第3177話 はるかな過去編 ――禁止事項――
『方舟の地』に起きた謎の異変。それの調査をレックスから依頼されたカイト達と共に遺跡調査を専門としている事。未来において『方舟の地』へと赴いた事がある事からその調査に参加する事になったソラ達。そんな彼らであったが、情報にない通路を見付けその深部まで調査を進めていた。
が、そんな深部での戦いもカイト達によりあっさりと片付く事になり、新たに見付かった地下へ続く昇降機について話し合っていた最中。ふとした事で出た地球の知識を基に『方舟の地』の再考察を行っていたセレスティアであるが、その彼女に訪れた不可思議な出来事により前後不覚に陥ってしまう事になる。
というわけでただ事ではない状況を察したカイトの要請を受けたヒメアにより眠らされたセレスティア。そして本来は存在しないはずの地下への昇降機の発見によって一団は次の動きを考えるべく、その日の調査活動を終了させる事になっていた。
「もう大丈夫なのか?」
「なんとかね……もう離れて良いわ」
カイトの問いかけに、ヒメアは少し疲れたように頷いた。彼女にしてみれば唐突に呼び出されて来てみれば、カイトにしがみつくセレスティアが恐怖に包まれていたのだ。色々とわからないだらけではあったが、ひとまずの対応は終わったという所であった。
とはいえあくまでひとまずという所で、彼女の魔術で眠るセレスティアはまるで幼い少女のようにカイトの手を掴んで放さなかった。というわけで一同はヒメアが常には待機する医務室のような所で、ベッドに横たわるセレスティアを囲んで話をする事になっていた。
「ヒメア様。それで姫様……セレスティア様のお加減は」
「ひとまず危機は脱したという所。精神崩壊一歩手前まで追い詰められていたわ。こいつに手を握られている間はなんとか、という所ね。後は自己治癒力頼み……ま、明日の朝には目を覚ますでしょう」
「そうですか……おそらくカイト様に直感的に助けを求められたのは、未来の世界においてセレスティア様はカイト様に対応する巫女になるからではないかと」
「あー……そう言えばそんな事言ってたわね」
未来の世界では自分達が持っていた武器は神殿に祀られており、武器に遺された自分達の力を借り受けるための使い手と巫女がセットで運用されている。そしてカイトに対応した巫女がセレスティアで、イミナはその護衛を務める騎士とヒメアも聞いていた。
とはいえ、それがなぜ安心に繋がるのかはいまいち理解が出来なかったようだ。今度はカイトが問いかける。
「だからなんなんだ?」
「はい……巫女は幼少期より武器との交信が出来るように、皆様の遺品……とでも言う物を見に付けて育ちます。ある種その庇護下にあったようなもの……と言えるかと。なのでおそらくセレスティア様にとって、最も近くにいてくださったのはカイト様でしょう。なので自然、助けを求めてしまわれたのかと」
「そ、そうか……いたたたたたっ!」
何か小っ恥ずかしいぞ。そんな様子で頬を赤くするカイトに、むすっとした様子のヒメアが背を抓る。そんな彼女であったが、それでセレスティアがカイトの手を握り安心する理由は納得出来たようだ。というわけで、彼女はため息を吐きながらカイトを睨みつける。
「はぁ……それで、こいつに手を握られると安心すると。ならしょうがないわね。流石にこの状況でこいつに離れろ、っていうのは認められないし」
「そんな睨まなくても何もしませんよ!?」
「出来るわけないし?」
「ぐっ……」
どこか挑発するような様子で告げるヒメアに、カイトが僅かに頬を赤くする。未来と過去のカイトに大きな差があるとすれば、ここらの性に対する耐性が一番大きかったかもしれなかった。
「とりあえずあんたも今日はこっちで寝なさい……寝れるでしょ」
「無茶言うなぁ……」
とどのつまりセレスティアに手を握られたまま、ほぼ身動きを取らないように寝なければならないのだ。魔術で色々と制御してやる必要があるのだが、出来ないわけがなかった。
それ以前に美女二人に挟まれた状態で眠れるかという話もあるのだが、十数年ヒメアの隣室で寝たり時として抱かれて眠る事が何度もあったカイトである。もはやそこらは麻痺していたので問題はなかったようだ。
「ですがまさか精神系の治療も出来たとは……お見逸れいたしました。見習わせて頂きます」
「……」
「申し訳ございません」
「……」
「え? あ、え? あ……すみません」
なぜ自分は頭を下げさせられているのだろう。土下座したカイト――本能的な動作で土下座を知っているわけではない――に続けて壮絶に怒りの籠もった視線を向けられ、イミナは何がなんだかさっぱりという様子ながらも頭を下げる。が、だからと怒りが収まる事はなかったようだ。唐突にセレスティアの周辺が白く覆われた。
「どこかの! 誰かの! ご先祖様が! 毎度毎度数百回も連続で!? 自己再生とか復元とかそういうレベルじゃなく! 巻き戻し領域の自己治癒を繰り返す!? バッカじゃないの!? 精神ぶっ壊れるに決まってんでしょ! 私だってこんな極めたくないわよ! どこかの! バカが! 何十回とやらかしてるから出来るようになったのよ!」
「「「……」」」
どうやらイミナはヒメアの特大の地雷を踏み抜いてしまっていたらしい。それを一同は理解する。それでも自身の地雷を理解して患者は助けているあたり流石という所であるが、そこが最後に残った理性だったようだ。烈火の如く怒り狂っていた。
「わかってるわよ! そうしないと死ぬって! でも限度ってもんがあるでしょ! こっちはあんたが出ていく度に泣かされてんの! 申し訳ないと思うなら一度ぐらい無傷で帰って来なさいよ!」
ヒメアは確かに烈火の如く怒り狂ってはいるが、同時に泣き喚いてもいた。故に彼女はカイトをボコボコと殴りながらも、対するカイトは一切抵抗していなかった。
それほど自身が愛され、そして心配されているとわかっていたからだ。そうしてひとしきり泣き喚き怒り散らしたヒメアが静かになった所で、カイトがようやく口を開く。
「死なないように頑張る」
「……それで良い。貴方こそが、私の騎士こそが最強だと証明しなさい。証明し続けなさい。謀略に屈する事も許さない。大勢に屈する事も許さない。暴虐に屈する事も、悪逆に屈する事も……何より死ぬ事は許さない。もし私の許しなく死のうものなら……世界を滅ぼしてでもあんたを蘇らせる。だから絶対に死ぬな」
まるで底冷えのするような声で、ヒメアが告げる。それはまるで愛こそが最大の呪いなのだと言わんばかりであった。というわけで一頻り言いたいことを言って満足したのか、いつもの調子でカイトから離れ差し出されたハンカチを受け取っていた。
「はぁ……あ、ありがと」
「やれやれ……何かと思えば。また誰か地雷を踏み抜いたかね」
「あら、お姉様」
「ああ。部屋に入るなり君の癇癪だ。何事かと思ったが……まぁ、何を言っているか理解すればいつもの事だと思うばかりだがね」
「あ、あはははは……」
やはり落ち着いてみれば自身の痴態だ。それを姉に見られていたのは恥ずかしかったようである。
「で? 何かそっちは掴めたかね? あとはセレスくんの容態を聞いておきたくてね。彼女は重要な戦力と情報源だ。損失はなるべく避けたい」
「え、あ、ええ。えーっと……」
「はい。先程の現象ですが、言葉を奪われた結果と言えます」
「言葉を?」
自身の視線を受けたノワールの言葉に、ヒメアが首を傾げる。確かに口をパクパクとして空気を求めているような様子は状況を考えても正しいように思える。が、あれはそれだけで引き起こされるような事態ではないようにヒメアには思えた。そして、その推測は正しかった。
「はい……その疑問は尤もです。なのでより正確に言うのなら、意思の表現全て。とどのつまりこの場合の言葉とは」
「他者への意思の伝達手段……というわけか」
「はい。筆記による文字を介しての情報伝達は当然のこと、魔術を用いての念話や思考伝達も一切禁じられていました」
「「「……」」」
それを全て奪われたというのだ。その恐怖は想像するしか出来ないが、それを味わった結果がどうなったかは目の前に横たわるセレスティアの姿で明らかだろう。
「幸いというべきか、ある種悪辣というべきか一気に奪われたわけではなかったのでまだ表情までは奪われていなかったという所でしょうか。まぁ、それもお兄さんが横に居てくれたので、幸いだったという所です」
「ん? オレ?」
何もしていないぞ。ノワールの言葉にカイトが小首を傾げる。とはいえ、これは彼がしているという事ではなかったらしい。ノワールが笑う。
「ええ。お兄さんを起点としてセレスティアさん達には大精霊様からある種の加護が授けられています。加護と言っても通常の加護ではなく、様々な情報が異なるが故の様々な不測の事態に対応するための安全弁……と言う所でしょうか。世界側からの干渉と世界側への干渉がある程度セーブされていました」
「あ、なるほどね……」
一見すると世界側だけで良いかもしれないが、もしセレスティア達が未来の世界に戻った際にそちらの世界に影響が出るかもしれないのだ。それを防ぐのであれば、この時代でセレスティア達に問題が出ないようにしておくことも重要だった。というわけで自身の役割がそのアンテナのような物と理解したカイトへと、ノワールが頷く。
「はい。そういうわけですので、今回の世界側からの干渉も限定的となり、結果としてセレスティアさんも段階的に制限されていった、というわけですね」
「そうか……もしもの話だが、全ての言葉……意思表示の方法が奪われた場合、どうなっていたのかね」
「……わかりかねます。とはいえ、現状を鑑みるに精神崩壊は確実でしょう」
本当にお兄さんが居てよかった。ロレインの問いかけに対して、ノワールは心底そう思う。なにせ一歩手前の段階でさえ尋常ではない恐怖になるのだ。自覚症状としてどんな状態がセレスティアに訪れていたか、ノワールもまたわからなかった。
「そうか……それは気を付けてもらう事にしよう。それで元々何があったのだね」
「そう言えばそれは私も聞いていないわね。一体全体何があったの?」
「いや、何があったのか……セレスがこの『方舟の地』の何かに気付いて、それをオレに教えようとした途端にこうなった、としか……」
「多分、セレスティアさんは正解にたどり着いたのだと思われます。そしてそれが現状において私達に伝えられてしまうのは世界側として有り難くない……ということなのでしょう」
「なるほど。確かに筋が通っている」
未来でしか手に入れられない知識で手に入れられた正解だ。意思表示を奪う事で自分達の『方舟の地』の正解を教えないようにした。そう言われればロレインにも納得が出来たようだ。
「皆さんも、注意された方が良いかと。不用意な発言はこうなる可能性が非常に高い。今回は幸いな事に私が近くに居たので対応が出来ましたが……」
「「「……」」」
気を付けねばこうなる。一同は横たわるセレスティアに、今まで自分達がこうならなかったのはあくまでも幸運だったのだと理解する。そうして一同は改めて自分達が未来の存在である事を認識。言動に注意する事にするのだった。
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