第3168話 はるかな過去編 ――方舟の地――
『時空流異門』と呼ばれる現象に巻き込まれ、数百年も昔のセレスティア達の世界へと飛ばされてしまっていたソラ達。そんな彼らは紆余曲折を経て過去世のカイト達とともに、異変を起こしたというセレスティアが属するレジディア王家に縁の深い『方舟の地』と呼ばれる超古代の文明の遺跡へと赴く事になっていた。
というわけで『方舟の地』へと赴いた一同であったが、やはり流石王太子レックスに彼と並び勇者ともてはやされるカイトが一緒なだけはあった。道中の巡回の兵士達は一同を見るなり道を開けたし、優先的に通して貰えもした。そうしてたどり着いた『方舟の地』であるが、そこは周囲をレジディア王家の近衛兵達が厳重に守護する場所であった。
「……こりゃまた。今回は厳重な警戒だな」
「こんなこと、ウチが出来てから一度もない異例な事態だ。一応生きているというのがノワールの言葉だったが」
「一応、という言葉は訂正した方が良さそうですねー。これは完全に生きてます。多分、私が活性化させられていなかったとかそんなのですね」
レックスの言葉に一応、と付けながら言及していたというノワールが笑う。どうやらこの文明の遺跡にはまだまだ及んでいないらしい。というわけでそんな彼女の視線を受け、サルファはため息を吐いた。
「僕の眼でも一緒だ。この遺跡は今までにないほどに活性化している」
「どこかから影響が流れ込んでいたりは?」
「それは……なさそうですね。地脈の流れを視るに、という所ですが。地脈以外になるともう僕の手には負えない」
「全情報の可視化は……まだやめた方が良いよな?」
「そうですね……僕もそうですし、レックスさんの方もそうした方が良いかと。今下手に<<赤虹>>をして共鳴でも起こしてしまえば何が起きるかわかったものではありませんよ」
「そうする」
何が起きているかはわからない。その状況下で視える範囲を拡張した瞬間、サルファの脳に甚大なダメージが及ぶ可能性もあるのだ。もちろんそれを踏まえてヒメアもいるわけであるが、だからと無理をするわけにもいかないだろう。というわけでそんな事を話していた四人であるが、そこでカイトがソラ達に顔を向ける。
「で……専門家さん。ご意見のほどは?」
「えぇ……んーと……とりあえずこの赤く光ってるのって普通?」
「なわけないない。こんな事態が起きたのは初めてだから、俺が急行してカイト達を呼んだわけ」
ソラの問いかけを受け、レックスは改めて『方舟の地』の僅かに突き出た建物の部分を見る。そこは各所が赤く光り輝いており、明らかに警告している様子があった。
「っすよね。まぁ、見たまま警告色ってわけなんっしょうけど……」
「だよなー……はぁ」
「警告って事は何かが起きてるって事は間違いないか……中には?」
「流石に入ってないよ。お前でも居てくれれば入ってたんだがな」
カイトの問いかけに対して、レックスは一つ苦笑を浮かべる。彼とて自身の立場はわかっている。わかっている上で好き勝手しているだけである。そしてそれでも引く時は引く分、まだカイトよりは随分マシと言ってよかっただろう。
「そか……ってなわけで専門家さん。こういう場合のルールは?」
「ルールって言ってもなぁ……えっと、頼んだ物資は整ってるんっすか?」
「ああ。マッピング用の魔導具に、通信を確保するための中継機やら……一通りリストにあったものは用意した。つってもこっちの技術で出来ているものだから、性能とか使い方とか違いがあっても文句は言ってくれんなよ」
「大丈夫っす。ここに来るまでの数日でノワールさんが調整してくれて、基本的な部分はリンクさせられるようにはなってるんで」
「やっときました」
えへん。ソラの言葉にノワールが胸を張る。とはいえ、そういうわけなのでソラ達の活動に関しては問題無いように準備が整えられていた。というわけで、レックスが感心したように問いかける。
「へー……簡単だったのか?」
「あはは……実は元々土台が出来てたんですよねー」
「出来てた?」
「ええ。セレスちゃん達の魔導具……こっちから持ち込まれた物をベースに、更に向こうの物と互換性をもたせられるように改良されていたんです。そこから逆算して、向こうの物をこちらと互換性をもたせるようにした、というわけですね」
「へー……前に言われていたあの凄腕の魔術師か。あっちにも凄い魔術師がいるんだな」
数百年先である事を鑑みても、ティナの腕前はノワールに匹敵すると言えるのだ。その彼女の行った改良はノワールも舌を巻くほどで驚きに値したようだ。
ちなみに。そう言ってまるで自分の手柄なぞ微々たるものと言うノワールであるが、実際にはそんなわけもなく。後にエネフィアに戻ったティナ曰くそれをやってのけるとは、と彼女が驚く手腕だったらしい。それはさておき。ソラ達の活動に問題ない事が確定した所で、カイトは話を進める事にする。
「それはそれとして。基本方針はどうするんだ?」
「そうだなぁ……とりあえずこういう場合の鉄則って罠に引っかからないように動きつつ奥を目指すってパターンしかないけど。後は……まぁ、腕に自信がない奴は入らないっていう所……なんだけど」
言葉を区切ったソラは自身の裏でレジディア王国の近衛兵達との間で急いで陣地を設営している騎士団を見る。今回は足の問題でレックス単騎で合流したわけであるが、この状況下で彼が単独で動くわけがない。彼が率いる騎士団も当然動いており、ここに到着すると同時に合流していた。
そしてその戦闘力は<<青の騎士団>>と全くの互角。それこそ四騎士と同等の騎士までいるというのだから、ソラには驚きであった。
「これ、俺達が一番弱いまであるくね?」
「まぁ……弱いまであるな」
「ですよねー」
もう笑うしか無い。ソラはカイトの名言に乾いた笑いを浮かべる。一応言うが、彼は神剣持ちの戦士だ。エネフィアでも上位層に食い込んでいる。それでこの場では一番弱いである。もはや無茶苦茶であった。
「はぁ……まぁ、もうそうなるとどうしようもないっていうか。罠に気を付けつつ全体を一通り見て回るしかないよ」
「見て回る? 最奥目指さないで良いのか?」
「そりゃ、最終的には目指します。けどこういう場合ってどこかに罠を解除したり警報を解除したり出来るサブのコントロールルームみたいな所がある場合があって、うまくやれれば最奥まで行かなくても警報切れるかもって感じっすね」
「あー……それはありえますねー。特に警報が作動した事で動くようになってるエリアとか色々とあるかもですし。そうなると今まで見つかってないエリアが、とかは全然ありえますね。何より私が負けてる時点で、過去の私の推論とか全部捨てた方が良いでしょうし」
ソラの提案に対して、ノワールも賛同する。というわけで専門家二人の意見を受け、レックスが最終的な結論を下した。
「良し。じゃあ、それをベースに行動する事にして。部隊は幾つに分ける?」
「三つで良いだろ。オレ達の本隊。四騎士達が率いる二部隊……今回は人数も人数だし。これ以上分けると万が一が怖い。サルファ。そっちの黒き森の部隊は三つに割ってサポートに回ってもらう形で良いか?」
「それが良いかと。僕にせよノワールにせよ、黒き森の人員はサポートよりの人員が多いですからね」
カイトの問いかけに対して、サルファは二つ返事で了承を示す。ちなみに、冒険者達に関しては今回は依頼外である事、万が一先行した文官達に何かがあっても困るので先に王都レジディアへ向かってもらっていた。
それにレジディア王国側としても、突発的な事態とはいえ王族の管理する遺跡に冒険者達の集団が乗り込んでもらっても困る。専門家としてソラ達が限度というわけであった。
「良し……じゃ、明日の朝から活動開始って所で」
「あ、その前に一個良いっすか?」
「ん?」
「ゴーレムとかが溢れ出したり、って可能性は無いんっすか? この遺跡について詳しい事知らないんで、なんとも言えないんですけど……」
「「「あー……」」」
ソラの指摘に、レックス達は揃ってその可能性はあるかもと納得する。というわけでそんな指摘にカイトが気の抜けた顔で頷いた。
「確かにありえるよな。オレら誰もあれ程度が群れた所で、って思ったけど」
「ってことはやっぱり中にはいるのか」
「ああ。あれ、壊しても壊しても結局いつの間にか消えて復活してくるからうざったい事この上ないんだよ。まぁ、今のところ外で発見された事は無いからうっかり見過ごしてたけど」
「そうなんですよー。あれが持ち出せたりすると、解析がやりやすくなるんですけどねー」
カイトの言葉に続けて、ノワールが盛大にため息を吐く。どうやら倒した個体や無事な個体を『方舟の地』から持ち出そうとしても、不可思議な現象が起きて消え去ってしまうらしい。そしてそういうわけなのでノワールもこの遺跡のゴーレム達の解析には苦労しているという事であった。
「でも確かに数があれがわんさか出てくると面倒な事にはなるよな……どうすっか」
「護衛の部隊、もう少し多く残すか。あれがわんさか出てきて仕留めきれず逃げられました、ってなって周辺の住民に被害が及んでも困るし」
「だな」
前にエネフィアのオプロ遺跡でもあったが、一番困るのは大量のゴーレムが湧き出て外に被害が及んでしまう事だ。そして今起きていないからと言って、今後も起きないかどうかは誰にもわからない。ならそれに備えておくのは当然だろう。というわけでそこらの話をひとまず取りまとめた所で、今度はノワールが口を開く。
「こっちでも私の方でロレインさんと考えておきますよ。ゴーレムになると色々と打てる手は考えられますし。あんまり人員だけで対応しようとすると今度はそれ以上になると対応出来なくなってしまいますしね。いくら文明として格上でも、あの程度のゴーレムの性能なら対応は可能と思いますよ」
「そっか。じゃあ、そっちは任せる。必要に応じて声を掛けてくれ」
「はい」
レックスの言葉にノワールが一つ頷いた。というわけでこの日は一日『方舟の地』調査のための前準備に当たる事にして、ソラ達もそれに混じって準備に勤しむ事になるのだった。
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