第3169話 はるかな過去編 ――方舟の地――
『時空流異門』と呼ばれる時空間の異常現象により、数百年前のセレスティア達の世界へと飛ばされてしまっていたソラ達。そんな彼らは過去世のカイトやその幼馴染と遭遇すると、元の時代に戻れるまで冒険者として活動する事になっていた。
その最中にカイトの幼馴染にして一同が流れ着いたシンフォニア王国の隣国レジディア王国の王太子レックスの結婚式に招かれる事になった一同であったが、その最中。レジディア王家に縁のある『方舟の地』と呼ばれる古代の遺跡が異変を起こしたという報告を受け、レックスの要請によりその調査に赴く事になっていた。
というわけで、『方舟の地』にたどり着いた翌日。陣地の設営や調査に必要な魔導具類の設置を終えてしっかりと身体を休めた一同は、改めて『方舟の地』の調査に乗り出していた。
「うーん……やっぱり駄目ですねー。遺跡が起動しているのでレックスさん以外も入れるか試してみましたけど。やっぱり反応無しです」
「そこまでうまくは行ってくれないってわけか……なぁ、試しだけどソラ達とか無理なの? この世界の奴じゃないなら、って感じなんだけど」
「あ……それ是非試して頂きたいですね」
「うぇ?」
レックスの問いかけを受けたノワールが興味深い様子でソラ達に視線を向け、その視線を受けたソラが鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべる。そんな彼に、カイトがため息を吐いた。
「はぁ……諦めろ。それに万が一の場合は姫様が障壁で防いでくれる」
「そうね……ごめんなさいね。諦めて頂戴」
「なんでそんな諦めが早いんっすか」
「私達が何年来の付き合いだと思ってるのよ」
「僕の方でもフォローはする……諦めてくれ」
どうやら興味津々という塩梅になったノワールは止められないらしい。カイト以下ヒメアもサルファも諦め半分呆れ半分で肩を竦めていた。というわけでこれは諦めるしか無いらしい、と判断したソラ達は『方舟の地』の上層部。しっかりと閉ざされた金属の扉の前まで移動する。
「……そう言えばこれ。どうやって開けるんっすか? 取っ手もなんにもないんっすけど」
「ああ、その横のガラス板に手を当てると自動でそれが起動してくれるんですが……」
「……さっぱりっすね」
「これは想定通り、と……リィルさんは?」
「私も……さっぱりですね」
「良し。ここらは想定された通り、と」
エネフィア人も地球人も揃って反応しない。もちろんこちらの住人も誰も反応しない事はすでに確定済みだ。というわけでそれらをノートに記載した所で、ノワールがふと問いかける。
「そういえば……イミナさん」
「はっ。なんでしょう」
「未来のマクダウェル家ってレジディア王家の血が入っていたりするんですか?」
「いえ……一応レジディア王家にマクダウェル家の血が入っている事は入っているそうですが、逆はなかったかと」
「ふむ……確かにそれはあり得るかもですねー……」
シンフォニア王家とレジディア王家は繋がりが強く、今までも王家の血を引く家同士で同盟を強化するというお題目の上で両家の間で婚礼が結ばれる事はあった。
そして同様にマクダウェル家とシンフォニア王家の繋がりは強く、そして四騎士の一つだ。スカーレット家のように王族に輿入れする事があったとて不思議はないだろう。
数百年の先になれば、王家に血が取り入れられていないと考える方が不思議であった。とはいえ、そこらの話はノワールにとってどうでも良い――単に血が入っているならどこまで薄ければ反応しないかなどを知りたかっただけ――事ではあったらしい。すぐに本題に移る事にする。
「まぁ、今は考える必要もない事ですかね……良し。じゃあ、次。セレスさん。行けます?」
「大丈夫かと。私達の時代では私は問題なく反応していましたので……」
「じゃあ、お願いします」
「はい」
今回、王族としてレックスも来ているわけであるが、レジディア王家の血さえ引いていれば彼でなくても扉は開ける。というわけでセレスティアでも開けるはずであった。そしてもちろん、セレスティアが自らの血筋を偽る事はなかった。
「「「っ」」」
ぴー。セレスティアがガラス板に手を乗せると何かが反応するような音とともに、ガラス板が上から帯状の光を放つ。それは上から下へとまるでスキャナーが情報を読み取るように動いていき、セレスティアの手から彼女の情報を読み込んでいく。そうして数秒。スキャンが終わったのか、光が消える。
「何か未来と変わった点、ありました?」
「いえ……ここまでは完全に一緒ですね」
「ということはこの異変により入場の諸々が変わったという事は無し、と……ふむ」
すでに十何回も立ち入っている遺跡であるが、警報が出ている状態での突入は初めてだ。そしてこの現象は今後数百年の間に起きない可能性が高いらしく、ノワールは取れるだけの情報を集めるつもりだったようだ。というわけで彼女がノートを取っている間に、精査は終わったらしい。重苦しい音とともに、金属の重厚な扉が動き出した。
「っ」
「っと。ソラも瞬も全員、一度引け。何が起きても不思議はない」
「あ、ああ。そうだな。そうしておこう」
ゆっくりと動いていく大扉を前に、一歩前に進み出たカイトの指示を受けて一同は彼より後ろに下がる。そうして八英傑の英雄達がそれぞれ万が一に備え、背後の騎士達もまたそれぞれの武器に手を添えて万が一に備える。が、そこまで警戒する必要はなかったようだ。僅かに埃を舞い散らせながらも大扉は開いて、それだけだった。
「……ふぅ。サルファ」
「何もありませんね……うん。隠れ潜んでいる可能性も無いかと」
「ここで一発、完全に見えなくなったゴーレムでも出てこられればヤバかったな」
この時代のカイトには魔導炉を停止させ物体と化したゴーレムを見抜く力はない。もちろんそれはレックスやその他の面々も同様だ。ああいった特殊な技能は未来のカイトが神陰流を学んだ事で手に入れた力で、この時代にはサルファの眼に頼るのが常であった。というわけで僅かに警戒を解いたカイトであったが、その横のソラがスマホ型の魔導具をかざして通路を見ている事に気が付いた。
「ん? なにやってんだ?」
「え? ああ、一応念のためこいつのカメラで異常が無いか見てる……まぁ、サルファさんの眼には敵わないけど……確認しておいて損は無いし」
「何が視えるんだ、それだと」
ぴょこ。カイトはソラの後ろに回り込んで、彼が見ている画面を覗き込む。が、そうして見えた光景に彼は目を丸くする。
「……なんだこれ」
「赤外線……こっちは紫外線」
「せきがいせん。しがいせん」
紫外線にせよ赤外線にせよ、科学重視で発展した地球でさえ発見されたのは1800年――赤外線が1800年。紫外線はその一年後――の事だ。近代に近い文明レベルとはいえその根幹には魔術があるこの世界で、科学技術の情報である紫外線や赤外線を理解出来ていなくとも不思議はなかっただろう。
「目に見えない光ってこと……サルファさんが見えてるかどうかはわかんないけど」
「いや、すまないが流石に僕でも見えない光が視えるわけはないぞ。というか、目に見えない光とはなんなんだ?」
「何なんだ、って言われても……すんません。俺達も目に見えない光としか……」
それこそこういった赤外線や紫外線の話をしようとすれば、光は粒子であり波であるという光学という物理学の話に突っ込んで話をしなければならなくなる。一応ある程度は高校物理の範疇であるが、それらを説明していると一日二日で終わるわけがない。
端的にはソラの言い方しかなかったのは仕方がなかっただろう。というわけで僅かな混乱を生むわけであるが、そんなサルファの視線を受けたノワールもまた困り顔だった。
「うーん……一応推論は可能だけど。多分、色があったりするのとかと一緒なんだと思う。光って一言で言い表しても色々な色があるわけだから、透明な光があっても不思議じゃなくないかな」
「ふむ……その色の光がある、というわけならば逆に視えない色の光がある、と言われれば納得は出来るな」
「そういう感じっす。俺らはその視える光を可視光……視る事が出来る光って言い表してるんす。で、赤外線や紫外線はこの可視光の外の光……目に見えない光ってわけっすね」
「なるほど……やりようによっては僕の魔眼なら視えるかもしれないな……」
存在する事がわかってしまえば、後はサルファの魔眼の範疇らしい。彼の魔眼において一番問題なのはその情報が理解出来ず、脳に多大な負荷が掛かる事だ。なので情報を理解出来るようになってしまえば問題ないのであった。
「もう少し詳しく聞けるか?」
「出来ますけど……多分一日二日じゃ終わんないっすね。更に言うと赤外線とか紫外線って波動? とか光は粒子であり波である、とかそんな話になっちまいますんで……」
「? どういうことだ?」
「いや、すんません。ここらは俺らも詳しくないんっすよ。俺らが居た高校より上の学校で学ぶ範囲になるんで……そういうもんだ、とは知ってるんっすけど」
「なるほど……相当に高度な学問の話になるわけか……」
ソラ達の学力が決して低いわけではない、それこそ一部においては自分達を遥かに上回っている事はサルファも認めていた。なのでその彼らでさえ学べないほどに高度に専門家された分野だ、と言われればサルファも納得出来たようだ。というわけでそこらの話に納得した彼であったが、そこで感心したように頷いた。
「にしても、凄いな。そうなるとそこらの知識を理解した十分に上で、魔導具に応用出来る魔術師がそちらにはいるわけか。エネフィアの魔術師か? 地球の魔術師か?」
「エネフィアの……らしいんっすけど地球にも来てたんでどうなんっすかね」
「なるほど。二つの世界の知識を、か」
それはおそらく今までに何度か話の俎上に載せられていた件の魔王なる魔術師なのだろうな。サルファは今の会話を踏まえた上で、ノワールが絶賛するのも無理はないと思ったようだ。そしてその上で、彼は一つ問いかける。
「この文明がその知識を理解出来ていたと思うか?」
「逆に出来ていないとは思わないかな」
「だろうな……ソラ。一つ聞きたい。それを使ったトラップは可能か?」
「そりゃ、出来ると思います。地球じゃ赤外線センサーとか一般的過ぎて、俺らでも知ってるぐらいなんで」
「なるほど……赤外線センサーとやらがどういうものかはわからないが、目に見えないトラップという事は理解出来る。そして当然、ここで言及するのだからそれはわかると考えて良いな?」
「まぁ……こいつでそれを視る事は出来るようになってますね」
「なるほど。どうやら、君らを専門家として招いたのは正解と言わざるを得ないか」
相手は超古代の文明とはいえ、技術水準であればこの時代の水準を遥かに上回っているのだ。どんな罠が仕掛けられているかは未知数で、技術水準であれば遥かに上回っている地球の技術も頼るべきとサルファも納得したようだ。というわけで図らずして彼からも頼りにされる事になりつつ、ソラ達を含めた調査隊本隊は『方舟の地』の中へと入っていくのだった。
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