第3189話 はるかな過去編 ――原因――
『方舟の地』と呼ばれるセレスティア達の世界に存在する超古代文明の遺跡。それに発生した異変の解決を要請されたカイト達に頼まれて、ソラ達もまたその調査に同行することになっていた。
というわけで『方舟の地』へと赴いた一同であったが、その調査で未来に情報の残っていない地下階を発見。その調査に乗り出すことになる。
そうして地下階の調査の中、超古代文明の遺した異変を解決するための部屋を見つけ出した一同であったが、そこで影の兵団を率いる影の主と交戦。カイトとレックスをもってして攻めきれないという異常事態に陥っていたが、その最中。セレスティアからその影が未来のカイト達である可能性が報告されることになり、一時撤退となっていた。
「未来のオレ……ねぇ」
「なるほどー……確かに言われてみれば背格好お前だわ。鎧着てないからわかんなかったけど……確かに言われてみればこの目鼻立ちとかお前によく似てる」
「そうかぁ? そんな似てるか?」
「いえ、そっくりどころじゃないでしょ。あんた鏡見たことある?」
カイトとレックス、そしてサルファ自身が見て取った影の姿を基にしてサルファの手により再現された影の主こと未来の自身の影を見ながらしきりに首を傾げるカイトに、ヒメアがしかめっ面でそう告げる。
まぁ、恋する乙女は流石というか。一応言うと真っ黒な影は敢えて言えばマネキンのようなものだ。カイト当人とは言い切れないはずなのであるが、彼女から言わせれば酷似している箇所は山程あるとのことであった。というわけでそんな彼らの会話にサルファが笑いながらも、一つため息を吐いた。
「あははは……ですが納得です。確かに兄さんが再現されているのであれば、僕もかなり甘く見てしまっていた。未来の兄さんが相手なのであれば、あの程度のお遊びが通用しないと判断していたのですが」
「ですねー。影の兵団と良い、未来予知に等しい回避能力と良い……お兄さん、未来で何やってるんです?」
今回は完全に戦略的に自分達の選択が間違っていただろう。サルファの言葉にノワールも同意する。というわけで楽しげに笑いながら問いかける彼女に、カイトが困ったように笑う。
「オレに聞かないでくれよ。オレが一番翻弄されたんだから……っと、来たか」
「失礼します」
「失礼します……」
セレスティアはいつものように王族として優雅かつ堂々と。一方のソラは流石におずおずとした様子でカイト達が待機していたテントの中に入ってくる。そんな二人――正確にはイミナも一緒だが――に、ロレインが笑う。
「ああ、来たね」
「はい……それは……」
「影だよ。話すのに何も無しというのもやり難いと思ってね。サルファくんに頼んで再現して貰っていたのさ。よく出来たものだろう?」
「ええ、まぁ……」
というより威圧感含め本物そっくりなのですが。ロレインの問いかけにセレスティアは相変わらずの才能に思わず頬を引き攣らせる。そんな彼女を横目に、ロレインはソラへと声をかける。
「それでソラくん。君も急に呼び出して悪かったね。未来のカイトの場合、誰より良く知るのは君達だろうと思ったのでね」
「はぁ……」
「うむ……さて、それで色々と話す前に。君に前提となる話を叩き込んでおこう。まず今回の調査において、本来の目的であった上層階の調査。その第5階層の守護者について君は聞いては……いないね?」
一応今回の調査において、ソラ達には事前情報として各階層にはその階層と次の階層の移動を見張る守護者がいること。その守護者はカイト達や四騎士達が主体となり倒すので、基本的には気にしなくて良いことが教えられている。
というわけで各階層の守護者についての情報そのものは共有されておらず、気になるなら未来で到達しているというセレスティアにでも聞いてくれというスタンスだった。
「はい……必要ならという感じでしたので……」
「そうだね。君達に戦力的に期待することも無いし、説明する意味もなかった。まぁ、今回はそれが悪かったという所なのだがね……というわけで、まずは第5階層の階層守護者の話をしよう。この階層の階層守護者だが……まぁ、言ってしまえば強い存在のコピーを生み出すというようなものでね」
「強い存在のコピー……」
それはもしかして中津国にある『夢幻洞』を思い出す。あの丁度50階では自身が強いと思う存在をコピーした存在が敵として出現していた。それに似ていたのである。というわけでそんなことをはたと思い出したソラに、ロレインが興味深い様子で笑う。
「ほう……その様子は何か覚えがあるような感じだね」
「ええ……エネフィアにも天然の迷宮を利用した迷宮にそういう敵が現れる所がありました。勿論、本物よりかなり戦闘力は落ちていて、今の自分でも余裕で勝ててしまうぐらいですけど……」
「なるほど……逆に戦闘力や技能を抑制して、再現出来るようにしているわけか」
おそらく理論としてはその迷宮と同じ仕組みを有する迷宮がこの世界のどこかにも存在していて、それを『方舟の地』はベースにしているのだろうな。ロレインは今まで謎だった第5階層の謎の一端をそう推測する。とはいえ、これは今はどうでも良いことだ。なので彼女は気を取り直して話を進めた。
「いや、すまない。兎にも角にもそういうわけでね。第5階層では強いと思われる存在のコピーが現れることになる。この強いがどういう意味で、選定基準は何か、というのははっきりとはしていないが……まぁ、間違いなく君達の強いと思う存在である未来のカイトが選定されるのは不思議のない事だろうね」
「それは……まぁ。未来のあいつも無茶苦茶強いですから」
先にソラ達も答えているが、どちらのカイトと戦いたくないかであれば断然未来のカイトなのだ。それはこの影の兵団――未来ではすでに影ではなくなっているが――を召喚する力然り、無数にも等しい武器防具を魔力で編む力然り。あまりに特殊な技術を保有しすぎていることに起因していた。
「だろうね。グレイスくん達との話は聞いている……その上で言えば、あの影の兵団も彼の再現を試みる上での一端なのだろう。それが制御出来ず、地下階全域へと溢れ出たのだと推測されている」
「「「え゛」」」
ロレインが開陳した推測はどうやらカイト達もまだ聞いていなかったらしい。彼女の推測にカイトを含め素っ頓狂な声が上がる。これにロレインが楽しげに笑った。
「あはは……おそらくだがね。本来はあそこに異変が起きたコピー体がいることになるのだろうが、君の場合は再現が難しい特殊能力が多すぎたのだろうね。それこそ大精霊様のお力など、もはや人類での再現なぞ遠い未来においても不可能だろう物が多すぎる。影の兵団も然りだね。それこそ聞いた話では未来の君は有り余る魔力を背景に数万同時に顕現させた、ということじゃないか。それらを全部再現しようものなら、こんなトラブルが起きない方がどうかしている」
それはこの『方舟の地』だって異変を来すだろう。ロレインは至極当たり前にしか思えないことを口にする。と、そんな彼女にソラは疑問だったことを問いかける。
「あの……一つ良いですか?」
「何かね?」
「確かに第5階層が強いと思われるヤツをコピーして出してくる、というのは分かりました。でも自分達、一度もここに来てないですよ?」
「ああ、それかね。それだが、この遺跡はおそらく世界側から情報を引き出しているのだろうね。これは全くの推測なので、正解かどうかはわからないがね」
「でも未来の世界の情報ですよ?」
そんなことがあり得るのだろうか。ソラは一見すると筋が通っているようなロレインの推測に再度の疑問を呈する。これに答えたのは、ロレインと共に推測を行ったノワールだった。
「それですが、それはおそらく皆さんがこちらに事故で飛ばされた際に一部が流入してしまっているのではと思われます。そしてそれが今回の異変の原因の一端と思われます。中途半端に情報が流入してしまったので、再現が不完全。この遺跡を作った方々とて未来からの情報が流れ込むなぞ想定していないでしょうからね」
「なるほど……」
しかもその上、再現するのは底知れない力にあまりに再現性がなさすぎる特殊能力の数々を有する未来のカイトなのだ。確かにそれはエラーを起こしても仕方がないのかもしれない。ソラはロレインやノワールの推測に一定の筋が通っていることを納得する。
「はい……さらにその上、この世界にもお兄さんが存在している。どちらを正しいとするべきか、など考えれば考えるほど想定外と思える事象は多い。システムエラーもそれが原因と考えて良さそうです。勿論、コントロールルームなどで情報を得たわけではないのでこれが正解かどうかはわかりませんが……」
「おおよそ間違いはないだろうね。で、セレスティアくん。君の方には意図的に聞いていなかったが……おそらく第5階層が突破出来なくなったというのは、何かしらの事由で彼らが……君達が言う八英傑が再現されるようになってしまったからという所で間違いないね」
「……はい」
ロレインの問いかけにセレスティアは一瞬驚いた表情を浮かべたものの、後の世に稀代の政治家にして軍略家として知られることになる彼女であれば理解して不思議はないだろうと納得したようだ。無念そうに頷いていた。
「だろうね……それが何故かなどについては先の例を鑑みて聞かない方が良いだろうが。ただどの時点の彼らだかはわからないが、少なくとも現時点ではない未来だろう。現時点のカイト達に勝てない君らが、その未来の彼らに勝てる道理はない」
「今度は俺達ですか……」
「あははは。未来のカイトも大概だが、未来の君も大概だと思うね。攻略が出来なくなっても無理もないだろう」
未来の自分だのカイトだのと、未来の世界も大変だ。そんな様子で呆れ半分で笑うレックスに、ロレインが楽しげに笑う。これはセレスティアは語っていないが、彼女らが知るカイト達とはこの数百年先。最盛期と言われる彼らの実力の一端だ。それでも現時点の彼らより強いのであった。
「まぁ、それは置いておこう。とりあえず、今回の異変の元凶……この影の主は未来の……ソラくん達の知る未来のカイトだ。その攻略は容易ではないだろう……というわけで、彼らというわけだ」
すでにもう一同目の当たりにしているが、あまりに搦め手が多すぎる。そのくせ戦闘力そのものもこの時代のカイトに追従出来る程度にはあるのだ。攻略が容易ではない、というのは当然の話であった。
というわけでここからはソラ達から情報を得ながら、未来のカイトの攻略に向けてこの日一日はみっちり作戦会議となるのだった。
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