第3188話 はるかな過去編 ――戦略的撤退――
『方舟の地』と呼ばれるセレスティア達の世界にある超古代文明の遺跡。そこに起きた異変の解決を依頼されたカイト達に要請されその調査に同行していたソラ達であるが、そんな一同はミリアにさえ情報の残っていない地下階を発見。その調査に乗り出していた。
というわけで地下階の通路の調査を終えた一同は部屋の調査に乗り出していたのであるが、その内の一つがトラブルを引き起こしていた部屋である事を確認。解決に乗り出していたのであるが、そこで遭遇したのは影の主とそれが率いる兵団であった。
「ちっ」
避けられた。カイトは影の主が自身の攻撃が空を切るのを知覚する。そうして彼の攻撃が空を切った直後だ。不可思議な技術――影としての再顕現などではなくこの個体が保有するらしい何かしらの技術だ――により影の主が自身の眼前にいる事を認識する。
「っと! おらよ!」
めちゃくちゃやり難い。カイトは影の主の攻撃を自身の攻撃の反動を力技で強引に殺して対応する。そうして大太刀と大太刀が激突し、僅かに影の主が後ろへ滑る。が、これは決してカイトが押しているからそうなっているのではなかった。
(こいつ、やる! オレの攻撃を受け流してやがる!)
後ろへ滑っているのは自身の圧倒的な攻撃力を受け流しているから。カイトは防御の上からでも貫通出来るほどの膂力を振るいながらも、それが通じていない現状をそう理解していた。そして実際、そうだ。
カイトと影の主の基礎的な性能であれば、カイトが圧倒的に上回っている。おそらく一撃叩き込めれば確実にカイトが勝利を収めるだろう。にも関わらずここまで影の主が食らいついているのは、この圧倒的なまでに、正しく神がかり的な技術を有しているからであった。しかも、それだけではない。
「ちっ、面倒くせぇ!」
押し合いになれば勝てるのだ。ならばと今のように強引な挙動を見せて押し込める体制を整えた瞬間、影の主がまるで指揮者のように腕を振るう。すると無数の武器の嵐が降り注ぎ、カイトを牽制するのだ。
無論先の通り基本性能であれば圧倒的。武器の投射のような小手先の攻撃ではカイトには届かない。が、物理的に遮られては僅かなりとも速度は落ちる。それを狙ってのものだ。故にカイトが両者を遮った巨大な大剣をタックルじみた挙動で砕いた直後には、すでに影の主は立て直しを終えていた。
「っ」
来る。カイトは立て直しを終えた影の主がすでに自身に向けて跳躍しようとしているのを理解する。そして、直後だ。案の定影の主がまるで音もなく床を蹴って彼の前にまで肉薄する。
「おぉおおおお!」
こうなれば。一か八かでカイトが雄叫びを上げ、総身に魔力を滾らせ障壁を強固にする。こちらから攻撃しても回避され、攻撃に攻撃をぶつけても余裕で立て直される。ならばと敵の攻撃を敢えて受け止め、敵同様に攻撃の直後に攻撃を叩き込む心算だった。が、次の瞬間。驚くべき物を目の当たりにする。
「!? 嘘だろ!? てめぇは未来予知でも持ってんのかよ!?」
確かに今の今まで影の主は自身に攻撃を叩き込もうとしていたのだ。にも関わらず、影の主は自身の意図を見抜いたかのようにその場を退いたのである。そうして最大出力から僅かに低下した瞬間、再度影の主が跳躍。カイトへと襲いかかる。
「ちぃ!」
攻撃力も速度も防御力――ただのかすり傷さえ付けられていないが――も、自身に比べれば児戯に等しい程度にしかないのだ。なのにその全てがまるで通用しない。その現実にカイトが苛立ちを募らせる。
まるで達人が血気盛んな若者を何十年と培った技で翻弄するように。何百年では到底足りない圧倒的な技がこの影の主には備わっていた。
「ふぅ……」
苛立ちを得たカイトであるが、彼とて父と共に何十という戦場を。父亡き後はその背を追いかけ何百という戦場を駆け抜けたのだ。苛立ちを自覚する技も飼い慣らす技も身に着けていた。というわけで追撃はせず深呼吸して殺気立った自身を落ち着かせ、それと共に周囲の状況を確認する。
(……嘘だろ、おい……)
改めて周囲の状況を確認したカイトが目の当たりにしたのは、誰一人として勝てていない状況だ。自身と互角のレックスさえまだ攻めきれてはおらず、四騎士達も同様であった。誰も彼もが敵の実力を見誤ったのだ。と、そんな彼とレックスの視線が交わる。
「ちっ……カイト! もダメそうか!」
「駄目だな! こいつ、思った以上にヤバい!」
「流石ご先祖様、って褒めたいが! こりゃどうしようもないな!」
確かに苦境は苦境だが、致命的なまでに苦境というわけではない。何度も言われているように、基本的な性能ならばこちらが圧倒的なのだ。ただ技術的に負けているが故に攻めきれないというだけであった。というわけで二人は苦笑いが浮かびながらも少し楽しげだった。
「どうしたもんかね、これ!」
「どうしようか、ほんとにな!」
全く以て要らない気を回してくれたもんだ。カイトはレックスが自身の僅かないらだちを見抜いて、敢えて声を掛けたのだろうと理解していた。
と言ってもレックス自身、攻めきれない自身に若干苛立ちを得ていたという所もあるだろう。というわけで一頻り笑い合う二人であるが、笑ってばかりもいられない。このままでは負けないまでも勝てないのだ。というわけで攻めあぐねる二人に、念話が飛んできた。
『カイト、レックスくん。聞こえるね』
『ロレインさん? 何か情報でも?』
このままでは攻めきれないのは確実なのだ。傍目八目と安全圏から見ていたロレインであれば何か攻略の糸口を見付けられたのかも。レックスは僅かな期待を抱きながら彼女に先を促す。
『ああ……といっても私からではないがね。攻めあぐねる君達を見るのは久方ぶりだが。大将軍並にはありそうかね』
『大将軍並……ええ。おそらく』
ロレインの問いかけに、カイトは自身が戦う影の主の実力をそう推測する。基本的なステータスに限って言えば大将軍級には到底及ばないが、この未来予知にも等しい力に数々の特殊技能だ。魔族の最高幹部たる大将軍級にも匹敵すると言わざるを得なかった。
『だろうね。それに対して君達は今手足を縛られているような状況。決して負けないまでも勝てもしない……それが現状というわけか』
『本当にそれですね』
『全く』
おそらく外で戦えば、もしくは周囲の被害を無視出来るのであれば勝てるだろう。カイトもレックスもそう言うしかなかった。
『さて……それでそいつらというか、カイトが戦っているそれだが。何かは分からぬまでも、その大本はわかった』
『ほう……こいつ、なんなんですか? 第5階層のコピー野郎共に似てるんですが……それと関係が?』
『ああ。これは推測だが、今回の異常はおそらく第5階層における複製の作成で何かしらの要因……そうだね。あまりの特殊能力の多さや特殊性に再現が出来ず、不具合が起きてしまったのだと思われる』
『影が溢れ出したのはその影響?』
『一概にはそうだろう。が、そういうわけではないかもしれない……いや、全く君は面白い男だ。まさか超技術の持ち主達にさえ解析と複製を失敗させ、ここまでの異常を引き起こすかね。いや、納得は出来るし納得しかないがね』
『『はい?』』
カイトの返答に対して何かとても面白いような様子で笑うロレインに、どうやら自分が笑われているらしいと察したカイトとそんな彼女の様子に不思議がるレックスが小首を傾げる。そうして、ロレインがこの影の主の正体に言及した。
『そいつは未来の君だ。いや、より正確にはその失敗作……という所かな。君をコピーしようとして、この遺跡はそれに失敗したのだと推測される。で、この影の兵団は未来の君の仲間達、というわけだろうね。セレスティアくん達から届いた報告を元にした推測だが……十中八九そうだろう。ソラくん達にも第5層の話を詳しくしておくべきだったかな。そうすればもっと早く掴めていたかもしれない』
『『はぁ!?』』
とどのつまり今しがた交戦しているのは未来の自分の影。カイトは未来の自分ならば攻めきれないのも半ばならば納得と思いながらも、驚愕に包まれる。
『ははは……そうだろうね。私とて驚いている……それで提案だが、一度撤退しよう。未来の君を侮るつもりはない……というより、侮って勝てる相手とは到底思えん』
まさかそんな事が起きるとは。ロレインは起きる可能性が無いではない理由があればこそ、この答えが正しいのだと理解していた。というわけで未来のカイトの影とそれが率いる影の兵団を前に、一同は戦略的撤退を強いられる事になるのだった。
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