第3174話 はるかな過去編 ――調査続行――
『方舟の地』と呼ばれる超古代の文明の遺跡。それは蒼き勇者カイトと対をなす英雄である真紅の英雄レックス・レジディアが所属するレジディア王家に縁のある遺跡であった。
レジディア王国に入国すると同時にその遺跡に異変が起きた事を知らされたソラ達であったが、彼らは元々彼らが遺跡調査を専門としていた事。一同の中に遠い未来におけるレックスの子孫、即ち未来のレジディアの王族となるセレスティアが居た事から異変の調査への参加を依頼される事になり、『方舟の地』へと赴いていた。というわけでカイト達と共に異変の調査に赴いていた一同であるが、そこでソラ達の使う未来のエネフィアの翻訳の魔術には未来のカイトの知識によりこの世界の古代の言語まで対応している事が発覚。それを頼りに活動する事になっていた。
「にしても、未来のか……オレは何をやってるのかねぇ」
「もはやあまり驚きたくはないが……まさかこの遺跡さえ制覇してしまっているかもしれない、か。本当にそんな君達がなぜ死んだのやら」
「死んだ、じゃなくて意図的に転生したと聞いてますけど。なんか絶対そうしないといけなくなったからそうしたって」
「だったね」
意図的な転生。寿命による死や他殺、自殺ともまた違う新たな選択肢を選んだというカイト達に、おそらく自身はこのままある意味では真っ当な人生を選んで死ぬのだろうと理解していればこそロレインは苦笑気味だ。
「とりあえず。お陰で調査は進みそうかな」
「ま、そうですね。ただいたずらに歴史を変えられないから、踏破出来ている範囲、もしくは新たに見付かった領域の精査にしておくべき……だそうです」
「それが良いだろう。答え合わせをされてしまっては調べる面白さがない……ま、それはそれとして。今回制止がなかった所を見るに、問題ない範囲というわけなのだろうね」
ソラ達の周囲は常に大精霊達が見張っている。それをカイト達も認識しており、大きく歴史を変えてしまうような事態が起きれば彼らが出てくるはずだと考えていたのだ。
「大精霊様が出てこられないということは即ち、ここに彼らが来るのは問題のない事態だという事に相違ない。いや、もしくは来ない事の方が問題……なのかもしれない」
『なるほど……それはあり得るかもしれませんね。考えてみれば大精霊様達にとって我らの遠く及ばないこの遺跡でさえ児戯に等しいでしょう。ならばタイミングを見計らい、異常を引き起こさせる事はあり得るかもしれません。そしてお兄さんと一緒にいるように言ったのは大精霊様。この流れは至極まっとうなものです』
ロレインの推測に、ノワールはいつもならあり得ないが故に見落としていたと同意する。これに一つ頷いて、ロレインが推測を続ける。
「ああ。そうなると、彼ら来た時点でおおよその原因は解決している可能性はあるが……」
『そうではないあたり、おそらく来ただけで良しとなるわけではないというわけなのでしょう』
「もしそうなら、だがね。存外草葉の陰で我々の推測に笑われているのやもしれん」
『それも勿論あり得ます』
この話は大精霊が原因であるのなら、という前提に基づいているわけであるがそもそもその前提が誤っていれば元も子もない。というわけでひとしきり笑った後。ロレインは気を取り直す。
「で、どうだね。進みは」
『設置は後少しです。ただ今回は不測の事態が多く見受けられますので、ある程度防御は強めにしています』
「そうか……こちらも人員の移動に問題はなさそう……という塩梅だ。いつもより攻撃が若干ヌルいと感じるのは私の気の所為でなければ良いのだが」
「あぁ……確かにそういう感じはしていますね。やはり件のシステムエラーとやらが影響しているのではと」
「やはり君もか……いつもなら今の少し多いぐらいの敵が来ていたが」
「おそらく警備状況やらが変わっているんでしょう。バカ正直に真正面から特攻する……のは愚策中の愚策でしょうね」
いつもなら更に先を目指すなら左右の道は無視して進むんだが。カイトは大部屋から繋がる4つの通路を見る。この内、正解は当然一つだけだ。それだけが先の階層に繋がる階段に繋がっているのであるが、今回はその通路は一度進まず残る二つを調査。その後次の階層を目指す事にしていたのであった。
「ああ……はぁ。本当ならさっさと深部を調査して帰るはずだったんだがね」
「最低限異変は止めないとどうしようもないですね」
『申し訳ありません、ロレインさん……ウチのトラブルに付き合わせて』
「構わないさ。ここから一千年近くで二度しか起きない異変だ。私が近くにいる時に起きてくれて助かったというしかないぐらいだ」
本来レジディア王家に所以のある遺跡である以上、レジディア王国単独で片付けるべき案件というのは正しいだろう。が、今回はそもそもロレイン達も飛空艇の調査の一環で来る予定だったのだ。
その予定もある以上、片付けておくべきと彼女も判断したのであった。何より、技術者として歴史上一度もない異変を起こした遺跡に興味が尽きなかったというのも大きかった。
『そう言って頂ければ……っと。来たな』
ロレインとの間で通話を行っていたレックスであるが、どうやらあちら側の騎士団の騎士達が到着したらしい。ガシャガシャと金属同士が軽くぶつかり合う鎧の音が少し離れた所で響いていた。そして彼らの到着と同時に、カイトの側も準備が終わっていたらしい。
「団長。こちらの支度も終わったぞ。部隊の編成に関しても問題ない。相変わらずのうざったさには辟易とするがな」
「いつもの事だ。雑魚で削って本命の守護者でとどめを刺す。わかりやすいし、正しい……ま、そんな常識で削れるオレ達か?」
「違うな」
カイトの問いかけに対して、グレイスは獰猛に牙を剥いて笑う。ここまでの道中でおそらく総勢100体ほどのゴーレムに襲われ数十門の砲台に射掛けられていたわけであるが、その程度はどうということもない程度でしかなかった。
「なら、問題無いだろう……あ、一応言っておくが今回は競争とかじゃないからな? しっかり調査がお仕事です」
「やれやれ……騎士に学者の真似事をさせるなぞ酔狂も甚だしいが。ライムが一緒なだけまだマシか」
「貴方も出来るでしょう」
「面倒なんだ。騎士として出て魔術師に思考を切り替えるのは」
ライムの指摘に対して、グレイスは盛大にため息を吐く。彼女の属するスカーレット家は四騎士の一つでありながら、同時に王族に近しい家だ。故に高度な教育を受けており、学者並の知性を保有していた。
いたのだが、彼女曰く騎士としての思考回路と学者としての思考回路は違うので切り分けており、その使い分けは面倒でやりたくない、との事であった。
『まぁまぁ。私が全体的な総括はしますので。報告さえして頂ければ大丈夫ですよ』
「それで頼む……さて」
「あいよ……瞬、そちらの準備は?」
『出来ている。何時でも大丈夫だ。通信機も問題ない……今更だがこれだけで挑むのか?』
「今回全部で200だ。三軍集めてもな……というより、さっきの規模で外に溢れ出た場合、外の封じ込めの方が大変になるのは目に見えた話だろ?」
『それはそうだが……外に増援は来ないのか?』
何度も言うが、ここはレジディア王家に所以のある遺跡だ。なのでレジディア王家が最も大切にしているはずで、大規模な増援があっても不思議はないだろう。が、ここに仕方がない事情があった。というわけでカイトは笑いながら、レックスに投げ掛けた。
「だ、そうですよ。王子様」
『悪い』
『はい?』
『俺の結婚式で各地から偉い人達招いてるから、その護衛やらに人員が取られてるんだ。というか、そうでないと俺が出て良いなんて話が出るわけないだろ?』
『あ……なるほど……』
確かに出入り口の関係もあるが花婿当人が対策に出ないといけないような状況という時点で、かなり人手不足になっているというのは想像に難くない。
そして何よりこの未知の遺跡に異変が起きた、というのはあまり知られたくはない。なので少数の人数で解決しなければならなくなった、というのはわからないではなかった。
『ていうか、出て良いなんですね』
『あはははは。王城でかたっ苦しくおべんちゃらやってるより外の方が気が楽だぞ。固いこと言う奴らどこにも居ないからな……あ、いや、そういうわけではなくてですね!?』
『……どうしたんだ?』
「あははは。お目付け役に見付かった、って所だろうさ」
気を抜いてたな。基本的に王族である以上、お目付け役はいる。なので今回は状況も相まってお目付け役が寄越されていたのであった。
『「そうなのか……っと」』
通信機と自身の声が二重になるほどの距離までたどり着いた事で、瞬は通信機の通信をオフにする。というわけでそんな彼にカイトも一つ頷いた。
「ああ……で、基本的にはオレと共に行動してくれ。最後尾にはグレイスがいるから気にするな。で、中団にはライムだな」
「安牌といえば安牌な隊列か」
前線を最高の攻撃力を有するカイト。中衛には魔術に特化した魔術師も兼ね備える魔法剣士としてライム。最後尾にも高火力のグレイスを配置することで挟み撃ちにあっても問題ないようにしているというわけか。瞬はカイトの語る隊列からそう理解する。
「そうだな。安牌といえば安牌だ……が、危険が予想される時程安牌な策を取るべきだ……だろう?」
「そうだな……まぁ、足手まといにならないように頑張ろう」
「そうしてくれ……が、あまり前に出ないでくれよ。誤射は無いがうっかりはあり得るからな」
「き、気を付けよう」
カイトの攻撃力は非常に高い。遺跡を破壊出来ないので制限はしているが、それでも非常に高い事には変わりないのだ。その近くであれば近くであるほど、その影響下に入ってしまう可能性は非常に高かった。そしてカイトの能力だ。
速度であれば冒険部でも随一であった瞬であっても遅いと言われる領域で、気付いた時には死んでいた、とならないように注意しなければならなかった。とはいえ、そんな彼にグレイスとライムが肩を竦める。
「団長が味方をうっかり、なぞした事があるか?」
「ないわね……言ってるだけよ。だから安心して戦いなさい」
「は、はぁ……」
カイトにとって何より重要な事は仲間を守る事だ。その彼なればこそ仲間を傷付けないよう、繊細とも思えるような戦い方をしているらしかった。
「それはお前らの腕を信頼してるからな。この程度ならなんとか出来るだろう、って。まだはっきりわからん奴の腕には合わせられんよ」
「む」
「ああ、気にするな。単に腕を見切れていないというだけだ。腕を信頼していないわけではない。貴様の腕で信頼出来ないのであればウチのひよっこ共も同類になるからな」
僅かにむっとした様子の瞬に対して、グレイスが再びの補足を入れておく。とはいえ、そんな彼女に対してライムが続けた。
「とはいえ、理解されていないのもまた事実よ。あまり無茶はしないように」
「はい」
「良し……じゃ、行くとしますか」
程よく緊張もほぐれたかな。カイトは四騎士達と瞬の会話を聞きながらそう思う。そうして、彼自身も気を引き締めて脇道に進んでいく事にするのだった。
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