第3180話 はるかな過去編 ――影の人――
『方舟の地』と呼ばれるセレスティア達の世界に存在する超古代の文明の遺跡。それは同時にセレスティアの属するレジディアと呼ばれる王家の王族に縁のある遺跡だった。
そんな遺跡に起きた異変の調査をセレスティアのご先祖さまにして過去世のカイトの幼馴染の一人であるレックス・レジディアから依頼されたカイトの要請でその調査に同行する事になっていたソラ達であったが、そんな一同は『方舟の地』にて新たに地下を発見する。
というわけで先発隊としてカイト達と共に地下階にやって来ていたソラ達であったが、そんな一同は昇降機の到着エリアにて地下階最初の交戦に及ぶ事になっていた。
「「「……」」」
赤い輝きが照らす中。一同はそれぞれ武器を構えながら通路の先から敵が現れるのを待つ。そうして待つこと数分。ついに曲がり角の先から影のような人形が現れる。
「……なんだ、ありゃ」
「影の人……と言ったところか」
『方舟の地』の地下に現れた影の人にカイトが困惑を浮かべ、グレイスが見たままを告げる。そんな影の人はまるで意識を持たないかのようにだらりと腕を垂らし、僅かに前傾姿勢でまるで夢遊病のようにノソノソと歩いていた。そんな影の人はまだこちらを認識していないのか、ゆっくりと通路を歩いていた。
「ライム……あれが何なのかわかるか?」
「私じゃなくてエルフの王子様か小さな大魔女を連れてくるべきだったわね」
「りょーかい」
とどのつまりわからない。ライムの婉曲的な返答にカイトが笑う。どうやら遺跡に関わるものだからか、この時代では最高峰に位置するライムでも無理だったようだ。これ以上になると現状ではサルファかノワールしかおらず、この二人で無理なら現代の魔術ではどうすることも出来なかった。というわけでそんな状況に、グレイスがカイトに問いかける。
「……どうする? 見敵必殺とは言っていたが」
「見敵必殺……としたいが。敵意が見えない状況で先手必勝は避けたいが……」
攻撃する気配があるのなら先手必勝で仕留めるつもりであったが、逆にこちらが攻撃を仕掛けなければ敵対しないのなら話は別だ。現状、一同は孤立無援の状態だ。
次の一団が来ると共に撤退するにしても、十分ほどはここで耐え凌ぐ必要がある。見極めだけは必須だった。というわけで数秒。遺跡のアラーム音だけが響き渡る中、影の人の動きを一同は見守る事になる。
「「「……」」」
一秒。二秒。三秒。誰一人として身動きさえ出来ない中で、相変わらず影の人はこちらに気付いているのかいないのか。そのまま歩くだけだ。
もしかするとこれは手出しさえしなければこちらに害はないかもしれない。一同はのらりくらりと動きながらも何かをする様子のない影の人を見ながらそう思う。
その歩みは非常に遅く、一秒に一歩進むかどうかという程度だ。その一歩も非常に短く、その姿を視認してからまだ通路の半ばにもたどり着いていなかった。そうして十秒ほど。流石にここまで何もなければ、とソラが口を開く。
「だい……丈夫そう、か?」
「油断は禁物だが……大丈夫……か?」
ソラの言葉に応ずるグレイスも大丈夫かと問われれば自信はない。とはいえ、十秒経過してもまるで何も反応しないのだ。一同が肩の力を抜こうと考えるのも無理はなかった。
そうして更に数秒が経過して、一同がこれは大丈夫と思い出した瞬間。それは丁度影の人が通路の半ばにたどり着いた瞬間だ。壁に向けて歩いていた影の人がその向きを変えてこちらを向いた。
「っと!」
「なかなかね」
「……え?」
影の人がこちらを振り向いたとソラ達が認識した瞬間だ。その次の瞬間には、ソラ達の前10メートルほどの所でグレイスとライムの二人が影の人と剣を交えていた。その速度はあまりに速く、若干気を抜いていた事を差っ引いてもソラの動体視力で追いつけないほどだった。
「ライム」
「了解」
私が抑える。グレイスの言外の言葉を理解したライムが一歩後ろへ飛び退いて、対するグレイスが影の人を正面に捉える。とはいえ、これは別にグレイスが一人で戦うという意味ではなかった。
「はっ!」
かんっ。甲高い音が鳴り響いて、金属の床にライムが青みを帯びた白銀の探検の切っ先を叩き付ける。すると床が急速に冷やされていき、その上にある物全てを凍りつかせていく。
そうして急速に凍りついていく地面とそれが発する冷気を背に感じ、数秒の間に影の人と無数の剣戟を交えていたグレイスが飛び退いた。
が、やはり影の人の速さも凄まじかった。彼女が飛び退き自身が氷に包まれるより前に地面を蹴り跳躍。自身が凍りつくのを回避する。
「逃さない」
とはいえ、ライムもこの程度は百も承知だった。というわけで自身の攻撃が回避されるのを見るや、即座に探検にさらなる力を込めてまるで大蛇が鎌首をもたげるように氷を伸ばして影の人を追撃する。その一方、空中へ逃れていたグレイスもまた、わかっていたようだ。
「それは悪手だな」
グレイスはグレイスで自身が飛び退くと同時にこの影の人も遅れず追従してくるだろうと考えていたらしい。彼女は跳び上がると同時に虚空を踏みしめ、影の人が跳び上がるのを待ち構えていた。
「はぁ!」
だんっ。僅かに猛火を纏うグレイスが飛び上がったばかりの影の人に向けて剣戟を叩き込む。そうして彼女の強撃を叩き込まれ、僅かに影の人が地面へと降下する。そしてそれが終局だった。
「まずはこんなもの……であれば良いのだけれど」
「さて……どうなのだろうな」
空中で巨大な氷の塊の中に取り込まれた影の人を見ながら、ライムがため息を吐いてグレイスが肩を竦める。決してこの影の人は弱いわけではない。ソラ達で一人一体受け持ったなら確実に勝てる程度が、二体同時ならかなり厳しいがギリギリ勝てる。三体なら逃げるべき、と言える領域だった。というわけでそんな影の人を見る二人であるが、まだ警戒は解いていなかった。そしてそれは正解だった。
「……これは……」
「ちっ……壮絶に面倒な類ね」
僅かに楽しげに笑みを零すグレイスに対して、ライムは何が起きているかを認識して舌打ちする。そうして直後だ。彼女の生み出した氷の塊が粉々に砕け散った。が、その直後にはグレイスが解放された影の人へと肉薄し、まだ僅かに残った氷ごと串刺しにする。
「少しは楽しめたが……燃え尽きておけ」
少なくとも上層階の逆関節型のゴーレム達より数段上の敵だな。グレイスは自分達がたどり着けている階層の中でもかなり上位の個体に匹敵すると判断。自らの剣から炎を生じさせ、影の人を包み込む。が、そんな彼女にライムが告げる。
「グレイス」
「わかっている……おそらくそうだろうと思うが、おそらくなればこそ確かめたかっただけだ」
片手落ち。そう告げんばかりのライムの視線に対して、グレイスは同じ意見なればこそ敢えてだと告げる。そうして二人の予想通り、影の人を包み込んだ炎がまるでガラスが砕けるような音と共に消え去った。
「属性攻撃の無効化か……なるほど。なかなか厄介だな」
「吸収でないだけまだマシ……だけど面倒ね」
グレイスが剣を突き立てたのは、物理攻撃でダメージが与えられるかどうかを調べる目的が第一。そして続くこの炎でダメージを回復させる事が出来るかを調べる目的が第二だった。
どうやらこの内第一の目的である物理攻撃によるダメージは成功。影の人の胴体には大きな風穴が空いており、まるで血が滴るようにタールのような液体が零れ落ちていた。
そして第二の目的の属性攻撃によるダメージの回復であるが、こちらは杞憂だったようだ。炎が消し飛んだ後は先の通り、身体に穴が空いたままだった。
「面倒ではあるが、別に属性攻撃が使えねば困るというわけでもない。お前に至っては別に無効化でも吸収でもどうにでも出来るだろう」
「どうにでも出来るけれどその魔術を使わねばならないのが面倒なのよ……はぁ」
ぱちん。グレイスの言葉に応じながら、ライムは指をスナップさせる。すると地面に着地してこちらに襲いかかろうとしていた――より正確にはすでに地面を蹴っていた――影の人が再度凍結する。
「消えて」
きぃん。ライムの爪先が氷塊に触れると同時。甲高い音が鳴り響いて、今度は氷漬けになっていた影の人ごと氷が砕け散る。
「……流石にここまで砕ければ再生もなにもないか。いや、それ以前に破片もこの様子ではどうにもならんか」
ぱんっぱんっぱんっ。まるでパチパチと弾ける飴が弾けるような軽い音と共に、砕け散った破片が中に取り込んだ影の人の欠片ごと砕け散って消え去っていく。そうして跡形もなく影の人が消し飛んで、地下階での初戦闘はあっけなく終わりを迎えるのだった。
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