第3175話 はるかな過去編 ――見知らぬ道――
『方舟の地』というセレスティア達の世界のはるか過去に存在していたという古代文明の遺跡。それは現代では遠く及ばない技術を用いた文明の遺産だった。
そんな遺跡に起きた異変をセレスティアのご先祖様にして時の王太子であるレックス・レジディアから知らされた一同は、その調査に赴くカイト達の同行を要請され『方舟の地』へと赴いていた。
というわけで『方舟の地』の第一層の大部屋に中継地点を設ける事に成功した一同はそのまま次の階層を目指す事なく、第一階層を虱潰しに調査する事になっていた。
「……ノワール。貼り付けてる使い魔でこの光景は見えているか?」
『はい……そしておっしゃりたい事は正しいです』
「ということは、か。セレス」
「はい……こちらの道に関しては私も覚えはありません」
『ということは、緊急事態に際して順路が変更されてしまった……というわけなのでしょうね』
一同が進んでいた通路の一つなのであるが、そこにはカイト達が行ったマッピングに記載されていない未知の通路が存在していたらしい。というわけでこの時点で一同の脳裏には現在の知識は通用しないと認識する。
『……やはりそうですか。となると……』
「向こうでも案の定か?」
『ええ。レックスさんの方でも見た事のない通路があるみたいです。またやはり交戦の頻度が減っているみたいですね』
「ということは、もう完全に地図は当てにならなそうだな。数百年先でも一緒だって聞いて安心してたんだが」
『今回の記録は記録には残っていても、地図は残らなかったみたいですねー。私、残しそうなものなんですけど』
「そう言えば……異変に関する記録は外壁が赤く輝いたという記録以外あまり残されていませんね。二度目の記録も……そういえば不自然なほどにありませんでした。いえ、これは私が単に不勉強なだけかもしれませんが」
それはどうだろう。カイトもノワールも自らの不勉強について言及するセレスティアに対してそう思う。これは至極当然なのかもしれないが、彼女はレジディア王家についてかなり深い所まで知っている。勿論イミナさえ知らない王家の秘密――統一王朝もそうだしレジディア王家単独でも――も幾つも知っている。その彼女に異変が起きた時の言い伝えが伝承程度も伝わっていないというのは不自然に思えたのだ。
『多分失伝したのか……』
「まぁ……オレ達が意図的に失伝させたのか……だろうなぁ」
「有り得そうなのがなんとも言い難いですね……」
特に未来のカイトはシンフォニア王国中興の祖より国父として崇められるほどの賢者として謳われることになる上、レジディア王国のこの遺跡にも何度も入った事が記録されている。彼が何かを掴んで意図的に異変の記録を消していたとしても不思議はなかった。
『まぁ、この後の調査で何かがあって、消すべきと判断したのであればそれは今の我々が掴みようもない事という事でしょう。未来の事は未来に任せ、今は次に進むべきですね』
「だな……で、それはそれとして。どうする?」
『まず順当に地図の通路を進んでください。多分行き止まっているはず……です』
「確かに進んだ方角としても行き止まるはず……だしな」
通常の状態であれば、普通の道の先には行き止まりがあるはずだという。とはいえ、すでにここに未知のルートがある時点でその情報というのはあてにならない。二人共はず、というしかなかった。というわけで、一同はひとまず情報に従って奥へと進んでいくのだった。
さて見付かった通路をひとまず奥から攻略していく事になった一同。そんな一同であるが、その逆側のレックス達の情報も集約しながら第一階層の攻略を進めること暫く。新たに発見された通路もその大半が行き止まりに繋がっている事が分かり、おおよそのマッピングが終わりつつあった。が、そうすると見えてきた物があった。
『……うーん』
「やっぱりそんな感じか?」
『ですね……こうなるとやっぱり気になるのはこの直進ルートなんですけど……』
カイトの問いかけに、ノワールが困ったような様子を露わにする。
「やはり何度か迂回やらはさせられたが、この先の部屋から見える右への曲がり角……オレ達が知らない間に降下していなければ守護者の部屋に繋がっているはずだ」
『はい……歩いてきた距離やらを計測した結果でも、その通りに算出されています。ですがそうなると気になるのは、ですね』
「さっき言ったいつものルート、か」
『はい……この先に何かの罠があった場合、面倒になりかねないかなぁ、と』
「姫様そっちにいるから、何かがあった場合でも問題はないだろうけど」
カイトの最大出力とレックスの最大出力の衝突さえ問題なく防ぎ切る――無論これは彼女狙いの攻撃ではないが――というヒメアの防御力だ。その彼女は姉のロレインと共に中継地点に待機しており、万が一に備えていた。
というわけで両勢がこの未知の部屋の先へと進んだ結果不測の事態が起きたとしても耐えきれる。そして耐えている間にカイトを召喚すれば、撤退までは出来ると考えて良かった。
『ですね。おねえさーん!』
『はいはい。何かがあったらこの先に障壁を展開して敵を食い止めれば良いわけね。で、その間にカイトを召喚して片付けさせる、と』
『そうですねー。そしてお兄さんと一緒に撤退。外の部隊とお兄さんがトンボ返りして全員集合して撤退……というのが一番良いかと』
『可能であればこっちからもう一団出すべきかもしれないけどねぇ……流石にこの状況でもう一部隊編成するのはやめておいた方が良さそうか』
すでに『方舟の地』は自分達が知らない様相を呈しているのだ。今はまだ敵が見知った逆関節を持つゴーレムと小型砲台なのでなんとか出来ているが、何時未知の敵が出てきても不思議はなかった。となれば下手に戦力を分ければ各個撃破の可能性は十分に有り得て、これ以上分けるのは戦力的に不安だった。
「そうですね……ひとまずある程度の情報が収集されてからでなければ更に部隊を分けるのは止した方が良いかと」
『だね……良し。じゃあ、そのままそっちは頼むよ。こっちはレックスくんのサポートをしておく』
「了解です……じゃあ、行くか」
今まで収集されたマッピング情報が間違いでなければ、この先でカイト達の一団とレックス達の一団の道は一つにまとまるはずなのだ。が、それにしては両端が離れすぎている様子で、一つの大きな部屋で合流するかどちらも小さめの二つの部屋があって行き止まるか、という塩梅であった。
というわけで通信を終わらせた両勢はそれぞれの大部屋の端に沿って移動。次の通路に続く角までたどり着いてそこで停止する。
「……瞬。いつもの頼んで良いか?」
「わかった」
「ほんと、お前ら居てくれて助かった。便利すぎんだろ、そっちの魔導具」
カイトの要請を受けて先頭を入れ替わった瞬であるが、その手にはティナが開発した曲がり角から顔を出さずともその先を見通せるレンズ型の魔導具があった。
これにスマホ型魔導具をリンクさせる事でカイトにも情報を共有出来るようになっていたのである。というわけでスマホ型魔導具の画面を見せて貰いながら、カイトが険しい顔を浮かべる。
「少し先に大部屋……その先一直線に通路、か。流石に見通せないな」
「ああ……少し待ってくれ。確か向こうのレックスさん達も同じ場所にいるはずなんだよな?」
「ああ……何かあるのか?」
「ああ……向こうもソラが同じ事をしているはずだ。なら、こういう場合に信号を出す方法があってな……良し」
レンズ型の魔導具の先端から、魔術を使わない信号が発信される。これはモールス信号を利用して作られた信号で、瞬達が文字を入力するとそれを自動でモールス信号へと変換してくれるのである。
そしてこれはあくまで信号。言語でないため、翻訳の魔術からは除外されてしまうのだ。というわけで、地球の知識がなければ解読出来ないという利点があるのであった。
そしてどうやら、レックスの一団でも同じ様にソラの魔導具を頼りに調査を進めていたらしい。瞬の信号を受け取ったらしいソラが受信を示す信号を送り返す。
「……何が起きているかはさっぱりわからんが……この光の明転でやり取りしてる……のか?」
「ああ……といっても俺達もこれ無しだと何がなんだかさっぱりだ。いや、無しでも解読してしまえる奴はいるそうなんだがな。流石にそんな芸当は俺にはできん」
「なぜなんだ?」
「特殊な技術なんだ。元々は航海士とかが使う物……だとかなんとか。流石にエネフィアに来るまで操船技術なんて学んだ事もない。しかも学んだのは飛空艇の操船技術だしな。どうにせよ地球の信号だから覚えられもしなかったが」
「なるほど……船乗りたちの技術、というわけか。確かに彼らは独特な光の信号を使っているな」
「こっちでもそうなのか……とりあえずエネフィアで使われている信号じゃないし、言語じゃないから解読の魔術も通用しない。なんで現状では安全面からこれが一番良い、って事で採用されているそうだ」
確かにな。瞬の言葉にカイトはその優位性を理解すればこそ納得する。そして自分達と反対側にソラ達の影が見えるということは即ち、両勢が今正反対の位置にいるということだ。
「このままやり取り出来るか?」
「やれるが……念話は使わないのか?」
「使わないで良いならその方が良い……レックスが画面を見ているか聞いてくれ」
「……見ているそうだ」
「良し……タイミングを合わせるように伝えてくれ。同時に通路に入ってそのまま一気に大部屋まで突き進む」
「わかった……信号が帰ってきた。わかった、とのことだ」
「良し」
レックスからの返答にカイトは一つ気を引き締める。そうして彼は率いてきた部隊の中団にいるライムへと視線を向けた。するとそれだけで、彼女はカイトの意図を読み取ったらしい。
「了解」
「頼む」
流石にもう十数年一緒に戦場を駆け抜けているわけではないのだろう。ライムは速やかに最後尾に移動。そこでグレイスと入れ替わり、グレイスがカイト達と合流。三つになっていた隊列が前後二つになる。
「グレイス。火力で一気に攻め落とす」
「後ろはライムに、か。確かに下手に長引かせてトラブルを引き起こしたくはないか」
「そういうこったな……瞬。ソラと共に合図は任せる。オレはお前とソラの合図に合わせてレックスと共に先陣を切る。お前はライムと共に後詰めの連中と来い」
「わかった」
ここで誰かが逆側のレックスの一団と連携を取らないといけないのだ。そしてレックス達の一団もまた連携を取るために誰かが連携を取る必要がある。その役目は、と言うとやはり瞬達が適役と言うしかなかった。というわけでこちらの準備完了と共に、向こうも準備が終わっていたようだ。スマホ型魔導具の画面を覗き込んでいた瞬が口を開く。
「向こうから連絡が来た……準備完了。スリーカウントでどうだ、とのことだ」
「それで良い……こっちも準備完了と伝えてくれ。そっちに合わせる、とも」
「わかった……出来たぞ」
カイトの要望を受けて指定のメッセージを伝えた瞬に対して、その信号を受け取ったソラの側がそれをレックスに伝達する。そうしてソラの側がスリーカウントを一致させるための信号を送り、瞬の信号と同期する。
「合図の同期も出来た。後はゴーサインだけだ」
「そうか」
なら後はレックスの判断を待つだけだな。カイトは瞬の返答にぐっと剣の柄を握りながらそう思う。そうしてソラ達の側で合図が出てスリーカウントが開始され、その終了と同時にカイトとレックスが両側の通路へと飛び出し、一気に大部屋へとなだれ込んでいく。
「瞬!」
「ああ!」
カイト達が大部屋へと駆け込んで一秒弱。リィルの言葉に瞬も応じて立ち上がる。そうして、彼らもまた大部屋へと向かう通路を一気に駆け抜けるのだった。
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