第3181話 はるかな過去編 ――地下――
『方舟の地』と呼ばれるはるか古代の文明の遺跡。その遺跡はセレスティアの属するレジディア王家に縁のある遺跡だった。
そんな遺跡に生じたという異変の調査をセレスティアの祖先にして過去世のカイトの幼馴染であるレックス・レジディアから依頼されたカイトに要請されその調査隊に同行していたソラ達であるが、一同は本来は存在していないはずの地下階への昇降機を発見。ソラ達は先遣隊としてカイト達と共に地下へと降りていた。
「ふむ……あんなもんか。勝てそう……ではあるな」
「勝ては……するだろうけど。でも多分無茶苦茶苦戦すると思う」
「だろうな。二体同時が限度。三体目はやめておけ」
ソラの返答にカイトは一つ頷く。先の影の人にはおおよそ全ての属性攻撃が通用しない様子だった。ソラ達は魔術師ではないので特に気にする必要もないが、瞬であれば槍に炎や雷を纏わせるなどの火力増強は出来ない。影響が全くないというわけではなかった。
「……で、ソラ。お前らを前に出さなかったわけだが。何か見えた物はあるか?」
「見えたっていうか……こっちの階層には赤外線センサーとかみたいなのは無いっぽい、って感じは最初に話したよな」
「ああ。待ってる間にな……おかげで戦闘中に気にする必要はない、って感じだが」
この一角は誰もたどり着いた事がない一角だ。すでに赤外線センサーも使われている事がわかっている以上、どんな罠が待っていても不思議はない。
戦闘中に赤外線センサーを踏み抜いて敵に増援を呼ばれてもたまったものではない。なのでグレイスもライムも自分達にない能力を有するソラ達ではなく、自分達が前に出る事にしたのであった。
「ふむ……にしても面倒くさいっていうかなんていうか、って感じだが」
「なぁ、そう言えばずっと疑問だったんだけど、無効化の無効化ってどうやってる感じなんだ? いや、お前に聞くのもなんか変な話っぽいんだけど」
「うん? ああ、無効化の無効化か」
属性攻撃の無効化というか無力化というか。そんなものはある程度強い魔術師であれば一属性二属性使えて不思議はない。ソラ達の領域にまでなれば、先の影の人のように平然と全属性を無効化してくる敵や魔物も珍しくはなくなってくる。どうするか対抗策を知っておかねばならない頃合いではあっただろう。
「そうだな……属性の無効化は端的に言ってしまえばその概念を弾いている。だから無効化の無効化はその無効化のカラクリを読み解いて、無効化を無効化してるってわけだ」
「簡単……なわけないよな。簡単なら無効化が通用しないってなって誰も使わないはずだから」
無効化はグレイス達のような超級の戦士達には通用していないが、ある程度の腕利き即ちソラ達レベルの戦士達には通用するのだ。有用である事は間違いない。そしてそうである以上、簡単に対抗出来るわけがないと想像するのも簡単だった。
「そうだな。簡単じゃない。そもそも障壁で概念で弾けるようにしている時点で、概念を魔術的に理解して障壁や魔術に組み込めるほどの実力者だ。格下の魔術師が敵う相手じゃない……最低限同格の……属性の概念を魔術に組み込めるほどの腕が必要になる」
「それを理解した上で魔術にその無効化を更に上回る術式を組み込む、ってわけか」
「そういうこと」
「だから面倒くさいのよ。除外する術式が増えれば増えるほど、魔術は複雑になっていく。そんな魔術を戦闘中に使うのは負担なわけ」
カイトの言葉にどこか辟易とした様子でライムがため息を吐く。しかも彼女の場合、無数の剣戟をくぐり抜けながらそれを使うのだ。普通の魔術師とは比較にならないほどに負担は大きいのであった。というわけで、そんな彼女にソラが問いかける。
「でも敵も無効化出来る魔術師って悟ると無効化を更に無効化してきたりしません?」
「やれないわけじゃないわ。無効化を除外された後から即座に無効化を組み直したりして、だけど……最終的にはどちらが上か、という勝負になるわね。まぁ、無効化の無効化というより無効化された先に無効化を展開する、という感じだけれど」
「あ、無効化を無効化出来るわけじゃないんっすね」
「無効化の無効化の術式を開発して適用出来れば楽だけれど……概念の除外なんてそんな多くは出来ないのよ。概念っていう最低の構成単位を弾くわけだもの」
「なる……ほど?」
そんなものなのだろうか。ソラはライムの言葉に困惑気味だ。そんな彼に、ライムが火球を生み出す魔術を展開する。
「これ……<<火球>>。多分若干の術式のずれはあっても、そっちにも存在する簡単な術式だと思うけど」
「あー……ほとんど同じっすね。流石に」
見せられた魔術式の数は二つ。火を意味する魔術式と、それを球形にするためだけのたった二つだけの魔術式だ。その魔術式はどちらも非常に簡素なもので、魔術を習い始めたばかりの子供でも出来るほどに簡単なものだった。そうしてそれを見せて、ライムがため息を吐く。
「そういうことよ。この内火を表す魔術式はこの一つ。これから火属性を抽出するのが無効化の肝になるわけなのだけど……これは横に置いておくわ。わかる? この最小の魔術式にさえ組み込まれている概念を弾かないといけないの。無効化出来る術式はわかるヤツには除外の条件は知れ渡ってるも同然ってわけ」
「なるほど……じゃあそれを取り除こうとする力から逆算すれば……」
「あら。案外賢いわね。そういうことね。反応する部分がわかるなら後はどこが作用しているかを逆算するだけで無効化に作用している部分は探れる。勿論流派やら色々によって無効化を構築する魔術も色々とあるからある程度の冗長性が必要だけど……結局そこを技術でやるぐらいなら力技でぶち抜いた方が楽ね」
理論的にはわかるが、その無効化する瞬間を見抜いたりそれが作用する瞬間にカウンターで破壊する技術は必要になってくるのだろうな。ソラはライムとの会話でそう思う。と、そんな会話を横で聞いていた瞬がふと疑問を呈する。
「近接の場合はどうしているんだ? 内部に攻撃を叩き込んだ瞬間に属性攻撃を叩き込むのか?」
「それも一緒だ。槍とか剣に似たような術式を組み込んでぶち破る。だが攻撃の直後に、か。それも良い発想だな」
「そうなのか」
「障壁の中にぶち当ててるからな……でもまぁ、攻撃を当てられているのなら普通に倒せば良いだけだろうがな」
「それはそうだが……最低限自分の使う属性ぐらいは覚えておいた方が良さそうか」
どうやら上に行けば上に行くほど、武術一辺倒は通じなくなってくるようだ。瞬は笑うカイトの返答に対して同様に笑いながら、そう思う。
手札が多いというのは良い事しかないのだ。一つでも手札を増やせるように努力する事は冒険者にとって当然の事であった。と、そんな事を話しているとどうやら時間が経過していたらしい。上に上がっていた昇降機が再び降りてくる。
「お……どうやら次の便も来たか」
「やっとか」
ここまでに一戦しか起きていなかったのは幸いな事なのだろう。瞬は先程の影の人との交戦が連続しないで良かった事に僅かに胸を撫で下ろす。というわけで一同改めて昇降機を待っているわけであるが、次の便ではヒメアとロレインの二人がやって来る。
「ほう……この一角は赤く点灯しているのか。明らかに異常を来していると言っているみたいだね」
「ええ……それと先程敵も出現。交戦しています」
「ほう……だがこの様子ではゴーレムではなさそうだ。更には物量で押してくる形でも今のところは無いだろうね」
カイトの報告に対して、ロレインは興味深い様子で周囲を見回す。そうして彼女が見たのは戦いが起きたはずなのにも関わらずゴーレムの残骸が無い様子と、何十体と戦っているのであれば残るであろう戦闘の痕跡が無いという光景だ。そこから一体か極少数と見抜いたのであった。というわけでロレインが号令を下す。
「第二中継地点の構築を開始してくれ。私はマクダウェル卿から報告を受ける事にしよう。続く第二、第三隊にも同様に告げておいてくれ」
「「「はっ!」」」
ロレインの指示を受けて、騎士達が一斉に拠点の構築を開始する。今回はどこに安全の確保が簡単な領域があるかわからないのだ。この昇降機を死守出来るように万全を期す事にするのであった。というわけで一同は拠点の構築を横目に見ながら、簡単な報告を行う事になるのだった。
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