなく今までとは違う何かをしてきた。カイトは未来の自身についてそう判断する。そうして戦いは第二幕の幕開けとなるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




