第3185話 はるかな過去編 ――更に地下――
『方舟の地』と呼ばれるセレスティア達の世界に存在する超古代文明の遺跡。そこに起きた異変を解決するべく、ソラ達はカイト達と共に調査に乗り出していた。
そうして調査の中で新たに見付かった地下階の調査に乗り出していた一同であったが、地下階の調査もほぼ終わりを迎えつつあった。
「……なんというか、面白みの無いというか。まだ上の方が色々と面白みがあったもんだが」
「本来、魔導具に面白みなぞ必要は無いがね。特に魔導具が絡む建造物なぞ繊細になればなるほど、面白みはなくなってくるものだ。ここまで大きいと繊細になってしまうのは無理もない事だろう」
「はぁ……」
ロレインの返答に、カイトはそんなものなのだろうかと生返事だ。とはいえ、これで端から端まで隅々見て回った事で、全体が把握する事が出来るようになっていた。
「で、面白みのない構造というが……いや、実際面白みの無い構造ではあるがね。ノワールくん。どうだった?」
『面白みのない、と言われればそのままですが……賽の目になっているという感じですね。反対側もまるっきり同じ。変化があったとすれば中心から伸びる通路のそれぞれの壁側に扉が、という所でしょうか』
「まぁ、その程度だね……この場合、重要性が高いのは四方の扉……になるのかねぇ」
結局こんなものは推測にしかならないのだ。なのでロレインもそうなのかもという程度でしかなかった。そしてその言葉にノワールも同意する。
『そうですね……そしてこの構造を鑑みると、地上階に繋がる通路の逆側が更に地下に繋がる可能性は高いかと』
「だろうね……さて、どうしたものか」
『とりあえず地下に向かってみるのも一つ手かと。何かの動力炉があればそちらを先に調整やらしたい所ではありますし』
「確かにそれはそうだね……」
なにせ何時建造されたかもわからないほどに古い建物なのだ。動力炉が動く事の方が驚きで、何時何が起きても不思議はないだろう。となるとそちらを先に確認、というのは不思議の無い事だった。
「とりあえず地下に繋がる通路があるかどうか、確認はしておく方が良いかね」
『その方が良いかと』
「わかった……レックスくん。聞いていたね」
『わかりました。じゃあ、扉の前で合流しましょう』
ロレインの方針にレックスも同意し、そちらに移動する事にする。と言っても元々入ってきた側から正反対の所にあるので、お互いに姿は見えている状態だった。というわけで、一同は数分後には昇降機のあるエリアに繋がる通路の逆側にあった扉の前にたどり着く。
「……何個か扉は見ていたが。改めて近くで見てみるとこれだけ小さいね」
「そう言えば……なんというか少し趣も違いますね」
「うむ……」
レックスの言葉にロレインは改めて扉をしっかり観察する。二人の言うように、この扉はこの階層や上にあった施錠されている扉のように横にパネル状のコンソールがあるわけではなく、普通にドアノブがあった。大きさとしても平均的な成人男性が注意すればすれ違える程度のサイズで、鬼族やらの大きい種族であれば通り抜けるのが大変そうな大きさであった。
「今までの扉は横のコンソールで開閉を制御していたが、この扉だけは普通にドアノブがある……しかも普通に押したら開く?」
「え……あ、ちょっ」
「……すまん。私も無用心だったとは思うが。まさか施錠も何もされていないとは思っていなかった」
ロレインとしても単にドアノブを回して施錠されているぞ、と言うつもりだったのだろう。普通に回った挙げ句開いた扉に誰よりも彼女自身が困惑し、大慌てで自身を制止しようとしたカイトに謝罪していた。
とはいえ、どうやら幸いな事に何かトラップが仕掛けられているわけではないらしい。開いた扉も開きっぱなしだった。というわけで、彼女を下がらせたカイトが扉の前へと移動する。
「はぁ……ここからはオレが先に行きます」
「すまん。そうしてくれ」
「はい……んぁ?」
「どうしたね」
扉の先に入って数歩。カイトが鳩が豆鉄砲を食ったような素っ頓狂な声を上げる。これにロレインは特に問題が無いと判断。彼女もまた中に入る。が、やはり彼女も数歩進んだ所で足を止める事になる。
「これは……またとんでもないね」
「え、えぇ……」
『何があったんですか?』
「っと……これだ」
何かに驚いている様子のカイトとロレインにノワールも興味を抱いたようだ。自身が付けていた使い魔を小鳥の形に変えて、カイトの肩の上に移動させる。
『こ、これは……うわー……』
「何があったんだ? ていうか、入るならさっさと入ってくれよ」
「あ、いや、悪い……だがこれは多分、全員は入れそうにない。考えたもんだ」
「うん?」
謝罪しながら更に数歩移動したカイトであるが、どういうわけか彼の姿が少しだけ下に沈む。それにレックスは疑問を抱きながらも中を確認。三人が何に驚いていたかを理解する。
「なんじゃこりゃ……ふか……深すぎないか?」
「だろ? まぁ、こんな構造だ。流石に全員は入れそうにない」
「確かにな……というか、これは正解といえば正解だ。こんな小さな階段をぞろぞろと連れ立って歩くと殲滅してください、でしかない」
「ああ……切り崩されたら一巻の終わりだろうな」
やはり軍に属する者だからだろう。二人は戦術的に見て、深く深く地下へと伸びる階段を行軍するのは危険と判断していたらしい。実際、この階段は人が一人二人がすれ違うのが精一杯。侵攻も防衛も考えていないだろう、本当に技術者達が修理などに使うためだろう階段に思えた。そんな事を考える二人に、下を階段の手すりから身を乗り出して下を覗き込んでいたロレインが何かに気付いたようだ。
「ふむ……これは」
『何かありました?』
「……どうやら下は地面に接しているらしい。奇妙な構造だ……」
何かが気になるらしい。ノワールの問いかけの後、少しの間ロレインが押し黙る。そうして数秒。彼女がカイトを向く。
「カイト。これをやるとヒメアに怒られるが……すまないがお姫様抱っこを頼んで良いか?」
「はい? いえ、別に構いませんが……まさか降りるんですか?」
「降りたい。想定が正しいのなら、地下に危険性は無い。いや、その可能性が高いと考えて良いだろうね」
「はぁ……」
どうやら下を見ている間に、ロレインは何かに気付いたらしい。下に危険はないと判断していたようだ。これにカイトは肩のノワールの使い魔を見る。
『大丈夫だと思います。ここは明らかに戦いに備えられていない。更には影も現れていない事から、ここは何かしらの異常が起きた所で除外される仕組みが作られているのではないかと』
「……わかった。じゃあ、失礼します」
「おっと……そう言えば久しぶりだね」
「ま、そうですが……グレイス! ライム!」
「わかった。ライム」
「ええ」
カイトの指示を受けたグレイスとライムが進み出ると、更にグレイスの要請を受けたライムが少しだけ先行して扉と逆側の所に移動。罠があった場合に備えた何かの魔術を展開しようとする。が、これにロレインが多慌てで声を上げた。
「おっと! ライム! それ待った!」
「は?」
「おそらくこの階段というか、一番下は壊してはならないと思われる。戦闘が起きないようにされている、と予想したのもそのためだ。壊したら一大事……そうだね。はっきりと言ってしまえば『方舟の地』が倒壊する可能性がある」
「……わかりました。とはいえ、どうにかは出来るのでしても?」
「それは構わないとも」
どうやら大技で楽々突破、は出来ないらしい。ライムはロレインの指示に少しだけ辟易としながらも、相手は第一王女なので従う事にする。というわけで彼女は魔術の構造を組み換え、速度は出ないような形で。更に階段にも地面にも接しないような魔術を即興で組み上げる。
「これで問題は?」
「大丈夫だ……まぁ、問題無いとは思うがね。一応立場もあるからカイトに盾を、というわけだ」
「わかりました……では」
ロレインの意図を聞きながら、ライムは魔術を発動。ゆっくりと地下へ向かって氷塊が降下していく。この氷塊は魔術に人間と誤認させるような特殊な術式を刻んでおり、もし人感センサーのような類があったとしても反応してくれるようになっていたのである。
そしてその後ろの離れた所をグレイスを先頭にライム、カイトの順番で飛空術で降下していく。そうして、一同が降下を開始してから数分。特に何もなく
「……っと。何も起きないし、単に階段が延々続いていっただけか」
「……でもこっちに扉があるみたいよ」
「む?」
「やはりか」
ライムの言葉に自身の背、丁度上に扉がある方をグレイスが振り向く。そしてそれはどうやら、ロレインにとっては想定内だったようだ。
「やはり?」
「ああ……ソラくん。前に聞いた要石の話。あれはこういう地形で間違いないかね?」
『え? あ……はい。要石……地震の抑制を行うあれですか?』
「ああ……未来でカイトが作ったという都市構造の基盤に設けられているという要石。地震を検知しそれを制震するという道具。それは丁度こういう地形だったのではと思ってね」
「なるほど……」
確かに言われてみれば、未来の自分が作ったという要石が安置されているという地下施設とやらの話にこの構造は酷似しているかもしれない。カイトはロレインの言葉にそう思う。というわけで彼に下ろしてもらったロレインが、迷いなく後ろの扉――これだけ木製だった――を開く。
「だからおそらく……やはりね」
「これは……岩? かなり大きな……」
「ああ。要石、というわけだろうね」
扉の先にあったのは、地面に直接接地する形で据え置かれていた成人男性よりはるかに大きな岩だ。それは大地からの魔力を吸い取っているからか今もなお刻まれた模様が輝いており、正常に動作しているようでもあった。
「これが、この巨大な塔の倒壊を防いでいたというわけだ。ここだけ地面になっていたのはおそらく意図的だとは思うが……」
『確かにあり得る話ですね……とはいえ、そうなるとここは触れない方が良さそうですか』
「ああ。下手に停止させれば……どどどどどっ、と崩れる可能性はあるだろうね」
もしかすると未来において今回の調査結果から地下の記録が消されていたのは、この要石があったからなのかもしれない。ノワールもロレインもそう判断する。そうして、この地下については他言無用として一同はこの最下層と思しき一角を後にするのだった。
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